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65.デート-3
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昼食を終えたビア達は、フェリクスに連れられて街をのんびり観光する。
あの後、フェリクスはもうテオドアの話題に触れなかった。これ以上探られても余計墓穴を掘りそうなのでありがたいかぎりなだが、なんとなく座りが悪い気がしないでもない。「嫉妬してましまう」という言葉がどこまで本気なのか、あまり考えないようにしつつもなんともこそばゆい気持ちだ。
(でもそれを聞いたら、もう後戻りできなくなる気がする)
下手に深く掘り下げれば、今後の人生に大きな影響を及ぼす可能性のある話題だ。まだ全然慣れない今の生活を、これ以上ややこしいものにしたくなかった。
フェリクスといえば、先ほどのビアの回答に概ね満足した様子で、嬉々としてビアの隣を歩いている。何事もなかったように世間話をしているあたり、もうあの話題はおしまいということなのだろう。引き際すら見極めている彼には本当に感謝している。まあ、元はと言えば彼の発言が元凶なのだが。
「ビア様、ほら見てください。広場でなにかショーが行われているみたいですよ!」
「え?」
考え事に集中していたビアは、その時初めて周囲がやけに騒々しいことに気がついた。軽快な音楽に景気のよい掛け声。活気に溢れる人混みの中、一際盛り上がりをみせる場所にはカラフルに彩られた舞台があった。壇上では奇天烈な格好をした曲芸師が様々な芸を見せている。
「うわあ、すごいですね…!!」
「もっと近くで見てみましょうか」
フェリクスに手を引かれ、より前方へ進めば、華やかな大道芸が目と鼻の先で繰り広げられた。その迫力に思わず息を呑む。
「お次は魔法によるイリュージョンショー!!さあさあ皆さん、幻想的な世界をご堪能ください!!」
司会の男の言葉を合図に、煌びやかな光を帯びたパフォーマンスが披露される。この世界ならではの魔法を使ったそれはビアの目を釘付けにした。
「本当にすごいですね。私の世界では魔法ってなかったから、とても新鮮です」
「僕も、実用的な魔法はよく目にしますがこのような娯楽としての性質に長けた魔法はなかなか見ないので興味深いですね。本当に幻想的だ」
目の前に水魔法で作られた小魚達が群れとなって宙を舞う。日の光を乱反射させてキラキラと輝くそれらが、やがて上空で一つに合わさり大きな鯨のかたちを成したその時。ボンっという破裂音と共に小さな叫び声が上がった。声の主は壇上で魔法を披露していたパフォーマーの一人だ。片寄腕を押さえながら静かにうめいている。すぐに別の団員が駆け寄り様子を見る。
「やばい、魔力が暴発してる。……お頭!!どうす……!」
男が言い終わらぬうちに、頭上でぼたぼたと大きな音が聞こえた。見上げれば、魔法でできた水の鯨が崩れかかっている。このままでは舞台はもちろん、観客すらも巻き込んで倒れ込まんとする勢いだ。皆の顔がサッと青ざめる。
頭《かしら》と呼ばれた男――それは司会の男だったが、彼も崩れかかった鯨を見て目を見開く。しかし取り乱すことなくすぐさま真顔に戻ると、鯨に向けて片腕を伸ばし、落ち着いた声で詠唱を始めた。
「『これは虚 すべて幻 無に覆せ 無効化』」
途端、辺り一帯が光に包まれ、次の瞬間には壇上の鯨は消えていた。
観客は皆狐に摘まれたような顔をしている。
その間にもお頭は団員に的確な指示を出していたようで、てきぱきと舞台が次の芸に向けて整えられていた。どうやら負傷した団員も裏で手当てに向かったようだ。
「すごいな、あの頭の男」
フェリクスが感嘆したように呟く。
「ええ、あの冷静さと手際の良さは本当に頼りになりますね」
「いやそれもそうだが……彼が唱えた魔法、あれは無効化魔法といって他者の魔法を無効化するものなのだが、ただでさえ難しいのにかなり上級の詠唱を使っていた。宮廷魔術師でもなかなか使えないのだが……」
「そうなのですね。………って、ふぇ、フェリクス様!?」
「さあてさてさて皆様、さきほどは大変失礼。夢幻の世界というのは時に我らに牙を向くもの。しかしこんなハプニングも大道芸にはつきものつきもの!!気を取り直してお次は~~~……おや!?」
ビアと、観客を一望しながら喋るお頭が、フェリクスの異変に気づいたのは同時だった。
ただ問題は、お頭の声に釣られて他の観客達もフェリクスの方に振り向いてしまったことだ。
御伽話から飛び出てきたような整った顔立ち、とりわけきらりと光るのは輝くようなエメラルドの瞳――
「フェリクス様……瞳の魔法が解けてしまってます……!!」
そうビアが指摘した時にはもう遅かった。
舞台に集中していた視線が今度はフェリクスに集まる。
「ねえねえ、あの眼ってもしかしてローアルデの王族……」
「あの顔はフェリクス王子じゃなくて?」
「絶対そう!!なんでこんなところに?お忍びでお出かけかしら?」
「すっっごいイケメン……ねえ、ちょっと声かけてみない?」
とりわけ女性は大興奮でフェリクスをまじまじと見つめる。王子様と街中で偶然巡り会うなんて、うら若き乙女からしたらそれは運命の悪戯も同然だ。気づけば周りを年頃のレディにびっしり囲まれ、じりじりと距離を詰められている。
もともと熱気を帯びていた場内だ。フェリクスのすぐ目の前にいた娘が声をかけてきたのを皮切りに、少し冷静さを欠いた女達が我も我もと詰め寄ってきた。その人の波の圧ときたら……あまりの勢いに、隣にいたはずのビアは外側へ押し飛ばされる。あれよあれよと言う間に濁流を揺蕩う小枝のように流され、気づけばフェリクスが遥か向こうに遠のいてしまった。
「ビア様!!あとで合流しましょう!!」
あはれ、人の渦に埋もれゆくフェリクスはもはや天に向かって伸ばした片腕しか見えない。かろうじて聞き取れた言葉はまるで遺言のようになってしまった。ここにいては到底身が持たない。いよいよ混乱している大道芸の一座を尻目に、ビアはそっと広場の脇へ身体を滑らせた。
狭くて日の当たらない小さな路地裏に身を隠した時、ふと、見知った顔の男が、らしくない眼鏡をかけて奥へ去っていくのが目に入った。
昼食を終えたビア達は、フェリクスに連れられて街をのんびり観光する。
あの後、フェリクスはもうテオドアの話題に触れなかった。これ以上探られても余計墓穴を掘りそうなのでありがたいかぎりなだが、なんとなく座りが悪い気がしないでもない。「嫉妬してましまう」という言葉がどこまで本気なのか、あまり考えないようにしつつもなんともこそばゆい気持ちだ。
(でもそれを聞いたら、もう後戻りできなくなる気がする)
下手に深く掘り下げれば、今後の人生に大きな影響を及ぼす可能性のある話題だ。まだ全然慣れない今の生活を、これ以上ややこしいものにしたくなかった。
フェリクスといえば、先ほどのビアの回答に概ね満足した様子で、嬉々としてビアの隣を歩いている。何事もなかったように世間話をしているあたり、もうあの話題はおしまいということなのだろう。引き際すら見極めている彼には本当に感謝している。まあ、元はと言えば彼の発言が元凶なのだが。
「ビア様、ほら見てください。広場でなにかショーが行われているみたいですよ!」
「え?」
考え事に集中していたビアは、その時初めて周囲がやけに騒々しいことに気がついた。軽快な音楽に景気のよい掛け声。活気に溢れる人混みの中、一際盛り上がりをみせる場所にはカラフルに彩られた舞台があった。壇上では奇天烈な格好をした曲芸師が様々な芸を見せている。
「うわあ、すごいですね…!!」
「もっと近くで見てみましょうか」
フェリクスに手を引かれ、より前方へ進めば、華やかな大道芸が目と鼻の先で繰り広げられた。その迫力に思わず息を呑む。
「お次は魔法によるイリュージョンショー!!さあさあ皆さん、幻想的な世界をご堪能ください!!」
司会の男の言葉を合図に、煌びやかな光を帯びたパフォーマンスが披露される。この世界ならではの魔法を使ったそれはビアの目を釘付けにした。
「本当にすごいですね。私の世界では魔法ってなかったから、とても新鮮です」
「僕も、実用的な魔法はよく目にしますがこのような娯楽としての性質に長けた魔法はなかなか見ないので興味深いですね。本当に幻想的だ」
目の前に水魔法で作られた小魚達が群れとなって宙を舞う。日の光を乱反射させてキラキラと輝くそれらが、やがて上空で一つに合わさり大きな鯨のかたちを成したその時。ボンっという破裂音と共に小さな叫び声が上がった。声の主は壇上で魔法を披露していたパフォーマーの一人だ。片寄腕を押さえながら静かにうめいている。すぐに別の団員が駆け寄り様子を見る。
「やばい、魔力が暴発してる。……お頭!!どうす……!」
男が言い終わらぬうちに、頭上でぼたぼたと大きな音が聞こえた。見上げれば、魔法でできた水の鯨が崩れかかっている。このままでは舞台はもちろん、観客すらも巻き込んで倒れ込まんとする勢いだ。皆の顔がサッと青ざめる。
頭《かしら》と呼ばれた男――それは司会の男だったが、彼も崩れかかった鯨を見て目を見開く。しかし取り乱すことなくすぐさま真顔に戻ると、鯨に向けて片腕を伸ばし、落ち着いた声で詠唱を始めた。
「『これは虚 すべて幻 無に覆せ 無効化』」
途端、辺り一帯が光に包まれ、次の瞬間には壇上の鯨は消えていた。
観客は皆狐に摘まれたような顔をしている。
その間にもお頭は団員に的確な指示を出していたようで、てきぱきと舞台が次の芸に向けて整えられていた。どうやら負傷した団員も裏で手当てに向かったようだ。
「すごいな、あの頭の男」
フェリクスが感嘆したように呟く。
「ええ、あの冷静さと手際の良さは本当に頼りになりますね」
「いやそれもそうだが……彼が唱えた魔法、あれは無効化魔法といって他者の魔法を無効化するものなのだが、ただでさえ難しいのにかなり上級の詠唱を使っていた。宮廷魔術師でもなかなか使えないのだが……」
「そうなのですね。………って、ふぇ、フェリクス様!?」
「さあてさてさて皆様、さきほどは大変失礼。夢幻の世界というのは時に我らに牙を向くもの。しかしこんなハプニングも大道芸にはつきものつきもの!!気を取り直してお次は~~~……おや!?」
ビアと、観客を一望しながら喋るお頭が、フェリクスの異変に気づいたのは同時だった。
ただ問題は、お頭の声に釣られて他の観客達もフェリクスの方に振り向いてしまったことだ。
御伽話から飛び出てきたような整った顔立ち、とりわけきらりと光るのは輝くようなエメラルドの瞳――
「フェリクス様……瞳の魔法が解けてしまってます……!!」
そうビアが指摘した時にはもう遅かった。
舞台に集中していた視線が今度はフェリクスに集まる。
「ねえねえ、あの眼ってもしかしてローアルデの王族……」
「あの顔はフェリクス王子じゃなくて?」
「絶対そう!!なんでこんなところに?お忍びでお出かけかしら?」
「すっっごいイケメン……ねえ、ちょっと声かけてみない?」
とりわけ女性は大興奮でフェリクスをまじまじと見つめる。王子様と街中で偶然巡り会うなんて、うら若き乙女からしたらそれは運命の悪戯も同然だ。気づけば周りを年頃のレディにびっしり囲まれ、じりじりと距離を詰められている。
もともと熱気を帯びていた場内だ。フェリクスのすぐ目の前にいた娘が声をかけてきたのを皮切りに、少し冷静さを欠いた女達が我も我もと詰め寄ってきた。その人の波の圧ときたら……あまりの勢いに、隣にいたはずのビアは外側へ押し飛ばされる。あれよあれよと言う間に濁流を揺蕩う小枝のように流され、気づけばフェリクスが遥か向こうに遠のいてしまった。
「ビア様!!あとで合流しましょう!!」
あはれ、人の渦に埋もれゆくフェリクスはもはや天に向かって伸ばした片腕しか見えない。かろうじて聞き取れた言葉はまるで遺言のようになってしまった。ここにいては到底身が持たない。いよいよ混乱している大道芸の一座を尻目に、ビアはそっと広場の脇へ身体を滑らせた。
狭くて日の当たらない小さな路地裏に身を隠した時、ふと、見知った顔の男が、らしくない眼鏡をかけて奥へ去っていくのが目に入った。
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