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第3話 年明けに踊る姫初め
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雪が降る夜の真中、私は聖子と一緒に神社にいた。しんしんと雪が降る、わけでもなくそれなりに風があって寒い。カップルでいればあったかいなんて漫画の中だけだ。実際にこんな氷点下の寒空の中だと一人でいても二人でいても大差ない。
「聖子、まだぁ?」
「まだ、後五分かな」
「五分かぁ」
この寒空の中で五分はそれなりに堪える。屋台でもらった甘酒を啜りながら、つい先日親友からランクアップした恋人の手を探る。手袋をすると感覚が鈍くなっていけない。隣に座る彼女の手も触感だけでは見つけられない。
「ん」
探していた恋人の手は向こうからやってくる。前言撤回。手を握っただけなのにさっきまでの芯まで凍るような寒さがどこへやら、まるで嘘のように寒さがどこかへ飛んでいく。
「私の手をお探しみたいだったけど、どう?当たってる?」
「大正解、流石、私の彼女」
「でしょ?もっとこっち来なよ。寒いでしょ」
「うむ」
ほとんど隙間の無かった私たちの間が宇宙の彼方に飛んでいく。ぎゅっと詰まって寒さを凌ぐ冬雀のようになっている私たちの間はきっとからっ風だって通しはしない。
「・・・寒い」
「初詣行きたいって言ったの正子なんだけど」
「・・・知らない」
「はいはい。帰ったら好きなだけ私にくっついていいから」
「泊っていいの?」
「どうぞ、正子の家が許すならだけど」
「連絡しよ」
親に連絡するとすぐに返信が来る。何一つ好きな所が無い母親だけど、片時も携帯を手放さないし、返信も早いことだけは唯一好ましい点だと言えないこともない。
「いいって」
「はや」
「年の瀬だしね、起きてたんじゃない?」
「それもそっか」
急な大音声が私の鼓膜を叩きやぶらん勢いで叩く。時計を見ればもう59分だ。そして秒針は既に50を回っている。もう数秒もあれば年が変わる。
5秒
隣に座る彼女の顔を見る。
4秒
同じく私の方を向いていた彼女と目が合う。
3秒
何も言うことが思い浮かばず互いに見つめ合う。
2秒
言葉はなくともするべきことはある。
1秒
互いの顔が近づく。
0秒
私達の視界にはお互いの顔しか映っていなかった。
実に熱烈な年越しを迎えた私たちは凍える身体を引きずって聖子の家に入る。彼女の家族が仕事でいないことは毎年のことだ。それに去年は彼女の家に泊って年を越している。互いに家族と折り合いが悪かったのも私たちが仲良くなったことの原因でもある。たまにはあのくそばばあも役に立つらしい。不快な親のことを脳から追い出して彼女のことだけを考える。だから、私はきっとこの三年を耐えられた。
「正子、お風呂、入ろっか」
「一緒?」
「一緒じゃないと嫌がるでしょ」
「それはそう。なんで別々に入るのよ」
「たまに私とは違う常識を持ってるわよね、もしかして並行世界の出身なの?」
「うるさい、早く入ろ」
家に入ってすぐに湯を焚いていたおかげで浴室は湯気が立ち込めるほど温かくて、外の寒気で生まれたての小鹿もびっくりの震えを見せていた私たちの体を芯から溶かしていく。
強張った体をシャワーでほぐしながら、彼女と目が合う。
グー。
チー。
早撃ちじゃんけん勝負は私の勝ち。斯くして一番風呂の権利を勝ち取った私は恨めしそうな顔でこちらを見る彼女の前で悠々と湯船に浸かった。
「そんなに恨めしそうな顔しなくても良いじゃない。じゃんけんに負けたのは聖子なんだから」
「家の主にそこは遠慮してくれないんだなと思っただけ」
「じゃんけんに乗った聖子が悪い」
「むう」
ムスッとしながら体を洗っている。何回も見たことのあるその顔も今はとてつもなく愛おしく感じる。体の奥が疼くほどに。
「ほら、早く身体洗いなさい」
見とれている間に洗い終わったらしい。湯船を追いだされ、今度は私が身体を洗う。勝手知ったる浴室で髪を洗う。目を閉じていてもどこにシャンプーがあって、どこにシャワーのノズルがあるかも把握している。
髪を洗い終わってシャンプーを流している間に声が掛かる。
「ねぇ」
「なんか言った?」
「---」
「聞こえないんだけど、もっかい言って?」
「やだ」
せっかくシャワーを止めたというのに、彼女はもう一度言ってくれることはなく、拗ねたようにそっぽを向いていた。拗ねた、と言うには口元が緩んではいたけど。
結局その後は、お互いに無言のまま私は身体を洗い終わって、湯船に入る。向かい合わせに入るつもりだったのに、引っ張られて、彼女の後ろに座らせられる。
「どうしたの?」
「別に」
前に座ってしまった彼女の顔は後ろからでは窺い見ることはできない。言うこともない私はただ彼女の体を抱きしめることしかすることが無かった。
「ちょっと」
諸手閑居して不善を為す。行き場のない手は自然と彼女の体に伸びる。クリスマスにあれだけ触ったし、見もした身体だけど、それだけでは足りない。見ているだけでおさまるほど今日の私は大人しくない。
身体のあちこちを触る前に彼女の手が私の手をしっかりと握って捕まえる。
「お風呂あがったらいくらでも、ね?」
まるで子供を諭すかのような口調で窘められる。私はそんなに子供だと思われているのだろうか。そうだとしたら心外だ。見た目は大人、中身も大人と言えば私しか当てはまる人はいないというのに。
「すぐに上がろう、今すぐ上がろう。あんま浸かってたらふやけちゃうよ?」
「・・・あんたね」
ジトッとした目を向けてくる彼女をしっかりと抱き上げる。残念ながら成長期というものが新生児パックに同梱されていなかったらしい彼女の体は多少鍛えていれば簡単に持ち上げられることが出来る。それこそ赤子の手をひねるようにだ。
「しょうがないわね、上がるから下ろしてちょうだい」
「しょうがない、いいよ」
「私を抱いたまま運ぶ気だったの・・・?」
「それは流石に難しいかな」
「痛った!!!」
仕返しとばかりに彼女の平手が私の臀部に炸裂する。後に残ったら非常に恥ずかしいことになる。別に見る相手なんて彼女ぐらいしかいないけど。
「ちょっと待ってよ」
さっさと浴室を出ていく彼女を追いかけて私も浴室を出る。今日は夜更かしになりそうだなんて思いながら。
「聖子、まだぁ?」
「まだ、後五分かな」
「五分かぁ」
この寒空の中で五分はそれなりに堪える。屋台でもらった甘酒を啜りながら、つい先日親友からランクアップした恋人の手を探る。手袋をすると感覚が鈍くなっていけない。隣に座る彼女の手も触感だけでは見つけられない。
「ん」
探していた恋人の手は向こうからやってくる。前言撤回。手を握っただけなのにさっきまでの芯まで凍るような寒さがどこへやら、まるで嘘のように寒さがどこかへ飛んでいく。
「私の手をお探しみたいだったけど、どう?当たってる?」
「大正解、流石、私の彼女」
「でしょ?もっとこっち来なよ。寒いでしょ」
「うむ」
ほとんど隙間の無かった私たちの間が宇宙の彼方に飛んでいく。ぎゅっと詰まって寒さを凌ぐ冬雀のようになっている私たちの間はきっとからっ風だって通しはしない。
「・・・寒い」
「初詣行きたいって言ったの正子なんだけど」
「・・・知らない」
「はいはい。帰ったら好きなだけ私にくっついていいから」
「泊っていいの?」
「どうぞ、正子の家が許すならだけど」
「連絡しよ」
親に連絡するとすぐに返信が来る。何一つ好きな所が無い母親だけど、片時も携帯を手放さないし、返信も早いことだけは唯一好ましい点だと言えないこともない。
「いいって」
「はや」
「年の瀬だしね、起きてたんじゃない?」
「それもそっか」
急な大音声が私の鼓膜を叩きやぶらん勢いで叩く。時計を見ればもう59分だ。そして秒針は既に50を回っている。もう数秒もあれば年が変わる。
5秒
隣に座る彼女の顔を見る。
4秒
同じく私の方を向いていた彼女と目が合う。
3秒
何も言うことが思い浮かばず互いに見つめ合う。
2秒
言葉はなくともするべきことはある。
1秒
互いの顔が近づく。
0秒
私達の視界にはお互いの顔しか映っていなかった。
実に熱烈な年越しを迎えた私たちは凍える身体を引きずって聖子の家に入る。彼女の家族が仕事でいないことは毎年のことだ。それに去年は彼女の家に泊って年を越している。互いに家族と折り合いが悪かったのも私たちが仲良くなったことの原因でもある。たまにはあのくそばばあも役に立つらしい。不快な親のことを脳から追い出して彼女のことだけを考える。だから、私はきっとこの三年を耐えられた。
「正子、お風呂、入ろっか」
「一緒?」
「一緒じゃないと嫌がるでしょ」
「それはそう。なんで別々に入るのよ」
「たまに私とは違う常識を持ってるわよね、もしかして並行世界の出身なの?」
「うるさい、早く入ろ」
家に入ってすぐに湯を焚いていたおかげで浴室は湯気が立ち込めるほど温かくて、外の寒気で生まれたての小鹿もびっくりの震えを見せていた私たちの体を芯から溶かしていく。
強張った体をシャワーでほぐしながら、彼女と目が合う。
グー。
チー。
早撃ちじゃんけん勝負は私の勝ち。斯くして一番風呂の権利を勝ち取った私は恨めしそうな顔でこちらを見る彼女の前で悠々と湯船に浸かった。
「そんなに恨めしそうな顔しなくても良いじゃない。じゃんけんに負けたのは聖子なんだから」
「家の主にそこは遠慮してくれないんだなと思っただけ」
「じゃんけんに乗った聖子が悪い」
「むう」
ムスッとしながら体を洗っている。何回も見たことのあるその顔も今はとてつもなく愛おしく感じる。体の奥が疼くほどに。
「ほら、早く身体洗いなさい」
見とれている間に洗い終わったらしい。湯船を追いだされ、今度は私が身体を洗う。勝手知ったる浴室で髪を洗う。目を閉じていてもどこにシャンプーがあって、どこにシャワーのノズルがあるかも把握している。
髪を洗い終わってシャンプーを流している間に声が掛かる。
「ねぇ」
「なんか言った?」
「---」
「聞こえないんだけど、もっかい言って?」
「やだ」
せっかくシャワーを止めたというのに、彼女はもう一度言ってくれることはなく、拗ねたようにそっぽを向いていた。拗ねた、と言うには口元が緩んではいたけど。
結局その後は、お互いに無言のまま私は身体を洗い終わって、湯船に入る。向かい合わせに入るつもりだったのに、引っ張られて、彼女の後ろに座らせられる。
「どうしたの?」
「別に」
前に座ってしまった彼女の顔は後ろからでは窺い見ることはできない。言うこともない私はただ彼女の体を抱きしめることしかすることが無かった。
「ちょっと」
諸手閑居して不善を為す。行き場のない手は自然と彼女の体に伸びる。クリスマスにあれだけ触ったし、見もした身体だけど、それだけでは足りない。見ているだけでおさまるほど今日の私は大人しくない。
身体のあちこちを触る前に彼女の手が私の手をしっかりと握って捕まえる。
「お風呂あがったらいくらでも、ね?」
まるで子供を諭すかのような口調で窘められる。私はそんなに子供だと思われているのだろうか。そうだとしたら心外だ。見た目は大人、中身も大人と言えば私しか当てはまる人はいないというのに。
「すぐに上がろう、今すぐ上がろう。あんま浸かってたらふやけちゃうよ?」
「・・・あんたね」
ジトッとした目を向けてくる彼女をしっかりと抱き上げる。残念ながら成長期というものが新生児パックに同梱されていなかったらしい彼女の体は多少鍛えていれば簡単に持ち上げられることが出来る。それこそ赤子の手をひねるようにだ。
「しょうがないわね、上がるから下ろしてちょうだい」
「しょうがない、いいよ」
「私を抱いたまま運ぶ気だったの・・・?」
「それは流石に難しいかな」
「痛った!!!」
仕返しとばかりに彼女の平手が私の臀部に炸裂する。後に残ったら非常に恥ずかしいことになる。別に見る相手なんて彼女ぐらいしかいないけど。
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