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米と麦

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39.夏休み 別荘(Ⅳ)

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「おお、これはこれは。どうも初めまして。アダム君、リュカ君。僕はハワード=スタンフォードだ。こちらこそ、どうぞよろしく。」
「あ、ええっと、クラリス=アインカイザーと言います。今日から三日間、よろしくね。」
「いやあ、君達がいてよかった!正直、女性ばかりの面子めんつの中で、果たして自分は本当に来てよかったのかと心配していたところだったんだ。何しろ一応、年頃の女性と一つ屋根の下、ということになるだろう?少しいたたまれなくてね。あ、別に何もやましいことなど何もないのだけどね!」

 今まで気づかなかったが、どうやら彼は女性ばかりの招待客に気後れしていたらしい。むしろ、アダムとリュカが来たことで安堵しているようだった。
アダムとリュカは、ハワードを一瞬だけあっけにとらえたが、すぐに先程のいささか完璧すぎる笑顔に戻った。

「心配ご無用ですよ、ハワード様。カミラお姉様のことでしたら、僕たち二人がきっちり目を光らせていますから。」
「そうそう、どこぞの悪漢および悪女が何かけしかけようものなら、トラウマもののお仕置きが待っているよ~!」
「おお、それは頼もしいな!それなら僕達も安泰だなあ、ははは。」

(気づきなさい、ハワード!!その嫌味たっぷりな言い回しに!!悪漢悪女とは私達のことでしょうが!!)

 クラリスは叫びたい気持ちを何とか抑えながらハワードの方を見る。彼はこちらの視線に全く気付く様子もなく、双子の話をにこにこと笑って聞いていた。そういえば彼は現国が苦手だった。おまけにとってもお人よしだ。言葉に含められた皮肉を文脈から汲み取れというのは、彼にとって至難の業かもしれない。
 一体何が原因かは分からないが、どうやら自分達はこの双子に目をつけられているということが分かった。別にやましいことなど何もないのだが、クラリスは彼らの前では極力大人しくしていようと心に誓った。

 双子とのご対面の挨拶を終えると、クラリスは本格的に本棚を回り始めた。どうやら本気で読書に集中するつもりらしい。先程アダムに教えられた棚を見る。

「ふえっ!?」
「むっ、どうしたんだクラリス?」
「急に変な声を上げて…もしかして虫でもいまして?」

 ハワードとカミラの問いかけに答えず、クラリスは肩をふるふると震わせている。怪訝に思った二人が、様子を見に近づこうとした時だった。

「こっこれ……っ!!アガス=クレスティの処女作、『ステイルズ荘の難事件』の初版じゃない!!第二版からは作者の大幅改稿が入ってしまって、作品としてはすごく良くなったらしいんだけど、コアなファンは初版の方が良かったっていう評価もあってとても気になっていたの!!当然、今はなかなか手に入らないから。幻の初版とまで呼ばれているのだけど、まさかこんなところでお目にかかれるとは……!!」

 クラリスが目をキラキラさせながら、興奮気味にまくしたてる。

「はあ…何、そんなことでしたの。まったく、人騒がせなんだから。心配して損しましたわ。」
「な、何よカミラ!!これがどれだけすごいことか分かってないでしょう!!この本は多くのミステリファンなら人生で一度は……」
「ふぬおぉ!!??」
「ちょっと、今度はハワードまで、一体何なの?」
「こ、これは…っ!!ここから海を渡ったはるか東の地、エィジア地方の魔法学について書かれた本じゃあないか!!素晴らしい、あちらの書物は入手することすら困難なのに、フランシール語翻訳版が置いてあるだと!!な、なんと!!僕が一番気になっていた、黄金の都ジェパングの魔法まで載っているじゃあないか!!…これは夢か?もしかして夢なんじゃなかろうか!?……落ち着け、落ち着くんだハワード。まずは頬をつねろう。…あ、痛い!つまり夢では……ない!!!!」

 カミラが呆れたように大きな溜息をついた。アダムとリュカも少し冷めた様子で二人の様子を見ている。しかし、クラリスとハワードはそんなことはお構いなしといった様子で、冷めやらぬ興奮に沸き返っていた。

「これが公爵家…っ!!」
「さすが公爵家…っ!!」

 意味の分からない感慨に浸る二人に、カミラは頭を抱えながら、先ほどよりも大きい溜息をふうっと吐いた。

 それから何時間経っただろうか。クラリスは読み終えた本を閉じ、ぐっと大きく伸びをすると、きょろきょろと辺りを見回した。結局、あの後もめぼしい本を二冊ほど見つけてしまい、二階のソファ席を陣取って、黙々と読み耽ってしまった。長い夏の日もだいぶ傾きかけていることから、大分時間が経っているらしい。ちょうど壁に備えられた柱時計を見れば、時刻はもう十八時を回っていた。ここに来たのが十四時頃だったので、四時間はここで本を読んでいたことになる。
 幸い、カミラもハワードも読書に集中しているようだった。あとは、双子少年のリュカの方もまた、読書が苦ではないらしい。カミラの右隣に座り、静かに本に視線を落としている。アダムはというと、唯一彼だけはあまり本に興味がないのか、カミラの左隣で居眠りをしている。

(まあ普通は、遠くまで旅行に来て、わざわざ書庫に入り浸らないわよね…。)

 おそらくこの四時間、彼は退屈だったことだろう。クラリスは少しアダムに同情しつつ、席を立った。

「カミラ、ハワード。そろそろ本館に戻りましょう。もう夕食の時間も近いと思うし、アダム君もおねむのようですし。」
「え?あ、ああ。もうそんな時間なのね。随分読み耽ってしまったわ。」
「まさかここまで希少な本が揃っているとはな。一週間くらい入り浸りたい気分だ。」
「さすがにここまでは通えないでしょう。ここほどではないけど、僕の家になら父のコレクションが置いてあるので、もしよければ今度いらっしゃいますか?」

 リュカがハワードに提案する。

「なにっ!?本当に良いのかい、リュカ君!?君のご家族さえよろしければ、ぜひとも一度お邪魔したいなあ。」
「全然構いませんよ。僕も敵陣の事情をより深く調べられるのでありがたい限りです。何ならクラリス様もどうぞ。」

 リュカがまた仮面のような笑顔を浮かべる。

「てきじん……?よく分からないが、君は天使のような子だなあ!クラリス、ぜひとも今度お邪魔させてもらおうじゃないか!」
「え、ええ…そうね……」

 相も変わらず鈍感なハワードの提案に、愛想笑いと適当な返事をした。

「アダム、ほら、起きて。もうそろそろ本館に戻りましょう?」
「ん、んあぁ……?……あ、みんなだ。やっと読書タイムが終わったんだね!もう、僕一人ですんごく退屈しちゃったよ!早く戻ろう戻ろう!」

 目を覚ましたアダムが、口を尖らせながらカミラに引っ付いた。それを見て、リュカも負けじとカミラの手を握る。若干動きづらそうなカミラを先頭にして、皆は本館へ帰っていった。
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