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Act.3-01
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翌日も前日と同じぐらいの時間に上がった。
遥人は真っ直ぐ家に帰ろうと思ったが、やはり、昨日の少女のことが気になってしまい、空き地の前で足を止めた。昨日と同様、まるで遥人を手招きするかのように、フワリと香りが漂ってくる。
(ここで逃げたら祟られる、絶対……)
うんざりとばかりに、遥人はガックリと項垂れる。分かってはいたが、逃げることはどうあっても許されないらしい。
「俺の何がいいんだかねえ……」
ブツブツとぼやきながらも空き地に足を踏み入れ、桜の木へと向かう辺り、遥人は年に似合わず素直な性格をしている。さり気なく少女に振り回されている、という表現も正しいが。
幽霊の少女は、満開を迎える桜を仰ぎ見ていた。だが、遥人が側まで近付くと、肩越しに遥人を振り返って口元を綻ばせた。
「約束、守って下さったのですね?」
「まあ、俺は嘘吐くのは好きじゃねえし……」
祟られなくないから、とはさすがに言えるはずがない。
「桜、見てたのか?」
話題が見付けられず、つい、当たり前な質問をしてしまった。だが、少女は遥人が話しかけてくれたのが嬉しかったのか、先ほどにも増して、「ええ」とニッコリ頷く。
「わたくしはずっと、この桜と共におりましたから。花の季節はもちろん、青々と茂る季節も、紅く色付く季節も、白雪に覆われる季節も、いつも……」
そこまで言うと、少女はゆっくりと瞼を閉じ、幹に頬を寄せる。
「こうしていると、少しは淋しい気持ちが紛れるのですよ。時を重ねるごとに〈待つ〉ことに慣れてきましたが、それでもひとりは孤独で心細かった……。でも、わたくしにはここ以外に行き場所がないから、ただ、あなたが現れて下さるのを信じ続けるしかなかったのです……」
訥々と語る少女の頬に、遥人は光るものを見た。それは、伏せられた瞳から止めどなく零れ落ち、少女の顔を濡らしてゆく。
遥人の胸に、微かな痛みを覚えた。少女が勝手に泣いている、と捉えられなくもない。しかし、少女は遥人を想って涙を流し続けている。
遥人は、桜に寄り添う少女を背中越しに抱き締めた。自分でも、何故、少女を抱きたいと思ったかは分からない。だが、これで少しは、ずっと抱え続けてきた少女の孤独を癒せるのでは、などと都合の良いことを考えた。
遥人に包まれた瞬間、少女の身体がピクリと反応した。突き放されるかと不安になったが、そんなことはなく、むしろ、遥人に自らの身体を預けてくる。
頬を触れられた時も思ったが、身体も温かさを感じない。そして、あまりにも小さくて、腕の力を籠めると、遥人の中で粉々に砕けてしまいそうだ。
「――憶えていらっしゃらないでしょうね」
周りの風音にかき消されそうな囁き声で、少女がゆったりと口を開いた。
「あなたは昔、私をその力強い腕で抱き締めて下さったのです、今と同じように。あの頃のことは、はっきりと想い出せます」
少女は身じろぎした。もしかしたら、苦しくなったのだろうかと思って、遥人は腕の力を弱めた。
遥人は真っ直ぐ家に帰ろうと思ったが、やはり、昨日の少女のことが気になってしまい、空き地の前で足を止めた。昨日と同様、まるで遥人を手招きするかのように、フワリと香りが漂ってくる。
(ここで逃げたら祟られる、絶対……)
うんざりとばかりに、遥人はガックリと項垂れる。分かってはいたが、逃げることはどうあっても許されないらしい。
「俺の何がいいんだかねえ……」
ブツブツとぼやきながらも空き地に足を踏み入れ、桜の木へと向かう辺り、遥人は年に似合わず素直な性格をしている。さり気なく少女に振り回されている、という表現も正しいが。
幽霊の少女は、満開を迎える桜を仰ぎ見ていた。だが、遥人が側まで近付くと、肩越しに遥人を振り返って口元を綻ばせた。
「約束、守って下さったのですね?」
「まあ、俺は嘘吐くのは好きじゃねえし……」
祟られなくないから、とはさすがに言えるはずがない。
「桜、見てたのか?」
話題が見付けられず、つい、当たり前な質問をしてしまった。だが、少女は遥人が話しかけてくれたのが嬉しかったのか、先ほどにも増して、「ええ」とニッコリ頷く。
「わたくしはずっと、この桜と共におりましたから。花の季節はもちろん、青々と茂る季節も、紅く色付く季節も、白雪に覆われる季節も、いつも……」
そこまで言うと、少女はゆっくりと瞼を閉じ、幹に頬を寄せる。
「こうしていると、少しは淋しい気持ちが紛れるのですよ。時を重ねるごとに〈待つ〉ことに慣れてきましたが、それでもひとりは孤独で心細かった……。でも、わたくしにはここ以外に行き場所がないから、ただ、あなたが現れて下さるのを信じ続けるしかなかったのです……」
訥々と語る少女の頬に、遥人は光るものを見た。それは、伏せられた瞳から止めどなく零れ落ち、少女の顔を濡らしてゆく。
遥人の胸に、微かな痛みを覚えた。少女が勝手に泣いている、と捉えられなくもない。しかし、少女は遥人を想って涙を流し続けている。
遥人は、桜に寄り添う少女を背中越しに抱き締めた。自分でも、何故、少女を抱きたいと思ったかは分からない。だが、これで少しは、ずっと抱え続けてきた少女の孤独を癒せるのでは、などと都合の良いことを考えた。
遥人に包まれた瞬間、少女の身体がピクリと反応した。突き放されるかと不安になったが、そんなことはなく、むしろ、遥人に自らの身体を預けてくる。
頬を触れられた時も思ったが、身体も温かさを感じない。そして、あまりにも小さくて、腕の力を籠めると、遥人の中で粉々に砕けてしまいそうだ。
「――憶えていらっしゃらないでしょうね」
周りの風音にかき消されそうな囁き声で、少女がゆったりと口を開いた。
「あなたは昔、私をその力強い腕で抱き締めて下さったのです、今と同じように。あの頃のことは、はっきりと想い出せます」
少女は身じろぎした。もしかしたら、苦しくなったのだろうかと思って、遥人は腕の力を弱めた。
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