華と毒薬

アザミユメコ

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番外編

お仕置きSS ※R18

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「なにこれ」

 その日、志千は恋人の首の後ろ──うなじのあたりに、自分の知らない赤い痣を発見した。

 どこをどう見ても、誰かに吸われたあとだ。

 最近は互いに仕事が忙しくて、なかなかゆっくりした時間も取れなかった。ともに食事すらできない、すれ違いの日々が続いていたのである。
 志千がつけたものではない。それはたしかだった。


 ***


 志千が牡丹荘に帰ってきたのは、すでに夜半を過ぎた時刻であった。
 所属の活動写真館で新作の大入りを記念した祝賀会があり、さんざん呑まされたあげくに、ようやく解放されたのだ。

 百夜はすでに眠っていた。
 自分の部屋ではなく、志千の布団にくるまって寝息をたてている。
 枕元には最近読んでいた小説が置いてあった。

 以前よりはだいぶ読み書きができるようになっていたが、難しい本は志千に読んでくれとねだってくる。
 字の勉強がてら、百夜の背後から包み込むようにして抱いて座り、一緒に文章を追いながら読んであげるのが習慣になっていた。

 続きを楽しみにしていたのに、しばらく日にちが空いてしまった。申し訳ないなと思いつつ、恋人が寝ている布団に潜り込んだ。

 人形のように体温を感じさせない見た目をしているのに、百夜は意外と平熱が高い。じんわりとした暖かさが全身に伝わってきた。

 本来は一人用の薄っぺらい布団で、起こさない程度に抱きしめて幸せを享受する。

「んん、あったけー」

 真冬の厳しさは過ぎていたが、人肌は別格だ。
 好きな人の体温ならなおさら。

 志千が気に入ってからというもの、ときどき衣装部につけてもらっているらしい香油のかすかな花のにおいが、温度とともに首筋にたちのぼっている。
 存分に嗅いでいると、百夜が目を覚ましてしまった。

「う、ん……志千、帰ったのか」
「悪い、起こしたか」
「会いたかったから、いい。おかえり」
「ただいま」

 もぞもぞと寄り添ってきて、志千の胸に顔を埋めてくる。
 帰ったらもうどちらかが寝ており、朝起きるとすでに家をでている。そんな行き違いが多く、言葉を交わすのさえ数日ぶりだ。
 急に愛しくなって、額、頬、唇と、いくつも接吻を落とし、輪郭の線から耳たぶの付け根を舐める。

「くすぐったい」

 百夜は小さく笑いながら背を向けてしまったが、逃さないように両腕でふたたび抱き寄せた。
 志千の好きな亜麻色の長い髪がさらりと寝床に流れて、月明かりが白い肌を映したそのとき──

 視線を惹きつけられたすぐそこに、まったく覚えのない情事の痕跡を発見してしまった。

 他人にしかつけることのできない位置に、あきらかに誰かに吸われたとしか思えない赤い痣。
 指でなぞりながら、茫然とする。

 まさか、他の奴と?
 自分の腕のなかでこんなに幸せそうにしているのに。

 百夜に限ってそんなはずはないという思いと、外の世界を知ったら他の誰かを好きになるかもしれないというかつての悩みが交差した。

 嫌な想像が勝手に沸いてくる。
 もし本当に、自分以外に体を許したのだとしたら。

 裏切られた気持ちなんかよりも、百夜が自分から離れてしまうかもしれない焦りのほうがずっと大きかった。

 ──無理だろ、そんなの。

 いまさら、百夜を失うことに耐えられるわけがない。
 もし離れたいといわれたら……みっともなくすがってしまいそうだ。

 さまざまな可能性が頭を駆けめぐって、なにこれ、と曖昧な問いをしぼりだすことしかできなかった。

「……? なにが?」

 百夜はきょとんとした様子で、首だけ志千のほうに向き直る。
 平然とした嘘やごまかしができるほど、器用な青年ではない。引いた血の気がさっと戻るくらい安堵した。

 だが、それでも押し寄せる不安を完全に消すことはできない。
 漏れでた声は、自分でも驚くくらい冷たかった。

「ここ。襟足のところに、吸われた跡がある」
「…………ああ」

 たっぷりと考えたあと、ようやく思い当たったらしく、百夜は布団をめくって上半身を起こした。

「今日、撮影が終わったあと楽屋で着替えていたら、共演者の俳優が食事に誘ってきて……」
「なに、そいつについていった?」

 志千も起きあがり、背後から百夜の髪を掻きあげた。
 痣をなぞる指に、思わず力がこもる。

「それで、こんな場所に跡がつくようなことしたんだ?」

 そんなわけがない。わかっている。
 わかっているが、否定してほしいがために追求をとめられなかった。

「ちがう! すぐ断った。そうしたら、後ろから肩に両手を置いて、いきなり首に口をつけてきて……追い払ったが、冗談だと笑っていたから、大事にはしなかった。それ以上はなにもない」
「なんでそんなやつに触らせた?」

 触らせたわけではなく、触られただけだ。
 頭では理解していても、見知らぬ相手に腹が立ってしかたがなかった。

 着替え中だったのなら百夜はいつものように全裸だったかもしれない。
 この細くてなめらかなうなじに、知らない男の顔が近づき、まるで志千を挑発するみたいに自分の印を刻む──
 その情景が勝手に浮かんできて、腸が煮えくり返るような気分になった。

 百夜の帯を乱暴に剥ぎとり、襟首を掴むようにして寝巻を脱がした。
 肩甲骨のあたりまで露出させ、背骨を舌でなぞりながら詰問する。

「見せたの? この身体」
「ちゃんと、着物は着ていた。髪を結っていたから、首筋がでていただけだ。他は見せていな、いから……!」

 問いつめているくせに、百夜がどう答えようと聞く耳を持たなかった。
 言葉の途中でさえぎって、赤い痣に歯を立てる。

「いっ……!!」

 痛みで反射的に前のめりになった百夜を、布団横の壁際に追いつめた。両手の手首を捕まえ、壁に押しつけて固定する。

 空いているもう片方の手で寝巻をすべて脱がし、露わになっていく全身を撫でた。
 いつもなら、触れているだけで落ち着くあたたかい肌。今はざわめきが収まらない。

「上書きするから、忘れろ。そいつの感触」

 両手を押さえられ、壁に手をついて四つん這いになった百夜は、されるがままに目をきつく閉じている。
 着物を脱がしたその手で百夜の背骨から腰に移動し、そして最奥へと辿りつく。
 久しぶりに触れるそこは、かたく緊張していた。

 近くにぬめり薬などは見当たらない。取りにいくのがもどかしくて、腰を突きだした恰好になっている百夜の後ろに移動し、柔らかい肉を押し拡げて直接口をつけた。

「し、ち、待っ……! そんなと、こ……舐めるな……あ、ぁっ……!」

 舌先をかたくして出し入れしたり、全体を舐めあげたり。溢れた唾液が、だらだらと百夜の白い内腿を伝って滴り落ちていく。
 月明かりに照らされた薄暗い部屋に、くちゅ、じゅっという水音だけが響いていた。

「あっ……!! しちぃ……!!」

 押し殺した嬌声とともに、少しずつ入り口がほぐれてきた。
 いつもの志千であれば、挿入いれる前には必ず了承を得る。だが、今日はその余裕がなかった。

 上に覆いかぶさり、百夜の腰骨を掴んで自身のものを沈めていった。強くゆさぶりながら、片手で胸の突起をまさぐる。

「う、ぐ……あっ……」 

 喘ぐ声が普段よりも苦しそうなことには気づいていた。百夜が黙って耐えていることも。
 それでも乱暴な抱き方をとめられず、百夜の前の部分を握って強制的に白濁を吐きださせ、なお擦りつづけた。

 他の男がつけた痣の上に舌を這わせ、何度も、何度も強く吸いあげて、歯型をつけた。
 ようやく元の赤味が消えて、首から肩にかけての肌がすべて志千の印で埋め尽くされたとき。

 こちらを振り返る百夜の横顔に、涙が浮かんでいるのに気がついた。

「しち、ごめん……ちゃんと、気をつけるから……」

 抱いているときの歓喜の証ではない、怯えた瞳。
 はっと我に返り、志千は無理やり挿入した自身のものを抜いた。
 後ろに倒れるように座り込んで、顔を両手で覆う。


 ──なにやってんだ、俺は。怖がらせてどうする。


 なによりも大切なはずなのに。話さえ聞き入れずに、この手で傷つけている。

 他人に指一本触れさせたくない。だが、非のない百夜に苛立ちをぶつけるのはただの八つ当たりだ。
 愛情ではなく、百夜を物みたいに所有していたいという歪んだ支配欲ではないか。

「志千……?」

 百夜が不安そうな表情で覗きこんでくる。
 両腕で引き寄せて、胸に抱きしめた。

「ごめんな。痛かっただろ」
「痛くはない。でも、怖かった」
「ごめん」
「……おれのこと、捨てたくなったか?」

 予想外の言葉に、志千は勢いよく顔をあげた。

「なんで!? そんなわけないだろ!?」
「他のやつに触られたから、もういらなくなったかと思って……怖かった」
「違う。そういうんじゃないよ。俺が乱暴にしたせいで、勘違いさせてごめん。おまえに他の好きなやつができて、俺から離れていくんじゃねえかって、焦ったんだ。自分勝手だったよ」

 もともと育ちのせいで、自分自身に価値なんかないと思い込んでいた青年だ。
 一生幸せにするはずが、そんなふうに感じさせてしまったのかと、激しい後悔がこみあげてきた。

「だいたい、触られようが寝取られようが、絶対に離したくねえから。いらなくなるわけがねえんだよ。……あ、今のは言葉のあやで、寝取られるのは死んでも嫌だけど」

 必死に弁明していると、百夜が手を伸ばしてきて志千の頭を撫でた。

「なんだ。志千も怖かったんだな」

 首にまわされた細い腕で、ふわっと柔らかく包みこまれる。

「ずっとそばにいろと願ったのはおれだ。離れてやらないから安心しろ」
「……百夜。好きだよ」

 唇が触れ合うだけの口づけを何度も繰り返していると──

「……それで? まさかこんなにしたまま、中途半端にやめる気か?」

 とろとろと腿に流れている液体をなぞりながら、百夜が挑発的な口調でいった。

「悪い……。さすがに反省しすぎて、復活できる気がしねえ……」

 罪悪感と申し訳なさで完全に萎えてしまい、もう一度その気になるのはかなり難しそうだった。

「だめ」

 だが、百夜は短くそういって、志千を押し倒した。

「おれの話を聞かなかったんだから、お仕置きだ」

 志千のうえにまたがって、力をなくしていたものを握りしめ、激しく上下にしごきはじめた。
 なめらかな質感の手のひらが艶めかしく動き、あっというまに硬さを取り戻す。

「随分と簡単だが、本当に反省しているのか? これ」
「ちょっ、と待て……おまえに、そんなことされて……耐えられるわけねえだろ……」

 百夜は瞳に月の光を映して、満足そうに微笑む。

 ──ほんとうに、こいつは……。

 出会ったときは、まだ少年の面影を残している十九の青年だった。
 幻想としか思えないような百の夜をともに過ごし、互いに惹かれ合って、八ヶ月の空白もあったが、またそばにいる。
 女優ではなく、俳優として美青年役を演じるようになった影響もあるのかもしれないが、百夜は日を追うごとに妖艶さを増していくようだった。

 こんなんじゃ、悪い虫が寄ってくるのもしかたがない。
 ならば、すべてこの手で叩き落とすしかない。

「ほら、挿入いれるぞ。お仕置きだからもどかしくても我慢しろ」
「えっ」

 寝巻の帯を使い、なぜか志千が胸の前で手首を縛られてしまった。

「ん、はぁ……」

 百夜は吐息を漏らしながら、すっかり硬くなった志千のものを導いて、腰を沈めていく。
 すでに唾液で濡れそぼっていた百夜のなかは、ぬめりながら押し拡がって、熱く包み込んでくる。

「うあ、百夜のなか、あつい……」
「あっ……ふ、萎えてたくせに……こんな、おっきい……ああっ──!」

 ゆるゆると緩慢な動きが、青年の狙いどおりもどかしくて、思いきり腰を掴んで揺さぶりたい衝動に駆られる。
 だが、手首を拘束されていてそれもできない。

 好きに動いている百夜は、自分だけ何度も絶頂に達して、そのたびにきゅうきゅうとなかを締めつけてきた。

「も、百夜……も、無理……ださせて……」
「……っぜんぶ、ん、あっ……ちゃんと、おれのなかでだしたら、許してやる……」

 前後にこすりつける腰の動作が大きくなる。
 その体温と同じように熱い百夜の最奥へ、志千はすべての液体を吐きだした。


 ***


 松柏キネマ撮影所の楽屋にて。
 志千は畳に正座し、三人娘に囲まれていた。

「……寿さん。百夜さんのことが大好きなのはわかりましたから」

 百夜にちょっかいをかけてきたという件の俳優は、塗り替えられた吸い痕に気づいたようだった。
 あきらかな牽制だ。そして、送り迎えと称して隣から離れない志千との関係を察したらしく、撮影以外では近寄ってこなくなった。

 悪い虫を追い払って勝ち誇っていたのも束の間、衣装部に見つかって説教されているのである。

「着替えやお化粧は、あの俳優さんと同じ時間にならないように配慮しますから」
「だから、見える場所に痕を残さないでください! いつもいってるじゃないですかぁ!」
「百夜さんは役者なんですよ。隠すのも結構大変なんですからね!」
「──ハイ。スミマセンでした」

 昨日から謝ってばかりだとぐったりしている志千を眺め、百夜はまた満足そうに微笑んでいた。
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