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11話
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ばらばらになっているのは危険だ、とグレンが主張したため、全員が一階へ下りる事になった。それに驚く者は、もう誰もいない。透もまったく平然としている。そうか、さっき彼女が話していた猫とは、ケット・シーの事だったのか、と利玖は階段を下り切ったところで気がついた。
その時、厨房の奥から七生が走り出てきた。部屋着のようなシンプルな服の上に薄手のカーディガンを羽織っている。利玖もいるとは思わなかったのか、少し顔を赤くして、慌てた様子でぺこんと頭を下げた。
「何かあったんですか? もの音が……」
七生は、頼造に訊ねようとして、彼の足元にいる錆猫に気づき、
「グレン?」
と驚いたように言った。
「七生か」グレンが嬉しそうにそう言って、カウンタの椅子に飛び乗る。「こうして話すのは、久しぶりだな。見ない間にずいぶんと立派になった」
「近衛士長」頼造が、グレンの隣の椅子に腰かけながら、真剣な口調で切り出した。「さきほどのお話を、今一度お聞かせ願えませんか。そちらのお嬢さんは、まったく事情をご存じないのです」
グレンの金色の瞳がこちらを向く。
利玖は、喋る猫を見たのも初めてだ、という思いも込めて深々と頷いた。
グレンは、嵐に紛れて、ホテルの近くの森に手負いの妖が侵入した事、〈猫の王国〉の女王が、彼が苦しまずに死ねるように手を貸そうとしたが、一部の妖精がそれに抗い、どこかへ匿ってしまった事、治る見込みのない傷を負った妖は、今の体を捨て、別の体へ乗り移ろうとしている可能性が高いと考えられる事を、順序立てて説明した。
「では、アールさんは、わたしを〈猫の王国〉ではなく、その妖が匿われている場所へ連れて行こうとしていたという事ですか?」利玖は訊ねる。
「そう考えるのが妥当だ」グレンは頷いた。「何か、狙われる心当たりはないか? 魔力を持っているとか、シャーマンの血を引いているとか」
「シャーマン……?」と利玖が首をひねると、
「日本では、あまりそういった呼び方はされませんね」と透が言った。「巫女、霊媒師……、要は、神や精霊と何らかの形で交信を行うような素質を持っている可能性はないか、という事です」透は、小さく肩をすくめる。「ただ、わたしの知る限りでは、利玖さんはそういった血筋のお生まれではありませんね」
「ええ」利玖は頷き、グレンに目を戻す。「白津さんのおっしゃるとおりです。ただ、血筋とは別の要因で、そういったものから狙われる心当たりはあります」
えっ、と頼造と七生が揃って声を上げた。
「それは……」やがて、頼造が言いにくそうに口を開く。「本当ですか? その、もし、私どもがお聞きしても差し支えのないご事情であれば、ですが……」
「本当です」利玖は、そう答えてから、ぎゅっと口を結んだ。頼造も七生も、信頼に足る人物である事はわかっていたが、自分にからみついたおぞましい因縁をどこまで話して良いか、わからなかった。
「申し訳ありません」考えた末に、利玖はそう謝罪して頭を下げる。「わたしが出て行けば、すべて解決するのかもしれませんが……」
その時、誰かが利玖の肩に手を置いた。
白津透だった。
「妖精達に匿われているのは、利玖さんに執着しているモノとは別の存在だと思います」グレンに聞かせるためか、透は聞き取りやすい敬語だった。「少なくとも、本体は潮蕊湖から動けない。ここから、四十マイル以上離れた南西にある湖です。ただ、曲がりなりにも、かつては神として祀られていたため、今でも十分な力を有している、と我々は計算しています。実際に、彼から干渉を受けた妖や人間が、潮蕊湖から離れた土地でトラブルを起こした事例も、まだごくわずかですが、確認されています」
利玖は弾かれたように振り返り、口を開こうとしたが、肩を掴む透の手に強い力が加わるのを感じて、言葉をのんだ。
「今夜は、わたしも武装して、襲撃に備えます」透は淡々と続けた。「ホテルにも〈猫の王国〉にも、被害は出しません。もしも、防ぎ切れずに損害を出してしまった場合には、わたしがすべての責任を負い、補填する事をお約束します」
透は、利玖の肩から手を離し、陶器のように無機質な動作で微笑んだ。
「利玖さんのご事情を知った上で、ここに泊まる事を提案したのは、わたしですから」
その時、厨房の奥から七生が走り出てきた。部屋着のようなシンプルな服の上に薄手のカーディガンを羽織っている。利玖もいるとは思わなかったのか、少し顔を赤くして、慌てた様子でぺこんと頭を下げた。
「何かあったんですか? もの音が……」
七生は、頼造に訊ねようとして、彼の足元にいる錆猫に気づき、
「グレン?」
と驚いたように言った。
「七生か」グレンが嬉しそうにそう言って、カウンタの椅子に飛び乗る。「こうして話すのは、久しぶりだな。見ない間にずいぶんと立派になった」
「近衛士長」頼造が、グレンの隣の椅子に腰かけながら、真剣な口調で切り出した。「さきほどのお話を、今一度お聞かせ願えませんか。そちらのお嬢さんは、まったく事情をご存じないのです」
グレンの金色の瞳がこちらを向く。
利玖は、喋る猫を見たのも初めてだ、という思いも込めて深々と頷いた。
グレンは、嵐に紛れて、ホテルの近くの森に手負いの妖が侵入した事、〈猫の王国〉の女王が、彼が苦しまずに死ねるように手を貸そうとしたが、一部の妖精がそれに抗い、どこかへ匿ってしまった事、治る見込みのない傷を負った妖は、今の体を捨て、別の体へ乗り移ろうとしている可能性が高いと考えられる事を、順序立てて説明した。
「では、アールさんは、わたしを〈猫の王国〉ではなく、その妖が匿われている場所へ連れて行こうとしていたという事ですか?」利玖は訊ねる。
「そう考えるのが妥当だ」グレンは頷いた。「何か、狙われる心当たりはないか? 魔力を持っているとか、シャーマンの血を引いているとか」
「シャーマン……?」と利玖が首をひねると、
「日本では、あまりそういった呼び方はされませんね」と透が言った。「巫女、霊媒師……、要は、神や精霊と何らかの形で交信を行うような素質を持っている可能性はないか、という事です」透は、小さく肩をすくめる。「ただ、わたしの知る限りでは、利玖さんはそういった血筋のお生まれではありませんね」
「ええ」利玖は頷き、グレンに目を戻す。「白津さんのおっしゃるとおりです。ただ、血筋とは別の要因で、そういったものから狙われる心当たりはあります」
えっ、と頼造と七生が揃って声を上げた。
「それは……」やがて、頼造が言いにくそうに口を開く。「本当ですか? その、もし、私どもがお聞きしても差し支えのないご事情であれば、ですが……」
「本当です」利玖は、そう答えてから、ぎゅっと口を結んだ。頼造も七生も、信頼に足る人物である事はわかっていたが、自分にからみついたおぞましい因縁をどこまで話して良いか、わからなかった。
「申し訳ありません」考えた末に、利玖はそう謝罪して頭を下げる。「わたしが出て行けば、すべて解決するのかもしれませんが……」
その時、誰かが利玖の肩に手を置いた。
白津透だった。
「妖精達に匿われているのは、利玖さんに執着しているモノとは別の存在だと思います」グレンに聞かせるためか、透は聞き取りやすい敬語だった。「少なくとも、本体は潮蕊湖から動けない。ここから、四十マイル以上離れた南西にある湖です。ただ、曲がりなりにも、かつては神として祀られていたため、今でも十分な力を有している、と我々は計算しています。実際に、彼から干渉を受けた妖や人間が、潮蕊湖から離れた土地でトラブルを起こした事例も、まだごくわずかですが、確認されています」
利玖は弾かれたように振り返り、口を開こうとしたが、肩を掴む透の手に強い力が加わるのを感じて、言葉をのんだ。
「今夜は、わたしも武装して、襲撃に備えます」透は淡々と続けた。「ホテルにも〈猫の王国〉にも、被害は出しません。もしも、防ぎ切れずに損害を出してしまった場合には、わたしがすべての責任を負い、補填する事をお約束します」
透は、利玖の肩から手を離し、陶器のように無機質な動作で微笑んだ。
「利玖さんのご事情を知った上で、ここに泊まる事を提案したのは、わたしですから」
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