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第七章 揺動と傷痕
第六節
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食事を終えた南條と美咲は、そのまま帰路に着いた。行き同様、車内はシンと静まり返っている。
「どこか他に寄りたい所はあったか?」
沈黙が気まずくなり、南條から声をかけてみる。
美咲はぼんやりと外の景色を眺めていたが、南條の声にハッとしたように首を動かしてきた。
「――帰るん、ですか……?」
おずおずと美咲が訊ねてくる。
その時、ちょうど先の信号が黄色から赤に変わった。南條はアクセルからブレーキに足を置き換え、ゆっくりと車を停止させた。
「まだ少しは時間に余裕がある。遠い所じゃないなら連れて行ってやる」
「――ほんとですか……?」
「ああ」
南條が頷くも、美咲は言うのを躊躇っている。そんなに言いづらいのだろうか。
「ほんとに遠慮はいらない。言ってみろ」
口元に笑みを湛えながら、南條は告げる。
そんな南條を美咲は黙って見つめ返していたが、やがて、意を決したように口を開いた。
「――南條さんの、ウチに行きたいです……」
「俺の、ウチ……?」
南條が繰り返すと、美咲はゆっくりと首を縦に動かした。
「南條さん、どうゆうトコに住んでるのか興味があるんです。それに……」
美咲は少しばかり間を置いた。
南條はハンドルを握ったまま、静かに続きを待つ。
「――南條さんと、二人っきりになりたい……、から……」
美咲の言葉に南條の心臓が跳ね上がった。まさかとは思う。だが、二人きりになってしまったら、昨晩のような状況に――いや、それよりも拙い事態に陥ることは避けられないかもしれない。
「――俺も間違いを犯すかもしれないぞ?」
半ば脅し、半ば本気で美咲に警告した。
それでも美咲は南條を真っ直ぐに見据え、「構いません」と今度ははっきりと答えた。
「南條さんが望むなら、昨晩の続きを……」
「お前……」
「信号、変わりましたよ?」
動揺を隠し切れなくなっている南條とは対照的に、美咲の方が落ち着き払っている。南條は心の中で自らを嘲りながら、アクセルを踏み込んだ。
「――私は、南條さんになら、って思っているんです」
先ほどとは打って変わり、美咲は自分の意思を告げてくる。だからこそ、南條もどう返答していいのか困惑している。
「南條さんは、私のような子供を抱く気にはなれませんか?」
「――そんなことは思ってない」
溜め息を吐いてから、南條はようやく重い口を開いた。
「お前を抱く気がないなら、昨晩のような真似はしない。本音を言えば、自我を抑えるのが精いっぱいだった」
「なら、抱く気はあるんですか?」
「――美咲」
南條は一度、美咲をチラリと一瞥してから再び前を見た。
「はっきり言ってしまえば、お前を抱きたい気持ちはある。けどな、軽々しく抱く気にはならない。美咲はまだ未成年だ。無理をして美咲を傷付けるようなことだけはしたくない……」
そこまで言うと、車内に沈黙が流れた。美咲の視線が痛いほど気になる。しかし、運転に集中しなくてはならない。いや、運転中じゃなかったとしても、美咲を見ることは出来なかった。
「――嫌いに、なりましたか……?」
美咲がポツリと漏らした。
南條は相変わらず前方に集中したままだったが、先ほど同様、美咲がジッと自分を見つめているのは感じていた。
「美咲を嫌う理由なんかない」
南條は訥々と続けた。
「むしろ、俺の方がお前に嫌われないようにするために必死だ。俺は、女が抱かれることを望むならいつでも抱ける。――けれども、美咲だけはダメだ」
「どうしてですか……?」
不思議そうに美咲が訊ねてくる。その純真さが、より美咲を良からぬ道に引きずり込んではならないと南條に強く警告してくる。これはきっと、鬼王からの牽制でもあるかもしれない。
「――俺も、初めてなんだよ……」
絞り出すように、ようやく言葉を紡いだ。
「非常に戸惑っている。俺は、今までヒトを愛したことがなかったから……。この感情、最初はもう一人の俺だけのものなのだとずっと思っていた。――でも、お前が攫われたと知った時、胸が押し潰されそうだった。義務でもない。俺は、俺として、美咲を……」
ここまで言うと、南條は口を噤んだ。南條の想いは全て伝えたつもりだった。ただ、肝心の言葉は最後に濁してしまったのだが。
美咲はどう思っているのだろう。さすがに気になり、再びチラッと横目で助手席を覗った。
南條から視線は外していた。代わりに、俯いた姿勢で膝の上に載せた両手で拳を作っている。
胸の奥が軋みを生じた。傷付けまいと言葉を選んだつもりだったが、美咲には逆効果だったようだ。しかも、男を全く知らない少女を相手に、『女が望めばいつでも抱ける』などと口走ってしまうとは軽卒にもほどがあった。だが、そんな醜態も含め、美咲には南條という男のことを知ってもらいたかった。もちろん、南條のエゴに過ぎないことも重々承知していた。
「美咲こそ、俺が嫌いになっただろう? こんな男と同じ空気を吸うことも気持ち悪いんじゃないか?」
前方に向き直り、半ば自棄になって美咲に問い質す。
美咲からは何の反応も返ってこない。完全に呆れられた。そう思っていたのだが――
「――そんなことぐらいで」
美咲がゆったりと口を開いた。
「私が南條さんを嫌いになると思いますか? そりゃあ、最初は嫌な人だって思いました。でも、今は違います。
南條さんは大人です。私よりも長く生きているんだから、私の知らない南條さんがいたって当然です。ショックじゃないか、って言われれば完全否定出来ませんけど、過去は過去ですから」
南條の膝に、躊躇いがちに白くてほっそりとした手が伸びてきた。確認するまでもなく、それは美咲の手だった。
南條は驚いたが、動揺を悟られまいと努めて冷静を装う。
「これから、私だけを見てくれればいいんです。こうして南條さんに触れるのも、私だけで……」
南條は視線を落とさず、美咲の手に自らのそれをそっと載せた。そして、脆いガラス細工を扱うように優しく包み込む。
「美咲も、俺以外の男に触れさせないようにしないとな」
南條が言うと、美咲はさらにもう片方の手を重ねてくる。
「私、ほんとに幸せ者ですね」
そう口にする美咲が愛おしい。もし、運転していなければ迷わず抱き締めていた。
「俺も最高の幸せ者だよ」
前を向きながら笑みを浮かべると、少しだけ手の力を強めた。
美咲の柔らかな温もりが、南條の心をまた少しずつ融かしてゆく。
「どこか他に寄りたい所はあったか?」
沈黙が気まずくなり、南條から声をかけてみる。
美咲はぼんやりと外の景色を眺めていたが、南條の声にハッとしたように首を動かしてきた。
「――帰るん、ですか……?」
おずおずと美咲が訊ねてくる。
その時、ちょうど先の信号が黄色から赤に変わった。南條はアクセルからブレーキに足を置き換え、ゆっくりと車を停止させた。
「まだ少しは時間に余裕がある。遠い所じゃないなら連れて行ってやる」
「――ほんとですか……?」
「ああ」
南條が頷くも、美咲は言うのを躊躇っている。そんなに言いづらいのだろうか。
「ほんとに遠慮はいらない。言ってみろ」
口元に笑みを湛えながら、南條は告げる。
そんな南條を美咲は黙って見つめ返していたが、やがて、意を決したように口を開いた。
「――南條さんの、ウチに行きたいです……」
「俺の、ウチ……?」
南條が繰り返すと、美咲はゆっくりと首を縦に動かした。
「南條さん、どうゆうトコに住んでるのか興味があるんです。それに……」
美咲は少しばかり間を置いた。
南條はハンドルを握ったまま、静かに続きを待つ。
「――南條さんと、二人っきりになりたい……、から……」
美咲の言葉に南條の心臓が跳ね上がった。まさかとは思う。だが、二人きりになってしまったら、昨晩のような状況に――いや、それよりも拙い事態に陥ることは避けられないかもしれない。
「――俺も間違いを犯すかもしれないぞ?」
半ば脅し、半ば本気で美咲に警告した。
それでも美咲は南條を真っ直ぐに見据え、「構いません」と今度ははっきりと答えた。
「南條さんが望むなら、昨晩の続きを……」
「お前……」
「信号、変わりましたよ?」
動揺を隠し切れなくなっている南條とは対照的に、美咲の方が落ち着き払っている。南條は心の中で自らを嘲りながら、アクセルを踏み込んだ。
「――私は、南條さんになら、って思っているんです」
先ほどとは打って変わり、美咲は自分の意思を告げてくる。だからこそ、南條もどう返答していいのか困惑している。
「南條さんは、私のような子供を抱く気にはなれませんか?」
「――そんなことは思ってない」
溜め息を吐いてから、南條はようやく重い口を開いた。
「お前を抱く気がないなら、昨晩のような真似はしない。本音を言えば、自我を抑えるのが精いっぱいだった」
「なら、抱く気はあるんですか?」
「――美咲」
南條は一度、美咲をチラリと一瞥してから再び前を見た。
「はっきり言ってしまえば、お前を抱きたい気持ちはある。けどな、軽々しく抱く気にはならない。美咲はまだ未成年だ。無理をして美咲を傷付けるようなことだけはしたくない……」
そこまで言うと、車内に沈黙が流れた。美咲の視線が痛いほど気になる。しかし、運転に集中しなくてはならない。いや、運転中じゃなかったとしても、美咲を見ることは出来なかった。
「――嫌いに、なりましたか……?」
美咲がポツリと漏らした。
南條は相変わらず前方に集中したままだったが、先ほど同様、美咲がジッと自分を見つめているのは感じていた。
「美咲を嫌う理由なんかない」
南條は訥々と続けた。
「むしろ、俺の方がお前に嫌われないようにするために必死だ。俺は、女が抱かれることを望むならいつでも抱ける。――けれども、美咲だけはダメだ」
「どうしてですか……?」
不思議そうに美咲が訊ねてくる。その純真さが、より美咲を良からぬ道に引きずり込んではならないと南條に強く警告してくる。これはきっと、鬼王からの牽制でもあるかもしれない。
「――俺も、初めてなんだよ……」
絞り出すように、ようやく言葉を紡いだ。
「非常に戸惑っている。俺は、今までヒトを愛したことがなかったから……。この感情、最初はもう一人の俺だけのものなのだとずっと思っていた。――でも、お前が攫われたと知った時、胸が押し潰されそうだった。義務でもない。俺は、俺として、美咲を……」
ここまで言うと、南條は口を噤んだ。南條の想いは全て伝えたつもりだった。ただ、肝心の言葉は最後に濁してしまったのだが。
美咲はどう思っているのだろう。さすがに気になり、再びチラッと横目で助手席を覗った。
南條から視線は外していた。代わりに、俯いた姿勢で膝の上に載せた両手で拳を作っている。
胸の奥が軋みを生じた。傷付けまいと言葉を選んだつもりだったが、美咲には逆効果だったようだ。しかも、男を全く知らない少女を相手に、『女が望めばいつでも抱ける』などと口走ってしまうとは軽卒にもほどがあった。だが、そんな醜態も含め、美咲には南條という男のことを知ってもらいたかった。もちろん、南條のエゴに過ぎないことも重々承知していた。
「美咲こそ、俺が嫌いになっただろう? こんな男と同じ空気を吸うことも気持ち悪いんじゃないか?」
前方に向き直り、半ば自棄になって美咲に問い質す。
美咲からは何の反応も返ってこない。完全に呆れられた。そう思っていたのだが――
「――そんなことぐらいで」
美咲がゆったりと口を開いた。
「私が南條さんを嫌いになると思いますか? そりゃあ、最初は嫌な人だって思いました。でも、今は違います。
南條さんは大人です。私よりも長く生きているんだから、私の知らない南條さんがいたって当然です。ショックじゃないか、って言われれば完全否定出来ませんけど、過去は過去ですから」
南條の膝に、躊躇いがちに白くてほっそりとした手が伸びてきた。確認するまでもなく、それは美咲の手だった。
南條は驚いたが、動揺を悟られまいと努めて冷静を装う。
「これから、私だけを見てくれればいいんです。こうして南條さんに触れるのも、私だけで……」
南條は視線を落とさず、美咲の手に自らのそれをそっと載せた。そして、脆いガラス細工を扱うように優しく包み込む。
「美咲も、俺以外の男に触れさせないようにしないとな」
南條が言うと、美咲はさらにもう片方の手を重ねてくる。
「私、ほんとに幸せ者ですね」
そう口にする美咲が愛おしい。もし、運転していなければ迷わず抱き締めていた。
「俺も最高の幸せ者だよ」
前を向きながら笑みを浮かべると、少しだけ手の力を強めた。
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