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幕間

第20話 追伸。蜂蜜漬けの蜜柑

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 とある日の放課後。珍しく残業も持ち帰ってやらなきゃいけないようなことも無い日。教師という仕事をしているとたまにこういう日がある。ごく稀に、だけど。たまにであっても、たまにだからこそそういう日の希少価値も上がるわけだったりする。飴と鞭というやつだ。そうやって私たちを搾取するのか、なんて恨み言は酒屋では盛り上がっても、誰も行動に移すなんてことはしない。というかそんな元気はない。そんな日に行く場所は決まっている。
「せ~んぱい!」
 私が向かったのは美術準備室。美術に興味があるから、ではない。目的はそこに絶対にいるであろう教師だ。
「・・・学校ではそういうのダメじゃなかったの?」
「今日はいいんです。もう教師もほとんどいませんから」
「ちゃっかりしてるわね、ほんと。高校の時とは大違い」
「あれは、まぁ。若気の至り、でもないか。ま、そういうことで」
「何も説明になってないじゃない。それでも国語教師?」
「私の専門は古典ですから」
 久しぶりの軽いやり取りに仕事で荒んだ心が和らいでいくのを感じる。最近は多少いいこともあったのでマシだったけど、やっぱり仕事は面倒極まりないものだ。先輩の教師が言うにはどこかで楽しくなる時が来るらしいけど、私には信じられない。
「それで、今日はどうしたの?」
「わかってますよね?先輩」
「まあ、なんとなくは」
 この学校で先輩と再会して以来、時折こうやって互いに誘ったりする関係に落ちついた。高校の時分は先輩のことで悩んだりしたこともあったけど、結局今の形に落ち着いている。別に先に進みたくないわけじゃないけど、これで満足してしまう自分もいる。・・・年齢のせい、ということにしておこう。別にそんなに年齢を喰ったつもりはないけど。
「行くのはいいけど、その前に飲みに行かせて。今日は飲みたいの」
「いいですよ、どうせ明日は休みですし」
「・・・明日を潰すことは確定なのね」
「いつも通りじゃないですか」
「確かに」
 まだ少しだけ残っていた先輩の仕事が終わるのを待って、私たちは行きつけの居酒屋に向かった。

 繁華街の喧騒からは少し外れた路地の中にある居酒屋。通りに比べるとだいぶ人の入りが少なく、一気に静かになる。それでもそれなりに人はいるけど、酔っ払いも二次会を探すやかましい大学生もいない。
「予約してた、蜜島です」
 何回言ったかわからない台詞を言って奥の個室に入る。少し値は張るが、扉を閉めてしまえば外に声は聞こえないので割と気を抜いて話すことが出来る。
「「はーっ」」
 部屋に入るとやっと一息つける。外にいるときは急に生徒やら他の先生に会ったりする可能性があるので意外と気を抜くことが出来ない。だからこそこういう個室のある飲み屋はかなり重宝する。
「何飲む?」
「私はビール、蜜柑は?」
「うーん、杏露酒にしようかな」
 飲むものと適当なつまみを注文して、来るのを待つ。互いに少し落ち着かないのはこの後に何をするのかがもう決まっているからか。少し久しぶりということもあって何となく収まりが悪い。久しぶりにだといつもこうだ。いつまでも互いに初心を忘れてないと考えればいいのだろうか。
「「・・・」」
 互いに何となく無言なまま時間だけが過ぎる。こうしていると初めて先輩を誘ったときのことを思い出す。確かあの日も今日みたいに個室の居酒屋に来ていたんだっけ。ここではなかったことは確かだけど。互いに何を言えば良いのかわからないまま時間だけが過ぎていく。先輩後輩としての期間、短い恋人の期間、同じ職場の仲間としての期間、それらが長すぎた。長すぎる友人関係はその時間じたいがその先に進むことを躊躇させる鎖の重さだ。
「「あの」」
「お待たせしましたーー!!」
 やっと振り絞った勇気が声を出させたその瞬間、店員が注文の品を持ってくる。あの日もそうだった。まるであの日を再現しているような状況に思わず口角が上がる。よく見れば先輩の口角もだいぶ上がっている。店員がいるから我慢しているだけなので早く出てほしいと願う。
「「ふふっ」」
「なんか初めての日のことを思い出しちゃった」
「私も、再現されてたね。完璧に」
 そこからは互いに堰を切ったように話が弾んだ。数えれば前にこうやって吞んでから一か月以上だ。積もる話が山ほどある。
 まるで学生時代に戻ったようにくだらない話に話を咲かせた。嫌な生徒の話、嫌な教師の話、嫌な親の話、最近あったいいこと。話す種は尽きず、時間だけが有限の中で私たちは会えなかった時間を埋めるように話を続けた。
「そういえば、先輩けっきょくなんで優子とシたの?」
「あー、なんか淫行教師がいるらしいから誰かなーって探してたらあなたたちを見付けたの。結局あなたたちじゃないって譲島さんに聞いたけど」
「ああ、そんなの探してたの」
「そんなのって一応学び舎よ?気になるでしょ。それとも知ってるの?」
 知ってるも何も私もその中の一人だし、他人事みたいな顔してるけど、先輩だってその仲間入りをこの前果たしていた気がする。
「知ってるよ。たまに見かけるし」
「見かける?止めないの?」
「同じ穴の貉ってね」
「最低ね・・・」
 そんなことが気になっていたらしい。普通に聞いてくれれば教えたのに。というか、知ってる先生も普通にいるし。
「よくばれないのね」
「教師にも手出してるみたいだからね」
「ええ・・・。あんたと同じじゃない」
「私は、先輩だけだし」
「そういう問題かしらね。それで?」
「?」
「誰なのよ?」
 そんなことを話すにはちょっとここはオープンすぎる。扉があるとはいえ、流石にここでそんなことを話すほど理性はトんでいない。
「ま、そういう話はホテルで」
「もうそんな時間だったの。じゃ、行きますか」
 私たちは会計を済ませて次の予定地に向かうことにした。平然とした顔をしていたつもりだったが、正直途中から脳内はピンク色だったし、下着が湿って少し気持ち悪くなってる。
 久しぶりに握った先輩の手は少し湿ってた。
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