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忍びの境編
エピソード1 咲弥
しおりを挟む二つに重なるのは父母の面影もなくなった軀。
眼の前で父母を切り裂かれたのだ。
その重なる二つの軀の側で蹲っていた。顔面を覆う両手からは、真っ赤な真っ赤な血が流れ落ちていた。
――何をしたのだろう・・・・・。
果ての無い恐怖と哀しみの中で、無になった。失ったものは余りにも大きすぎて己を見失ってしまっていた。
流したのは涙ではなく、両眼を己で突いた鮮血だった――。
十五の春―――
「そうじゃ、今日から其方は咲弥じゃ。この弥生に咲く桜のようじゃのぉ・・・・。咲弥よ、生きよ。その眼で光は見えなくとも、心の眼で見抜くのじゃ。この世に失うてよい命などないぞ・・・・。」
身寄りも無く、両眼も失い、その上、己の命までも捨て去ろうとした無情の自分を救ってくれたのは住職だった。
咲弥として生きていく為に忍びの境に入り、そのままの己と共に生きる。その日々の、苦しく辛く哀しいこと・・・。何度、この境から逃げ出したいと思ったことか・・・。何度、住職を怨んだことか・・・。
逃げても、怨んでも、巡り巡っては、この己。全ては己の弱さを見抜き、己に打ち勝つこと。
そして、忍びの者となり呪術を操るようになった。両眼の見えない自分にしか成し得ない呪術――
それを〝眼術〟と云う――
その眼術もまた、己次第。よっては、相手の心臓をも貫く。
何時しか見えない両眼が光や風を感じ、生きとし生けるものの全てを感じられるようになっていた。
《その光も、影も、仏様の慈悲の心――》
そう教えて下さった住職だった。
いつか――語り合ったことがある。
「・・・なぁ、咲弥・・・私はいつも怖いと思いながら生きている・・・・」
夜更けの三日月が白く天高くに輝いていた。
境の屋敷の縁側でその月を見上げて清正は切々と語る。その傍らに同じように座る咲弥が視線を向ける。
「・・・私は主君を護りきれるのだろうか・・・私は民の者を護りきれるのだろうか・・・・私は弱い人間だ。常にこうして不安を抱えて生きている。情けないであろう――?」
月を見上げたままの清正は憂いを帯びた笑みを浮かべていた。
城主を護る藩士として、民を護る武士として、強く生き抜かなければならない使命感と己の持つ弱さの相中で、清正はその胸の内を語った。
「清正殿・・・・生きて下さい。私が言えることではございませんが、与えられた命、どうか、大事にされて下さい。」
いつか、自分も捨て去ろうとした命――『この世に失のうてよい命などない』
その言葉が心に染み渡る。
「咲弥・・・・お前は私の実の弟のように思うておる。もしこの身に何かあった時は・・・咲弥、直臣のこと頼むぞ。」
やがて、二十五の頃になり――
直臣様と出逢った。
《行ってはなりませぬ!直臣様――!貴方を護ることをお誓いしたのです――》
――あの時、泣き崩れる貴方を抱き締めた・・・・
それが、全て・・・・。
(この愛が罪ならば、この罪を背負っていく覚悟はできている。この愛に罰があるのなら、どんな罰でも受けよう・・・貴方を失うくらいなら・・・・)
光の届かぬ咲弥の眸の奥は強い想いに揺らいでいた。
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