宵月桜舞

雪原歌乃

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第四章 宿命と輪転

第四節★

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 食堂を出た美咲は部屋の前まで行ったが、中には入らず、そのまま縁側に腰かけた。
 美咲の憂鬱さを嘲笑うように、空は憎らしいほど晴天に恵まれている。眩い太陽に透き通る水空、そして、虚空を軽やかに舞う鳶。
「いいなあ……」
 昨日とは打って変わり、カゴの中の鳥と化した美咲には、鳶は自由の象徴のように思えた。ヒトには翼がない。どんなに望んでも、鳶のように好きな場所へ飛んでゆくなんて不可能なことだ。
 不意に、瞳に熱いものが込み上げてきた。泣きたくなんてない。ここにいる人間に自分の弱さを見せるなんて絶対に嫌だ。そう思うのに、意思とは裏腹に嗚咽が漏れる。
 南條に対する想いが恋なのかどうか、美咲自身は分からなった。しかし、泣きたくなるほど胸が酷く疼くのは、南條が美咲にとってかけがえのない存在になっている証拠だろう。
 今、美咲は両親よりも、鬼王よりも、南條に逢いたくて堪らなくなっている。
(南條さん……、南條さん……)
 声には決して出せないから、心の中で、まるで呪文でも唱えるかのように南條の名前をくり返す。子供じみているとは分かっていても、そうすることで、幻でも南條が自分の前に現れ、優しく抱き締めてくれる。美咲は信じて疑わなかった。
 その時、床の軋む音が少しずつ近付いて来た。美咲はハッとして手で涙を拭い、今までの余韻を振り払った。
「ここにいたか」
 綾乃の声――にしては低い。藤崎の声質とも違う。美咲は怪訝に思いつつ、首をもたげながら振り返った。
「どうした? 貴雄と理美君が恋しくなったか?」
 恐らく、美咲に涙の痕を見たのだろう。声の主である藍田は揶揄するように言った。
 美咲はあからさまに眉をひそめながら、「別に」と短く答える。
 そんな美咲を、藍田は口元を歪めながら見下ろしている。
「――何か用ですか?」
 藍田に不快な感情を覚えた美咲は、吐き付ける勢いで訊ねた。
 藍田は顎を擦り、なお愉快そうにニヤリと笑いかけてきた。
「昔は従順な子供だったのに、逢わないうちにずいぶんと変わった。理美君に似たのかな?」
「少なくとも、お父さんにならば口で勝てる自信があります」
「ほう」
 藍田はわざとらしく感心の溜め息を吐いたあと、「美咲」と名前を呼んだ。
「何もすることがないなら一緒に来なさい。お前に見せたいものがある」
 確かに何もしていないが、別に暇を持て余していたわけでもない。美咲はそう返したかったが、藍田は異を唱えさせる気がないのも理解していたから、腰を上げた。
 ギシギシと音を立てながら、藍田が先に立って歩き、その後を美咲も黙って着いて行く。
(私に見せたいものって何なの……?)
 美咲は訝しく思いながら、藍田の背中を睨む。
 美咲の実家も近隣の住宅地の中にあっては大きい方だが、本家はその比ではない。幼い頃に住んでいたと言っても、家の中全てを巡った記憶もない。もっとも、幼子だと動ける範囲もたかが知れているが。
 しばらく歩き続けると、木造りの古い扉が目に飛び込んできた。よく見ると、ノブに当たる部分は鉄の鎖と南京錠で厳重に施錠されている。
(ほんとに何を見せる気……?)
 眉間に皺を刻みながら扉を凝視していると、藍田が振り返り、美咲に向けて不敵に笑いかけてきた。
「この先は、藍田の血族でもごく一部の者しか立ち入ることを許されていない。お前の父親も足を踏み入れたことがない場所だよ」
 藍田はそう言うと、カーディガンの内側を探り、鍵の束を取り出した。何のマジックかと目を疑ってしまったが、どうということはない。中に着込んでいたワイシャツに入れていただけのようだ。
 美咲が口を噤んで凝視する中、藍田は鍵束から一つを選び、それを南京錠の鍵穴に差し込む。すると、錠はカチリと外れた。
 ただ、解錠はあっさり出来ても、複雑に絡まれた鎖にはさすがに苦戦していたようだ。だが、慌てる様子もなく緩めてゆくと、鎖も全て取り払われた。
 藍田は再び美咲を一瞥した。小さく首を縦に動かすと、扉を開け、中に足を踏み入れる。
 急激に、美咲に緊張が走った。怖くて堪らない。しかし、もしかしたら、この先に進むことで、また〈何か〉を知ることが出来るのなら、と思い、意を決して中に入る。
 美咲が入ってから、藍田は扉を閉めた。辺りは暗闇に支配されたが、それも一瞬のことで、すぐに電気が灯された。とは言え、蛍光灯ではなく電球だから頼りない明かりだ。
 室内――倉庫と言った方がしっくりくるが――の広さは、ざっと見た感じでは十畳ほどだろうか。古い書物らしきものやら、値打ちがあるのかどうか怪しい骨董品のようなものが、所狭しと並んでいる。
「珍しいかね?」
 辺りを見回す美咲に、藍田が訊ねてきた。
「珍しい、と言えば珍しいですけど……」
「気になることでもあるかい?」

 気になること――

 改めて言われ、美咲は思った。ここは他の部屋とは違う、特異な空気が漂っている。古い書物が放つ独特の匂いのせいかとも思ったが、それではない気がする。
 藍田の問いに答えることなく、眉をひそめて視線を泳がせていると、藍田が美咲に背を向け、ゆらりと動き出した。いったい、何をする気なのか。首を傾げながら藍田を凝視する。
「待たせたな」
 藍田は美咲を振り返った。手には、細やかな刺繍を施された布で覆われた、箱らしきものが載せられている。
「開けてみなさい」
 美咲は躊躇ったが、藍田が半ば押し付けるような形で美咲に持たせたから、仕方ないと思いつつ受け取る。そして、手近な場所にあった台に静かに載せ、布の結び目をゆっくりと解いてゆく。最初に現れたのは木製の箱だった。多分、桐だろうか。桐と思われる箱も金色の細い紐で縛られている。
 美咲は紐に手をかけながら、藍田を仰ぎ見る。
 藍田は何も言わず、代わりに顎をしゃくった。早く開けろ、と言わんばかりに。
 美咲はやはり、怖々と紐を解く。手が、別の生き物のように小さく震えている。
 時間を要して紐の結び目が解かれた。今度はいよいよ、蓋が開かれる。
(逃げちゃダメ……)
 美咲は自分を奮い立たせ、慎重に蓋を上げた。と、中を見た瞬間、目を瞠ってしまった。
 箱に収まっていたのは、癖のない、ぬばたまのような美しい黒髪だった。だが、それぐらいでは美咲も驚くはずがない。
 黒髪は、まるで自身の存在を主張するかのように眩い光彩を放っていたのだ。
「驚いたかね?」
 呆然と黒髪に見入っている美咲に、藍田は背後から声をかけてきた。
「それはお前が持ってるもう一つの魂――桜姫の髪だよ。初代桜姫を処刑した際、先祖が髪の一部を切り落として残しておいたものなのだそうだが。しかし、千年以上経った今も、美しい髪の艶めきは変わらない。しかも不思議なことに、その髪は、新たな宿主が出現すると、いっそう輝きを増すらしい。――そう、今がまさにその時期だ」
 不意に、ゾクリと背中に戦慄が走った。身の危険を察し、この場から逃げようかと思ったが、行動に移す間もなく藍田に羽交い締めにされた。
「逃げようとしても無駄だよ」
 藍田の生温い息遣いが、美咲の首筋にかかる。
「この髪の輝きを見た瞬間から、私は待ち望んでいたのだよ。儚くも残酷な鬼の姫の生まれ変わりが現れるのを。最初は娘の朝霞が桜姫かと思ったが。だが、誰の子であれ、こうして私が生きているうちに出てきてくれた」
 藍田は後ろから美咲を抱き締めたまま、耳に舌を這わせてくる。ぬるりとした感触に、美咲の全身が粟立った。
 助けを呼びたい。だが、あまりの恐怖に声すら出ない。いや、叫んだとしても、ここでは藍田が絶対的な存在だから、聴こえていないふりをされて終わりだ。
 そのうち、藍田の手がニットを捲くし上げた。ブラジャー越しに乱暴に乳房を掴まれ、痛さのあまり、美咲は眉間に皺を寄せた。
「我慢しなくていい。ここには誰も近付かない。声を出しなさい」
 感じていると勘違いされている。美咲の中の不快感はさらに増大し、意地でも声を出すものかと口を強く結んだ。
「仕方ない」
 藍田は笑いを含みながら口にすると、乳房から手を離し、今度は下肢へとそれを伸ばす。
「さすがにここまでされれば、意地を張り続けられないだろう」
 スカートをたくし上げ、藍田の指が、美咲の秘部をショーツ越しになぞってくる。今まで経験したことのない感覚に、美咲は悔しさのあまり、涙がとめどなく零れ落ちた。
(イヤだ……、もうやめてよ……!)
 声が出ないから心の中で必死に訴えるも、届くはずがない。
 美咲が全く抵抗しないのをいいことに、藍田は先ほど以上に調子づいている。指はとうとう、ショーツの中へと侵入してきた。
「もう少し馴らさないとな」
 藍田の指が、まだ誰も受け入れたことのない美咲の領域を犯そうとする。
 美咲は涙と同時に、酷い吐き気が込み上げた。
 もし、南條がこの現状を知ったらどうなるだろう。藍田を責めるか、それとも、抵抗出来なかった美咲を軽蔑するか。
(南條さん……、ごめんなさい南條さん……)
 南條に対する謝罪以外、何も浮かばない。
 精神的に限界だった。藍田に身体を弄られながら、美咲は全身から力が抜けてゆくのを感じた。

【第四章 - End】
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