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10話
背徳の祈り
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落ち着いた配色の部屋だった――
男の一人暮らしって、まぁ予想はしてたけど、どんだけ丁寧な奴なんだ・・・部屋の隅々まで片付けられてて、おまけに観葉植物まで置かれてる。
「・・・へぇ・・・あんたって几帳面なんだな・・・・。」
(実は彼女が・・・・ってか?)
勝手な想像しながら部屋のあちこちを見回しながらちょっと控えめな俺。
今夜はひとまず咲弥のマンションで様子見。先の方で一室のドアを開けながら、
「保さんはここのベッドを使って下さい。私はソファで寝ます。先にシャワーを浴びて来て下さい。疵の手当てをしておかないと・・・・。」
淡々とそう言うと咲弥はリビングの黒いテーブルに眼鏡を置いた。
「・・・え?あ、いいよ。俺がソファで寝る。お前の方も疵の手当てしなきゃなんねぇだろ?背中、痛むか?ちょっと見せろ。」
気になってた。自分を庇って負った疵が。あのじいさんが言っていたことは本当なんだろうか・・・って。
「・・・もう、大丈夫ですよ。」
「いいから、見せてみろって。」
ちょっと困ったような表情になってたけど、渋々と咲弥はシャツを脱いだ。
意外と・・・近くで見れば程よく筋肉が付いてて、思わず触れたくなりそうな上半身なんだ。
疵痕はそりゃぁ・・・生々しくって眼を瞑りたくなるくらい痛そうだったけど、やっぱり――疵口はすっかり塞がってる。
「・・・・良かった・・・・。」
ほっとした。
なんだろ、その疵痕に指先で触れてた。
背中に触れる感覚にちょっとびっくりしたかな?少し振り返って、
「・・・保さん・・・・?」
「あ・・・わ、わ、悪ィ。・・・じゃ、じゃ、先、シャワー借りる!」
なんか、なんか、ちょっとドキッとした。
態度悪いって思われたかな・・・?
ドキッってしたこと隠すみたいに、ふいっ、てそっぽ向いて俺は急いでバスルームに直行。
そんな保を分かってる・・・
ぶっきらぼうでいて、そんな中にも優しさがあって・・・
(・・・可愛い人・・・・)
咲弥は、僅かに微笑んだ。
迸る想いを抑えることができなかった――
貴方を愛している。訳などない。
ただ・・・清らかな貴方が愛しい。
貴方は、私を許さないだろう・・・
「お前が憎い」そう言い放った貴方の眸を今も覚えている。
貴方が憎い・・・・・
貴方の存在が、この私を桎梏の闇に捉えて離さない。
貴方が愛しい、愛しい・・・・
それ故に、貴方が憎い――。
貴方に憎まれる行為ばかり繰り返して、そして貴方を失った・・・・。
ソファに躰を預けている彼は、天井を仰いで瞼を閉じていた。
悲痛な想いが、その端麗な顔立ちに映し出されているようだった。
(記憶を閉ざしてしまった貴方のことを罪深く想うのか――?いや・・・これ幸いと、記憶が戻らなければ眼の前に居る貴方を失うことはない、そう心の中で思う自分がいる・・・・。)
躰を起こすと両膝に肘を付いて俯く。
その切ない横顔を漆黒の長い髪が隠した。
「・・・わりィ、先に借り・・・て・・・・」
言葉に詰まった。ソファに俯いて座ってる咲弥に、それ以上、声を掛けられなかったんだ。
余りにもその姿が痛々しくて。
俺は濡れた髪を拭きながらその横に座った。
何がこの男をこんなにまで苦しめるんだろ。でも、一つ俺が感じてたことは、
「・・・お前・・・愛してたんだ・・・・」
眼の前の黒いテーブルに視線を置いて、俺は言ってしまった。言っちゃいけないことだったかもしれないけど・・・俺の声にはっ、となって驚いた表情の咲弥が顔を上げて俺を見入る。
「・・・直臣のこと・・・。お前見てっと、分かんだよ。」
「・・・保さん・・・・」
俺はずっとテーブルに目線を置いたままで、
「俺にはどう理解すればいいか分かんね・・・。記憶がどうのこうのって言われても、俺は保で生きてきた。だからって俺は保の生き方を変えるつもりはねぇし、この現実から逃げる気もない。ただ、今を生きるしかねぇって思ってる――」
一点を見据える保の深い濃紺の眸が、真っ直ぐに人生を見つめていた。
それは――自分が愛したあの人と同じ眸で・・・咲弥には辛かった。
(貴方はそう言うけれど、記憶が戻ればきっと、貴方は私の許から消えてゆくはず・・・・私を恨んで、憎んで・・・・)
「もう寝ようぜ・・・!俺、疲れた。お前も早くシャワー浴びて寝ろ!」
もう!この淀んだ空気!余計、気が滅入るからさぁ・・・さっさと咲弥の背中を押してやった。
「俺はソファで寝るから。邪魔すんなよ!」
無理矢理って感じで背中を押されて立ち上がった咲弥が、呆気にとられた表情してる。
「愛だの恋だのって俺には判んねぇけど、そんなあんた見てんの辛い・・・。俺はあんたを束縛するつもりなんてねぇし・・・・あんたは自由でいいんじゃね?」
って、背中越しに俺も何言ってっかよく分かんなくなってきたけど、今の俺の精一杯の言葉なんだから、分かってくれよ!
「・・・・貴方が・・・そんなこと、言わないで・・・・」
――余計に辛くなる・・・
ふ・・・っと、背中から抱き締められた。
強く、強く・・・
切ない、切ない・・・この想いが。
「・・・咲弥・・・・?」
羽織ってたタオルが、床に落ちた。
(・・・咲弥・・・・泣いて――?る・・・?)
肩に冷たい雫を覚えたんだ。
俺を強く抱き締めている腕から伝わってくる想いと、包み込むような優しさっていうのかな・・・痛いほど感じた。
「・・・すみません・・・もう少し、このままで居て・・・・」
耳許に微かに響く低い声が、そして途切れた。
肩から流れ伝う冷たい雫を感じながら俺は静かに瞼を閉じてた。
――何だろう・・・この気持ちは・・・・?
(・・・切ねぇなぁ・・・・)
男の一人暮らしって、まぁ予想はしてたけど、どんだけ丁寧な奴なんだ・・・部屋の隅々まで片付けられてて、おまけに観葉植物まで置かれてる。
「・・・へぇ・・・あんたって几帳面なんだな・・・・。」
(実は彼女が・・・・ってか?)
勝手な想像しながら部屋のあちこちを見回しながらちょっと控えめな俺。
今夜はひとまず咲弥のマンションで様子見。先の方で一室のドアを開けながら、
「保さんはここのベッドを使って下さい。私はソファで寝ます。先にシャワーを浴びて来て下さい。疵の手当てをしておかないと・・・・。」
淡々とそう言うと咲弥はリビングの黒いテーブルに眼鏡を置いた。
「・・・え?あ、いいよ。俺がソファで寝る。お前の方も疵の手当てしなきゃなんねぇだろ?背中、痛むか?ちょっと見せろ。」
気になってた。自分を庇って負った疵が。あのじいさんが言っていたことは本当なんだろうか・・・って。
「・・・もう、大丈夫ですよ。」
「いいから、見せてみろって。」
ちょっと困ったような表情になってたけど、渋々と咲弥はシャツを脱いだ。
意外と・・・近くで見れば程よく筋肉が付いてて、思わず触れたくなりそうな上半身なんだ。
疵痕はそりゃぁ・・・生々しくって眼を瞑りたくなるくらい痛そうだったけど、やっぱり――疵口はすっかり塞がってる。
「・・・・良かった・・・・。」
ほっとした。
なんだろ、その疵痕に指先で触れてた。
背中に触れる感覚にちょっとびっくりしたかな?少し振り返って、
「・・・保さん・・・・?」
「あ・・・わ、わ、悪ィ。・・・じゃ、じゃ、先、シャワー借りる!」
なんか、なんか、ちょっとドキッとした。
態度悪いって思われたかな・・・?
ドキッってしたこと隠すみたいに、ふいっ、てそっぽ向いて俺は急いでバスルームに直行。
そんな保を分かってる・・・
ぶっきらぼうでいて、そんな中にも優しさがあって・・・
(・・・可愛い人・・・・)
咲弥は、僅かに微笑んだ。
迸る想いを抑えることができなかった――
貴方を愛している。訳などない。
ただ・・・清らかな貴方が愛しい。
貴方は、私を許さないだろう・・・
「お前が憎い」そう言い放った貴方の眸を今も覚えている。
貴方が憎い・・・・・
貴方の存在が、この私を桎梏の闇に捉えて離さない。
貴方が愛しい、愛しい・・・・
それ故に、貴方が憎い――。
貴方に憎まれる行為ばかり繰り返して、そして貴方を失った・・・・。
ソファに躰を預けている彼は、天井を仰いで瞼を閉じていた。
悲痛な想いが、その端麗な顔立ちに映し出されているようだった。
(記憶を閉ざしてしまった貴方のことを罪深く想うのか――?いや・・・これ幸いと、記憶が戻らなければ眼の前に居る貴方を失うことはない、そう心の中で思う自分がいる・・・・。)
躰を起こすと両膝に肘を付いて俯く。
その切ない横顔を漆黒の長い髪が隠した。
「・・・わりィ、先に借り・・・て・・・・」
言葉に詰まった。ソファに俯いて座ってる咲弥に、それ以上、声を掛けられなかったんだ。
余りにもその姿が痛々しくて。
俺は濡れた髪を拭きながらその横に座った。
何がこの男をこんなにまで苦しめるんだろ。でも、一つ俺が感じてたことは、
「・・・お前・・・愛してたんだ・・・・」
眼の前の黒いテーブルに視線を置いて、俺は言ってしまった。言っちゃいけないことだったかもしれないけど・・・俺の声にはっ、となって驚いた表情の咲弥が顔を上げて俺を見入る。
「・・・直臣のこと・・・。お前見てっと、分かんだよ。」
「・・・保さん・・・・」
俺はずっとテーブルに目線を置いたままで、
「俺にはどう理解すればいいか分かんね・・・。記憶がどうのこうのって言われても、俺は保で生きてきた。だからって俺は保の生き方を変えるつもりはねぇし、この現実から逃げる気もない。ただ、今を生きるしかねぇって思ってる――」
一点を見据える保の深い濃紺の眸が、真っ直ぐに人生を見つめていた。
それは――自分が愛したあの人と同じ眸で・・・咲弥には辛かった。
(貴方はそう言うけれど、記憶が戻ればきっと、貴方は私の許から消えてゆくはず・・・・私を恨んで、憎んで・・・・)
「もう寝ようぜ・・・!俺、疲れた。お前も早くシャワー浴びて寝ろ!」
もう!この淀んだ空気!余計、気が滅入るからさぁ・・・さっさと咲弥の背中を押してやった。
「俺はソファで寝るから。邪魔すんなよ!」
無理矢理って感じで背中を押されて立ち上がった咲弥が、呆気にとられた表情してる。
「愛だの恋だのって俺には判んねぇけど、そんなあんた見てんの辛い・・・。俺はあんたを束縛するつもりなんてねぇし・・・・あんたは自由でいいんじゃね?」
って、背中越しに俺も何言ってっかよく分かんなくなってきたけど、今の俺の精一杯の言葉なんだから、分かってくれよ!
「・・・・貴方が・・・そんなこと、言わないで・・・・」
――余計に辛くなる・・・
ふ・・・っと、背中から抱き締められた。
強く、強く・・・
切ない、切ない・・・この想いが。
「・・・咲弥・・・・?」
羽織ってたタオルが、床に落ちた。
(・・・咲弥・・・・泣いて――?る・・・?)
肩に冷たい雫を覚えたんだ。
俺を強く抱き締めている腕から伝わってくる想いと、包み込むような優しさっていうのかな・・・痛いほど感じた。
「・・・すみません・・・もう少し、このままで居て・・・・」
耳許に微かに響く低い声が、そして途切れた。
肩から流れ伝う冷たい雫を感じながら俺は静かに瞼を閉じてた。
――何だろう・・・この気持ちは・・・・?
(・・・切ねぇなぁ・・・・)
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