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幕間

第14話 対岸の彼女

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 忘れ物をした。部活に入っていない私が遅くまで学校にいることは無い。たまに先生とか水瀬とかに捕まったり、捕まえたりすることはあるけど、流石にそんなことは過半数を超えない。一応、学生だし。こんな爛れた高校生がいてたまるかと思わないことも無いけど。
 だいぶ傾いた陽が廊下をノスタルジックな色に染める。・・・別に田舎出身でも、年齢詐称もしてないけど。なんだか夕日は気持ちを妙に感傷的にさせる。今日が終わってしまうことを強制させてくるようなこの色が最近はあまり好きではない。別に好きだった記憶もないが。熟れ柿みたいな色の顔に染まる自分の顔の熱さを鬱陶しく感じながら教室に向かう。別に忘れたところで教師の小言を言われるだけなのだから、そこまで気にしなくてもいい気もしているのだけれど。蜜島先生の宿題を忘れると正直めんどくさい。本当にめんどくさいのだ。忘れ物を口実に何をされるのか分かったものじゃあない。あの人は口実さえあれば、何をしても良いと思ってるタイプなのだ。厄介な事この上ない。
 教室の前に立とうとしたところで中から声が聞こえてくることに気づく。この教室が部活に使われてるなんて話を聞いたことは無い。もう一つあるとすれば、私の同類がここを使っている可能性だけど、だとすればここは危険が過ぎるだろう。職員室が同じ階にあって、外から部活の声が聞こえてくる程度には外も近い。何れにしろ、見てみないことには何も始まらない。意を決して教室の中を覗き込む。
 事実は小説より奇なり、どころか遥かに超えることはままあることだということを、私は思い知らされることになった。教室の中にいたのは、ある意味一番見覚えがあって、そこにいることに一番違和感がない人物だった。
「委員長?」
 思わず漏れた声は彼女の耳には届かなかったらしい。こちらに顔を向ける気配もなく、机に向かっている。いや、正確には机の角に向かっているという方が正しいだろう。スカートの中に机の角をすっぽりと隠して、腰が前後に動く行動なんて一種類しかない。少なくとも私は一つしか知らない。
 よく耳を澄ませば甘く蕩けた声が漏れ聞こえてくる。甘く、熱く、脳を融かして蒸発させるような発情の匂い。聞くものを淫靡に誘い落とすような声。私の目も、耳も、まるで彼女に縫い付けられたかのように動かない。
んっ・・・。
 甘い声は今も止まることはなく、必死に声を押さえている様子は妙に嗜虐心をくすぐる光景で、思わず足が内に閉じる。教師はいれど、職員室は遠く、ほぼ反対側にあるこの教室の中の声など誰も聞こえはしない、私を除いて。演者一人、観客一人の淫劇の幕は既に切って落とされた。オープニングは逃したけれど、まだ中盤にも入っていない。まるで劇に夢中な子供の様に私はただ彼女の痴態を見る。

 机に擦る動きがだんだんと大きくなっていく。さっきまでの誰かが来ることを気にしている素振りはどこへやら、ただ快楽を貪る女がそこにはいた。漏れる声の大きさはあまり変わらないまま、音だけが高くなっていく、机の軋む音も。
ふっ。
 思わず漏れる息は絶頂を必死に我慢しているのか、真っ赤な顔で口を押さえる可愛い委員長からは昼間の凛とした姿はない。がたがたと大きく揺れる机の音は彼女の声もかき消しているけれど、既に彼女の絶頂が近いことは伝わってくる。
 私の下着にも大きな染みが出来ていることが自分でもわかる。今日は下着の替え持ってきてないんだけどな。それでも彼女の姿から目を離すことが出来ずに、ひたすら見入ってしまう。
ーーーーーっ。
 もう下着から液体が太ももに伝い始めたころ、教室の中から、ひと際大きな呻き声が聞こえてくる。彼女の絶頂から数秒遅れて私も達する。・・・どこにも触っていないのに、イけるとは思わなかった。自分の才能が怖い。

 達したことで頭が冷えたのか急にソワソワとしだす委員長を見て、思わず私は教室のドアを開けていた。
「委員長、偶然だね」
「・・・!譲島さん。どうしたのこんな時間に」
「ちょっと忘れ物しちゃって、委員長こそどうしたの?」
「勉強してたら、遅くなっちゃって」
「ふぅん、勉強って保健体育?」
 彼女と話ながら、我ながら悪人の顔をしているのだろうなと思う。口角が上がっていくのが止められない。だってこれは委員長が悪いだろう。幸運とはいえ、カモがネギをしょって来た上に自分で皿まで用意までしているのだから、それは据え膳食わねば女が廃るというもの。
「なんの話?」
「なんのって、今必死にしてたでしょ?気づいてなかったみたいだけど」
「・・・どこから?」
「途中から。気持ちよさそうな声出してるところから。でもずっと出してたか」
 さっきとは違う種類の赤さが顔に差す。羞恥と、怒りが混ざっていそうな顔で口をパクパクとさせる。空気に喘ぐ魚みたいな彼女は顔の赤さも相まって金魚に見えないこともない。絶対に言えないけど。
「それでなんだけど」
「それでって?」
「そりゃ、口止めが必要でしょ?あの委員長が教室でオナニーに耽ってるなんてみんな驚きそうなニュースじゃない?」
「あんた、最悪な性格してるのね」
「教室でオナってる人に言われたくなーい」
「うっ」
 ぐぅの音も出ないらしい。この場で私を言い負かせるだけの理由はカバンをひっくり返したって出てきはしない。
「何させたいのよ」
「話が早いね、物分かりが良い子は大好き」
「良いから、で、何?」
「抱かれてもらっていい?」
「は?」
「抱かれて、私に」
「・・・何で?」
「委員長見てたらムラっと来ちゃって」
「意味わかんないんだけど」
「意味とかどうでもいいでしょ。私に抱かれてくれれば、今日のことは忘れるつもりだけど」
「う~ん、やだ」
 これだけ準備が整っていればもう彼女に選択肢などあってないようなものだ。クラスメイトに手を出したことは無かったので、いったいどんな風に遊ぼうかななんて、さっきまで考えていたことは全部吹っ飛んだ。
「やだっていうのはNOってこと?」
「そうね、それ以外だから善処するけど」
「善処って・・・、一応脅してるんだけどな」
「何の証拠も持っていないんでしょ?」
「まぁ」
「他のことならできるだけ考えるけど」
 他の事なんて、正直興味ないんだけど。強気な子が私にすがってくるあの感じが好きなのに。彼女もその中の一人にするつもりだったのに。でも証拠になるものを一つも持っていないことは事実。迂闊だった、いつもなら録画の一つや二つ用意するのに、あまりに委員長に目を取られすぎた。
「・・・あ。じゃあ、誰を想ってしてたのか教えてよ。誰にも言わないから」
 苦虫をダース単位で口に詰め込まれたかのような顔をしているが、さっきの言葉がある以上、しゃべってくれる気がする。委員長をやっていることもあってかなり義理堅いというか、頑固というか。
たまよ」
「そんな名前の人クラスにいたっけ?」
「クラスの人じゃないわ」
「違うクラス?」
「それ以上は教えない。名前教えたんだからいいでしょ」
 正に取りつく島もない。口を縫い合わせたかのようにしっかりと口を閉じてこれ以上は何も話さないという強い意思を感じる顔でそっぽを向いてしまう。ここで折れるのはなんだか納得がいかない。もっと教えてほしいところなのでもっと質そうとしたところで邪魔が入る。
「まだ残っていたんですか?もう最終の下校時刻は過ぎました。早く帰る準備をしてください」
 教室のドアからかかったのはどこかで聞き覚えのある声。振り向くと整った、でも少し勝気そうな吊り目をした女性が立っていた。よく見れば腕には「風紀委員」と書かれた腕章をしている。
「風紀委員長か」
「ええ、そうです。早く準備をして帰るように。譲島さんと、あなたも」
言いたいことだけ言ってとっととどこかへ行ってしまう。というか、何で私の名前を知っているのかがわからない。初対面のはずなんだけど。
「あなた、風紀委員長と知り合いだったの?」
「私も身に覚えがない」
「ふぅん。ま、何にせよ話は終わりね」
「え?ちょっと」
 制止の声も彼女の足を止めることはなく、いつの間にか準備を終えていたのか、さっさと教室を出て行ってしまう。後には何ひとつ目的を果たすことが出来なかった私だけが残された。
最悪。明日は水瀬と遊ぼっかな。
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