蜩の軀

田神 ナ子

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12話

検査受けろ、ってさ・・・

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――本条 直臣・・・
何を想い、何を感じ、その命を生きたのか・・・
そして、今、現世ここに生きている――?


 (・・・・俺は――)

補習授業もあんまし頭ん中には入ってこない。「遅れた分はしっかり取り戻して来なさい!」って母さんの声が聞こえてきそう。
教室には俺と同様、補習授業を受けてる生徒やつが疎らに座ってる。
心ここにあらず、ってかぁ~窓の外へ視線を向けた。

窓の外には眩しいほどの夏空が広がっている。
山の稜線からどこまでも真っ白な積乱雲が沸き立ち、風は夏の匂いがした。

(解らないことが解らない・・・それを知りたいのか、それとも・・・放っておいたら気が楽だろうな・・・)

――どうすればいい・・・?
こんなにもはっきりとした夏の景色なのに、今の俺の視界には入らない。
ただ、脳裏に浮かぶのは・・・

 「貴方は、私が護ります・・・」

そう言ったの姿。

 (咲弥――お前なら応えてくれるのか?俺の求めていることに・・・・)

紺青の空が広がっていた。


 何となくな補習授業がやっと終わった。真っ先に部室に向かおうとしてたのに、

 「荒木、ちょっと来い。」

教室の入り口から顔を覗かせて、藤本が俺を呼んだ。

 「何すか?」
 「おう、荒木、今度の定期健診のことなんだが・・・」

って、藤本は俺に付いて来るように手招きする。

廊下を歩く足音がやけに響いて聴こえてた。
夏休みだから普段と違って校内は静かだ。ある教室からは進学を目指してる奴らなんだろうな、自主学習っての?をしてる様子が通りすがりに見えたりしてる。開け放った窓からは風が入ってきて気持ちよかった。

 「・・・なぁ、藤本・・・俺ってどんな人間・・・?」

って俺が突飛なことを言い出したもんだから、藤本はひょんってした顔で俺を見入ってた。

 「どんな人間・・・って言われてもなぁ・・・・」

藤本は返答に困った風で髪を掻く。

 「・・・藤本さぁ・・・俺のこと好き?」
 「――ん―?・・・はぁぁ?!」

さすがに、歩く足が止まった。藤本は俺の顔をまじまじと見入ってたけど、一呼吸おいてから、

 「あの、荒木君、いきなりの告白?っての?かな?カミングアウトは先生も困るなぁ・・・」

って、冗談ぽく言って苦笑いしてる。その口許が引き攣ってるぜ。

 「・・・てか、違ぇーしっ!そんなこと言ってんじゃねぇって!」
 「はぁ?じゃ、お前何が言いてぇの?俺の方が分かんねぇし!」

お互いに顔を見合わせて言い合ってんの・・・でも、何でも言えるそんな先生やつだからいいのかもしれない。

「・・・自分ってどんな人間なんだろう・・・って・・・」

いつもらしくない?俺に、藤本はちょっと考えた様子で、

 「お前は、真っ直ぐで、自分の気持ちに正直に行動するところがいいところよっ!」

 「こんなことぐらいしか俺には言えないけどな」って、笑いながら俺の頭を軽く叩いた。
でも・・・何より一番信頼できる言葉だった。今の俺には・・・なんか、温かいものを感じた。

 職員室へ入っていくと、自分の机の上に置いていた封筒を手に取り、入り口で待っていた俺にそれを渡してきた。

 「お前、事故したんだってなぁ・・・何も言わないから・・・びっくりしたぞ。それでだな、一ヶ月以内に大きな事故、ケガ、病気をした奴は、精密検査を受けないと試合には出られないことになってる。その書類が届いたから渡しておくな。お前、ちゃんと大学病院に行って検査受けて来いよ!」

そう言う藤本の顔には、俺を心配してくれてんだろう想いが覗えた。

 「・・・――はぁぁっ?・・・?!」

思わず俺は声を上げてた。

(大学病院・・・って――)
よりによって・・・。

俺は頭を抱え込んだ。

 「ちゃんと検査を受けて試合に出るか、検査を受けずに、これからずっと試合に出られなくて指をくわえとくか・・・お前が決めることだぞ!」

そう言われると、ぐうの音も出ない。

 「・・・判ったよ・・・。」

半分、呟くように応えた俺に、

 「それなら明日にでも検査受けに行くか?病院の方には俺から連絡取ってみるから、予約が取れれば・・・昼からの診察が受けられるぞ。病院までは俺が送って行くから心配するな!」

とん、とん、って話が進んで、はい!明日の予定まで決められてしまった。
もう・・・諦めた。くしゃくしゃ、って髪を掻きながら、

 「・・・お願いしまぁ—す・・・。」

低い声のトーンとテンション。気分上がらねぇ。

午後からの練習に合流する予定だったから部室へ向かった。

 (・・・・・・ねぇ・・・・)

あの時の咲弥あいつの姿が浮かんでくる。
初めて触れた唇の感触・・・・
あの時――
背中越しにたぶん、あれは泣いてた?抱き締められた腕から伝わってくる想い・・・
どんな顔して会えばいい――?
できれば、会わないでいたい。
なのに・・・〈どうしてるだろう〉
そう想う自分がいる。
――なぜ・・・?
自分でもどうしていいか判らない。

重い足取りで俺は部室の前に立ってた。


中からは休憩してるの声が、賑やかに聞こえてくる。
その声に沈んでた気持ちが少し和らいだ気がした。

 「ち―っす!」

そこには、いつもの顔ぶれがあった。

 「おう!保!お前ちゃんと授業受けてっか?」

自主トレ後の休憩で着替えをしてた亮介が、いつものように茶化しやがる。

 「うっせぇな!真面目にやってるって!」

俺はさっさと練習着に着替え始めた。

苦笑いしながら亮介は側にあった椅子に座った。着替えた俺もその横に座って、亮介に囁いた。

 「お前にも貸しがあんだからな、――」

どうだってばかりにニヤリと笑って見せた。それから、自分でも感じるこの軽い足どり!へ飛び出してく。


そんな保の背中を見つめるの口許が笑む。

 (・・・へっ、そんなとこも変わんねぇな・・・)

確かに、保のなかに〝本条 直臣〟が生きていた。

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