12 / 35
11】モヤモヤと野菜炒め
しおりを挟む
11】モヤモヤと野菜炒め
(何だか逃げるみたいに店を出て来てしまったな……)
まぁ、確かに。半ば逃げる気持ちだったので、間違ってはいない。向かう時は軽かった足取りが、今は重たい。
「……」
『海野さん』
『海野さんがいる~!』
最後に耳に残る可愛らしい声に、不思議といたたまれなくなった。
男一人なのが恥ずかしかったのか。はたまた、彼女たちから海野さんを俺が独占するのもおかしな話だと、急いで店を出てしまった。それもそうだ。海野さんは仕事中だったわけだし。商品の弁当を、売らなきゃいけない。俺一人に構っている暇なんて、元々無かったんだ。
いつもは丁寧に袋に入れる弁当が、急いで歩くものだから袋が大きく揺れている。帰ったら、中身が崩れていないといいなと思う。というか、何の弁当だったかも確認していなかった。
あっとう間に電車の改札口を通り過ぎていた。今ばかりは、早く電車が来てくれとホームで思う。そのままやって来た電車に飛び乗って、帰路についた。ぼんやりとする頭が、いつも以上に疲れている。
(どうしたんだろう。俺)
今まで、こんなこと無かったのに。
電車の窓から見える景色を眺めながら、妙な気持ちになっていた。こんなにモヤモヤしたのは初めてだ。胸の奥が、チクチクするような感じ。何だ、これ。
「……」
(ほんの数回)
(まだたった2回お店を訪れ、顔を覚えて貰っただけで嬉しくなっていたんだろうなぁ)
再び現れた、名探偵・水野こと俺は、そう結論づけた。舞い上がってしまった自分を、反省しなくては。
『水野さん』
初めて名前を呼んで貰えた嬉しさを思い出しつつ、これは不味いと焦った。
(俺と海野さんは、店員とお客さんに過ぎないのに)
そうこうしていれば降りる駅に着いて、またいつもの道を帰って行く。玄関のドアを開けて「ただいま」と呟いた声がいつもより小さく。これまたいつものように夕食の準備をしつつ、気持ちは浮上してこなかった。
「そういえば、今日の弁当なんだったんだろ」
電子レンジに入れる前に開けて見る。緑や赤と色が鮮やかな野菜炒めだった。
「……美味そう」
それから数分。またレンチンが終わった弁当を取り出す。蓋を開ければ香る匂いは、ハンバーグとはまた違った美味しそうな匂いだった。
「頂きます」
両手を合わせてから、端を伸ばす。人参、キャベツ、ピーマン、玉ねぎ、豚肉。野菜炒めのオールスターズだが、俺一人では手が伸びない野菜の数。健康になる気がすると思いつつ、味も塩コショウと、ほんのりソースのような味がした。
「美味い……」
一口、二口と箸は進む。米も進む美味さに、弁当をまた完食していた。一服しながら、腕を伸ばして身体を伸ばす。
「……ん~~……明日はいつものスーパーで弁当買うかぁ……」
流石に連続で店に行くのは、ちょっとな。うん。深い意味は無いし。
『水野さん』
はぁ……と小さな溜息をつきながら、そんなことを思った。
チラリと脳裏に海野さんの顔が浮かんだが、どうして海野さんの顔が? と俺にはよく分からなかった。
*******
(何だか逃げるみたいに店を出て来てしまったな……)
まぁ、確かに。半ば逃げる気持ちだったので、間違ってはいない。向かう時は軽かった足取りが、今は重たい。
「……」
『海野さん』
『海野さんがいる~!』
最後に耳に残る可愛らしい声に、不思議といたたまれなくなった。
男一人なのが恥ずかしかったのか。はたまた、彼女たちから海野さんを俺が独占するのもおかしな話だと、急いで店を出てしまった。それもそうだ。海野さんは仕事中だったわけだし。商品の弁当を、売らなきゃいけない。俺一人に構っている暇なんて、元々無かったんだ。
いつもは丁寧に袋に入れる弁当が、急いで歩くものだから袋が大きく揺れている。帰ったら、中身が崩れていないといいなと思う。というか、何の弁当だったかも確認していなかった。
あっとう間に電車の改札口を通り過ぎていた。今ばかりは、早く電車が来てくれとホームで思う。そのままやって来た電車に飛び乗って、帰路についた。ぼんやりとする頭が、いつも以上に疲れている。
(どうしたんだろう。俺)
今まで、こんなこと無かったのに。
電車の窓から見える景色を眺めながら、妙な気持ちになっていた。こんなにモヤモヤしたのは初めてだ。胸の奥が、チクチクするような感じ。何だ、これ。
「……」
(ほんの数回)
(まだたった2回お店を訪れ、顔を覚えて貰っただけで嬉しくなっていたんだろうなぁ)
再び現れた、名探偵・水野こと俺は、そう結論づけた。舞い上がってしまった自分を、反省しなくては。
『水野さん』
初めて名前を呼んで貰えた嬉しさを思い出しつつ、これは不味いと焦った。
(俺と海野さんは、店員とお客さんに過ぎないのに)
そうこうしていれば降りる駅に着いて、またいつもの道を帰って行く。玄関のドアを開けて「ただいま」と呟いた声がいつもより小さく。これまたいつものように夕食の準備をしつつ、気持ちは浮上してこなかった。
「そういえば、今日の弁当なんだったんだろ」
電子レンジに入れる前に開けて見る。緑や赤と色が鮮やかな野菜炒めだった。
「……美味そう」
それから数分。またレンチンが終わった弁当を取り出す。蓋を開ければ香る匂いは、ハンバーグとはまた違った美味しそうな匂いだった。
「頂きます」
両手を合わせてから、端を伸ばす。人参、キャベツ、ピーマン、玉ねぎ、豚肉。野菜炒めのオールスターズだが、俺一人では手が伸びない野菜の数。健康になる気がすると思いつつ、味も塩コショウと、ほんのりソースのような味がした。
「美味い……」
一口、二口と箸は進む。米も進む美味さに、弁当をまた完食していた。一服しながら、腕を伸ばして身体を伸ばす。
「……ん~~……明日はいつものスーパーで弁当買うかぁ……」
流石に連続で店に行くのは、ちょっとな。うん。深い意味は無いし。
『水野さん』
はぁ……と小さな溜息をつきながら、そんなことを思った。
チラリと脳裏に海野さんの顔が浮かんだが、どうして海野さんの顔が? と俺にはよく分からなかった。
*******
140
あなたにおすすめの小説
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる