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幕間

第21話 追伸。蜂蜜塗れの蜜柑

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 少し口数が減った二人でホテル街を歩く。原色が乱舞するピンク色の中を二人で歩くのはもう何回目かわからない。それでも今日もまた初めて歩くような顔をしている。何回歩いても慣れないのは未だ先輩への未練を残しているからか。未だ初恋の様そうを呈している私の恋を先輩はどういう気持ちで受け取っているのか。聞けないまま早数年。
 今日もまた何かを言うことも手を伸ばすこともできないまま、ホテルに辿り着く。不毛だというのは百も承知だ。大学の頃から、教師になってから、いったい何度自問自答したかわからない。何度考えたって答えは一つだ。
 それでも私は先輩のことが好きだ。それだけが私が学生の時からの変わらない先輩への思いであり、先輩に受け取ってもらえない思いだ。
「蜜柑、ね?」
 ホテルに入ってから、不意に手を掴まれる。二人で手を繋いで、部屋を選ぶ。私たちが纏っていた空気はさっきまでが薄紅色なら今はきっとピンク色になっている。空気の色が見える人がいるならきっとそそくさとその場を離れていくような空気を纏ってエレベーターに乗り込む。
「・・・」
「・・・」
 二人とも口を開かない。でもさっきの何を言えばいいのかわからない沈黙じゃない。これから獣ように交わることがわかっているから、だからこそ今、必要以上の言葉を交わす必要なんてどこにもない。
「んっ」
 急に先輩にお尻を掴まれる。いつもの線の細いイメージからは想像もできないほどにがっしりと、そしてしっかりと、掴まれる。何となく先輩の顔を見ることが出来ない。一体どんな顔をしているのか、気にはなれど振り向く勇気が出ない。
 これでなんともない顔をしていたらと思うと心臓が破裂しそうでたまらない。だってこの状況で平気な顔をしているってことはそれはこういう状況に慣れているとしか考えられないということで。それは、つまり、きっと。だって先輩は可愛くて、優しくいから。
 私と離れていた時間で先輩に何があったのかなんて考えたくもない。考えたくも、聞きたくもない話。今まで何となく聞いていない話で、きっとこれからも聞かない話。臭い物には蓋をする、嫌なことは聞かなかったことにする。あの頃に比べて禄でもないない人間になった私なりの処世術。
 そんなことを考えている間に部屋に辿り着く。見慣れているけれど、初めて来た部屋はピンク色の大口を開けて私たちを飲み込んだ。

「ん」
 部屋に入るなり先輩に唇を塞がれる。まだドアから数歩だって離れていないのに、積年の愛を確かめるかのような情熱的なキス。数十秒のキス、数秒の息継ぎ、また長い長いキス。まるで雨のように降ってくるキスの雨。傘を持っていない私はただ振ってくる雨にされるがままにするしかない。キス、息継ぎ、キス、息継ぎ、キス、息継ぎ、キス、息継ぎ。時折、絡まった手が不意に締まる。
「はぁっ」
 くっついた掌が、絡まった指がまるで溶け合ったかのように離れない。絡まった様子を蛇の様だ、なんていうけれど蛇なんて目じゃないと思う。背中に回された手は私を支えるためのモノではなくて、私を逃がさないためのもので。
「蜜柑、目、開けて」
 先輩に言われて初めて自分が目を瞑っていたことに気が付く。目を開けていなくても、先輩が今どんな顔をしているかが何となくわかってしまうからか、自分が目を閉じていることに気づかなかった。
 目を開けるとそこには先輩の顔が一杯に映っていて、先輩の目には私が反射して映っている。
「・・・」
 目を開けて、なんて言ったくせに私が目を開けてからは何かを言うこともなくじっと私の顔を見つめている。吸い込まれるような真っ黒の瞳にただ映る自分の顔がどんな顔をしているのかわからない。・・・間抜けな顔をしていないと良いけど。
「・・・先輩、シャワー、浴びませんか?」
「蜜柑、何しに来たの?」
「何ってそれは、まぁ」
「シャワーなんて浴びる暇ないでしょ」
 覚えたての高校生か。まぁ、そんな先輩についていける私も大概だとは思うけど。シャワーを浴びることもなく、キスをして、服を脱いで、交わる。獣と大差ない行動は私たちの知能をどんどんと下げていく。
 必死に勉強して大学に入った、大学では必死に勉強をして教師になった。その結果がこうなるとは思わなかった。一抹とはいえ公僕だというのに。
「蜜柑、ちょっと太った?」
「デリカシーも一緒に脱いだんですか?」
「お酒飲んだ時に落としちゃったみたいね」
「だいぶ前ですね、もうお店にもないんじゃないですか?」
「だーいじょうぶ、家にまだあるから」
 デリカシーのストックとはこれいかに。軽口を叩いていても、私の体を撫でる手は止まらないし、私の秘部から零れる液体の量は減らない。減らないどころかさっきよりも勢いを増している気さえしている。
「んっ」
 先輩の手が私の割れ目の中に入ってくる。中指が私の敏感な所を撫でる。正確には敏感に感じるようにされた場所、だ。好きな人に触られればどこだって気持ちいいものだけど、時間をかければ立派な性感帯だ。そうして性感帯にされた部位がいったいいくつあるのか自分でも把握できない。

「蜜柑はかわいいね」

 耳元で囁かれる。わななく腰は言葉一つで全身が痺れることを示す。未だ、甘酸っぱい恋を抱いていることを先輩は知っている。だから、わかってこういうことをする。私の被虐の趣味は先輩の所為だ、絶対。
 立っていられないほどに腰が砕けた私を先輩がそっとベッドに寝かせる。優しく、穏やかで、たおやかな顔で、高校の時と変わらない顔で。
 ああ、なんと不毛なことか。わかって尚やめられないのはきっと私の愚かさ。それでも先輩が愛おしい。
「先輩」
「なぁに?」
「だいっきらいです」
「説得力の無い顔だこと」
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