この青空の下を歩く夢

花崎有麻

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 エミリーに血を与えるに当たって約束事を決めた。
 今のところわかっていることは一つ。
 エミリーは、合人の血を吸ってもおおよそ二十四時間で人間から吸血鬼に戻ってしまう。血を吸って人間になってから二十時間ほどは人間と変わらない生活を送れるが、それを過ぎた頃から少しずつ身体が吸血鬼へと戻り、二十四時間の経過で完全に吸血鬼に戻ってしまうことだ。
 もちろん何十、何百、何千と検証したわけではない。たった一回の変化から得られた情報でしかない。そのため確実性はないに等しく、また二人の考えが完全に間違っている可能性もあった。
 だがそれを検証し確かなものにするには時間がかかりすぎるうえ、合人もエミリーもその検証し得られた情報から正しい答えを導き出す術を持たないし、答えを出せる人間はもちろん、吸血鬼も存在しないだろう。できることはあくまでも推測することだけだった。
 ならば答えが出るかわからない検証を時間をかけてするよりも、少しでも早くエミリーを人間として生活させてあげたい。それが合人の望みだった。
 だからこの約束事も、たった一日の変化から推察した頼りない決めごとでしかない。
「じゃあ、いい?」
「うん」
 合人の了承を得るとエミリーは口を開き、鋭く尖った犬歯をむき出しにする。その歯に月の光が反射してキラリと光った。
 密着し、エミリーが合人の首筋に歯をたてる。
 一瞬の痛み、遅れてやってくる形容しがたい快楽、鼻孔をくすぐる彼女の甘いに匂いがその快楽をさらに加速させた。
「・・・・・・ふぅ、ありがと、合人」
 十秒にも満たない吸血行為。
 しかし合人の体感時間はそれ以上で、離れていく彼女の口元がとても名残惜しく感じた。気持ちよさでボーッとする頭でエミリーの口元を追っていると、その視線に気づいたエミリーが合人を見る。
 目が合い、きょとんと首を傾げる彼女を見て急に頭が冴えた。
「あ、うん。どういたしまして」
「ちゃんとなれたね、人間に」
 月明かりの下で両手を広げてみせるエミリーの瞳は黒くなり、羽はその姿を消している。二度目の吸血ともなれば多少は慣れがあったらしく、最初のときは驚きで自我を保っていたが、今回は押し寄せる快楽に完全に負けていた。そのせいでエミリーが人間になる瞬間を見逃していたみたいだ。
「・・・・・・良かった。とりあえず、僕の血の効果がなくなったわけじゃなかったんだね」
 それには二つの意味で胸を撫で下ろす。
 一つはエミリーを失望させずに済んだこと。そしてもう一つは、自分はまだエミリーの特別でいられたことだ。
「エミリーが人間になれることはわかった。じゃあ決めた通り、これからは毎日0時に僕の血を吸って」
 二人が決めた約束事。それは合人が口にした通り、毎日日付の変わる0時にエミリーが合人の血を吸って人間になることだ。
 前回、エミリーは血を吸ってからおよそ二十時間で吸血鬼へと戻り始めた。そして二十四時間ほどが経過したときには完全に吸血鬼に戻っていそうだ。
 吸血鬼は太陽の光の下では肌が焼けただれてしまう。もしも太陽が出ている時間に人間に戻ってしまったら一大事だ。だからなる太陽が沈んだ時間帯に吸血鬼に戻らなくてはいけない。
 だから二人はタイムリミットを二十時に設定した。二十時ならこれからさらに暑くなり、日が長くなっても太陽は沈んでいる。
「もう一回確認するけど、本当にいいの、合人?」
「もちろんだよ」
「幸い、一度に吸う血の量はとても少なくていいけど、それでも毎日なんて合人の身体が保たないと思う」
 いろいろ話し合っているうちにいくつかの問題点が浮き彫りになった。今エミリーが言ったこともそのうちの一つだが、本当に血を吸われる量は僅かなので大丈夫だろうと合人は考えていた。
 仮にもし、それで体調に異変が生じたのならまたそのときに対策を考えるつもりでいたし、普段から血の生成に必要なものを食べるようにしていれば問題はないんじゃないかと考えていた。
「僕はそこまで虚弱じゃないよ?」
 笑顔を作って答えた。
 きっとなにを言ってもエミリーの不安や罪悪感、後ろめたさは消えないだろう。なら少しでもそれを気にしなくて済むように合人は笑顔で元気な姿を見せていなくてはいけない。
(・・・・・・たとえ僕の体調が悪くなっても、エミリーだけには)
 笑顔の裏でそんなことを考えた。
 吸血鬼に血を吸われるなんて行為、普通なら恐怖が付きまとうものだろう。
 でもそんなものよりも、エミリーの幸せのほうが合人にとっては大事だった。訪れるかどうかもわからない体調不良なんかに、今から怯えて竦んでいたくはなかった。
 合人が欲しいものはたった一つしかないのだから。
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