はじまりはガシャポンで!

米と麦

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68.迷子-2

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 力強く地面を蹴る度、カツカツと乾いた音があたりに響く。小洒落た革靴はでこぼこした石畳を走るのには不向きで、早くも足の指がひりつきはじめていた。
 そろそろ大丈夫だろうか、城壁が見えてきたあたりでフェリクスが横目で振り返る。陽の当たらない狭小路でも翠玉の瞳はキラキラと輝いていた。この瞳に運命の出会いを期待した乙女たちも、小汚い裏通りまで赤い糸を追う気概はないらしい。誰も追ってきていないのを確認したフェリクスは、その長い足を止め、がくりと膝に手をついた。
 広場からここまでずっと駆けてきた。纏わりつく娘たちを振りほどくのに必死で、ビアや護衛を気にかけることができなかった。特にビアはこの街に初めてきたばかり、おまけに国宝と言っても過言ではない我らが旧国の乙女だ。万が一何かあっては取り返しがつかない。一刻も早く見つけ出さなければと、再びあたまをもたげた時。

「……もしかして、フェリクスか?」

 背後から意外な人物の声が聞こえた。

「おーやっぱフェリクスじゃん!奇遇だな!」
「……テオ?」
「おー。てかお前、なんでこんなところにいんの?目もそのまんまだしよ。ここら辺はあんま治安良くねえんだから、さっさと表に回れ…って、あーでもその目だと逆に無理なのか。ほれ、こういうのあると便利だぜ」

 テオドアは自身の眼鏡をくいくいと上げて見せる。能天気な調子で、さも当然のように瞳を忍ばせる彼に胸が痛む。だがフェリクスはそれ以上に、なぜテオドアがここにいるのか訝しんだ。

「……意外だったな。こないだはブナンダー君を寄越してきたような君が」
「……あ、あーね。うん……」
「随分及び腰のようだったから、てっきり挑発には乗ってこないかと思ってたんだけどな」
「……………うん?」
「わざわざ休暇まで取り、街まで降りて会いにきたということは、それなりに漢気を見せるつもりはあるのかな?」
「……え、ちょ、待って何の話?」
「しらばっくれるな。ブナンダー君から聞いてただろう?僕たちが今日ここにくることを」
「え?いや?」

 あたりにしばしの間沈黙が流れる。
 双方とも顔面が「何言ってんだコイツ」と訴えかけていた。

「……確かにあいつに誘われてきたけど、お前の話は一言も出てないぜ?」

 痺れをきらせたテオドアがはっきりと答える。フェリクスの遠回しな物言いに少し苛立っているようだった。

 「こないだといい今日といい、お前はちょっと遠回しすぎ。いったいなにが聞きたいのかはっきり言ってくれよ」

「今日僕は、ビア様とお忍びでデートに来ている」

 テオドアが目を見開く。瞳が一瞬鈍く光ったのが眼鏡越しにも見てとれた。

「しかし思わぬアクシデントが起き、広場でビア様と逸れてしまった。……多分、今、ビア様は迷子になっている」

 言葉にして、あらためて切迫した状況であることを思い出した。なるほど確かに、こんなところで悠長に掛け合いなどしている場合ではなかったかもしれない。事実、第三者であるテオドアですら顔色がみるみる悪くなっている。

「いやお前……それを一番最初に言えよ!!!!」

 あのテオドアに正論でつっまれてしまった。




 石畳を跳ねる踵の音が二足分に増えた。
 フェリクスは今、なぜかテオドアと二人並んでビアの姿を探している。
 かの乙女が行方知れずとなった今、彼らはひどく冷静さを欠いていた。なので二手に分かれて探す、というより効率的かつ一般的な方法がまったく頭に浮かばなかった。
 背丈もさほど高低差がなく、歩幅もあまり変わらない、ぴったり並んで走る二人。一方が右足を出せばもう一方は左足を、また反対の足を出せば相手もその反対をと、まるで二人三脚でもしているかのようで……いったい何が悲しくてこれが恋敵同士なのかと、知る人が見れば悲嘆にくれたであろう。しかし当の本人たちはそんなことにまったく気づきもしなかった。


「ビア様!!」
「ビア!!」
「こちらにおられますか!?」
「ここか!?」
「ビア様ーーー!!」
「ビアーーー!!」

 フェリクスが住宅立ち並ぶ通りを見回せばテオドアは飾られた花壇の裏を覗く。
 フェリクスが酒場の戸を叩けばテオドアは並ぶワイン樽の中を覗く。
 フェリクスが展望台に備え付けられた望遠鏡を覗きこめばテオドアは公共屑篭の蓋を開けて覗く。

「さっきからふざけているのか君は!?ビア様は犬猫じゃないんだぞ!!」

 フェリクスは怒った。
 テオドアはギクリと肩を跳ねさせた。


 高台に設けられた展望台では他に遮るものがなく風が強い。今も急な北風に見舞われて、フェリクスの片目に細かな砂塵が入り込んだ。生理的な涙が浮かぶ。それと同時に彼の深緑・・の瞳がみるみる明るみを帯びてくる。フェリクスはおもむろに目薬を懐から取り出し、急いで眼に差し直した。この目薬は瞳の色を変える魔法が付与されており、テオドアがかけている眼鏡と同じような働きをする。もっとも、大変高価な割に効能の持続時間が短いためあまり割に見合わない代物ではあるが。フェリクスがお忍びで外に出る場合は、基本的に宮廷魔導士に瞳の色を変える魔法をかけてもらい、お守りがわりにこの目薬を携帯している。

「しかしまあ、こんな闇雲にいろんなとこ探しても埒があかないだろ。いったん広場に戻った方がいいんじゃないの?案外ビ…オクトーバー様も戻ってきてるかもよ?」

 こちらの顔を見た途端、呼び方を訂正したのが少しばかり気になったが、フェリクスもテオドアと同意見だった。なにぶん広い街だ。下手に探し回るより、もといた場所に戻る方が賢明かもしれない。

 はたして、テオドアの提案は正解だった。
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