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国語教師の蜜島先生

第4話 みかん箱

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 目の前に、教師が階段を上っている。教師というにはだいぶ背の低い彼女だが、今年20代を折り返す立派な教師だ。
蜜島みしま先生、お手伝いしますよ?」
「あら、譲島さん。いいんですか?」
「もちろんです。先生」
蜜島蜜柑みしま みかん。甘ったるそうな名前の国語科の教師。背が低く、本人も丸い性格のため、男女問わずに人気がある。その小さい胸が女をあまり出さないので女子にも敵視されづらいのだろう。
緩いウェーブがかかった長い髪が腰まで伸びているのはなんとも背伸びをした子供感があって微笑ましい。淡い色のカーディガンも相まって、言われなければ本当に学生にしか見えない。いいとこ高校生だろうか。少なくとも、成人しているようには見えない。
とにかく、あまり本人が望んでいない要因だろうが、彼女は人気がある。
彼女の持っている荷物の半分ほどを持って彼女の後を付く。別段何か会話があるわけではない。ただの教師と生徒。担任ですらない、教科担任だ。
「・・・ずいぶん荷物がありますね」
「ちょっと矢島先生に頼まれちゃって」
「でもこれは多くないですか?」
「まあ、それは、そうだけどね」
「押し付けられたんですか?」
「もう。そういうわけじゃないよ」
少し困った顔で注意をしてくる彼女の顔は、確かに年上のお姉さんかもしれない。ちょっと頼りないけれど。
多い荷物を持って、準備室に辿り着く。放課後で人通りのない廊下には夕陽がさしていて、なんだか赤い。微かに聞こえてくるカラスの声が在りもしない故郷を懐かしませる。

 やっと準備室の中に荷物を全部おいて、一息つく。流石にこの量を三階から一階は疲れる。体力をつけておいて良かった。
疲れて座ってしまった私とは対照的に、先生は運んだ荷物に不備が無いか確認している。疲れた様子なんて微塵もなくて、意地を張っているとしても今の私に意地を張る余裕はない。やっぱり大人なんだな、なんてことを思っていたら先生の確認が終わったらしい。
「うん、大丈夫かな」
「終わりましたか」
「うん、終わったよ。ありがとうね、譲島さん」
「いえいえ、あんなの見捨てられませんから」
「そっか、優しいね。なんかお礼しないとね、ジュースでも奢るね?」
「お礼ですか、私はジュースなんかじゃなくてこっちの方がいいです」
「え?」
私の言葉に振り返った先生の唇を私ので塞ぐ。先生の香水だろうか、柑橘っぽい爽やかな甘い匂いが鼻いっぱいに広がる。
正直、自分でもなんでこんなことをしたのかわからない。なんだか、急に先生が欲しくなった、気がする。流石に教師に手を出すなら、もっと前もって準備をするべきだった。でも零れた砂は還ることはない。
私は半ばやけくそで先生の上半身に腕を回した。

「んっ、んんっ」
先生とのキスはまるで果物に口づけをしているかのように甘い匂いで満たされていた。果物っぽい作られた匂いではない。まるで採りたての果物が目の前にあるかのような瑞々しい果物の匂い。
「ぷはっ」
短くも長くも感じる時間。先生の顔は怒っているようには見えない、でも何を考えているのかもわからない。というか、何で私のキスを受け入れたのかもわからない。
「何で・・・?」
「ん~、何となく?してほしそうな顔だったので」
そんな曖昧な理由で生徒からのキスを拒まなかったらしい。教師がそれでいいのだろうか。
「教師なのに?」
「あなたからしたのに?」
「む」
「私のキス、甘かったでしょ?」
そう言えば、随分甘かった。さっきは驚いてそれどころじゃなかったけど、甘い匂いがするなんてものじゃなかった。
「そういう体質なの。誰にも言わないでね?」
「まぁ、いいですけど」
「お礼はちゃんとするから、ね?」
言葉と同時に今度は先生からのキスがお見舞いされる。さっき私とした時とは全く違う熱烈で、激しいキス。貪るような、まるで我慢の利かない子供のようなキス。
「んんっ」
先生の甘いキスが、甘ったるい程のキスが、私の脳を沸騰させようとしている。これまで何人も女の子を食べてきた、なのに先生のキス一つで懐柔させられようとしている。
「譲島さん、あなた、ずいぶんやんちゃしてるみたいね」
「え?」
「知ってる人は知っているものよ。同じ穴の狢というやつね。まぁ、私は元だけど」
先生のキスで頭が回らない。靄がかかった理性が身体を動かしてくれない。
「ほら、もう一回」
先生の声と共にまた口が近づく。さっきに比べると、優しいキス。先生の舌が入ってくる。侵入されているのがよくわかるキス。先生の厚い舌が私の口の中を這いずり回る。脳内が、先生の味に染まっていく。
甘いキスは全身を甘く蕩かしていく。力の入らない身体を先生に支えられながら、先生のキスをずっと堪能していたい、と思った。
私は抱くのは好きだけど、抱かれるのは好みじゃない。でもなぜか、今だけは抱かれていたいと、心の底から思った。
「せんせ、」
そこで鳴ったチャイムが、私の言葉を中空に溶かす。
「なんですか?」
「いや、別に、なんでもないです」
「そう、じゃあ、私戻らないといけないから」
そう言って先生は立ち上がる。
何で?まだ足りない。まだキスしかされていない。もう全身がぐずぐずになっている。今すぐ抱かれないとそのまま溶けてジャムになってしまう。
そんな渇望は先生に通じたらしい。
「また明日、同じ時間に、ここにおいで」
それだけ言って部屋から出て行ってしまう。後には先生の甘い匂いだけが残った。

 先生の残り香に包まれて、やっと思い当たる。
先生はあの人に似ている。姿恰好は似ても似つかないけど、その立ち居振る舞いが、その包むような笑顔が、あの人の影をちらつかせる。
あの人を思い出したときの疼きは先生に抱かれている時よりもずっと大きかった。
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