はじまりはガシャポンで!

米と麦

文字の大きさ
72 / 83

71.馬車旅-1

しおりを挟む
 兼ねてより突拍子もない発言に定評のある銀縁眼鏡が寄宿舎を訪ねてきた時、テオドアは「またなんかあんだろうな」とある程度覚悟をした。しかし、かの男がなんてことはない風につらつらと話した内容を聞いて、開いた口が塞がらなくなった。

「……いや、それいったいどういう風の吹き回しだよ!?」
「知らん。俺に聞くな俺に。まーそんなわけだから、二週間後、救国の乙女の専属警護、俺とお前とジミルでやることになったから。頼んだぞ」
「いや、そんな急に言われたって仕事が」
「今第八は周辺警護しか入ってないだろ。それに何かあってもフェリクスがどうにか調整してくれる」
「そうは言っても隊長格がいなきゃ…」
「隊長がそろそろ復帰すると聞いているが?」
「そもそも第八部隊ごときが承るような仕事じゃねえんじゃ」
「お前とジミルをご指名とのことだ。というわけで、お前に断るという選択肢は残されていない、諦めろ。……詳細はこの紙にまとめてある。当日までに読んで準備を整えておけ……じゃ!」

 クォーツごときに適当にあしらわれ、こめかみにピクつきを覚える。そんなテオドアなどお構いなしに、男は言いたいことだけ言ってさっさとお暇の準備を始めている。

「……おっと、そうだそうだ。大切なことを伝えて忘れていた」

 木椅子から腰を上げかけたクォーツがはっとする。まだ何かあるのかよ、とテオドアはさらにげんなりした。

「フェリクスから言伝だ。『本当は君のこと、ものすっごく呼びたくなかったけどね⭐︎』…だそうだ………テオドア、お前いったい何をしでかしたんだ?」

 クォーツの顔が哀れみのような呆れのような何とも言えない表情を浮かべた瞬間、テオドアのこめかみがブチリと音を立てた。

 気づいたらケツを蹴り上げていた。


***


 荷物が馬車に積み上げられる様子を眺めていたら、視界の端に黒鳶の頭が映り込み、少しどきりとした。どうやら部下や銀縁眼鏡の男と話しているらしい。ビアはわざとらしくない程度に目を逸らすと目新しい外の景色に視線を移す。早朝の街道を爽やかな風が吹き抜ける。渡り鳥が光芒を貫くように空を駆ける様は、城内生活を強いられるビアにとってこの上なく気持ち良いものであった。両腕をぐっと空へ伸ばし深呼吸をしてみる。

「そうそう、その調子。これから長旅になりますから、しっかり身体を整えてくださいね」

 振り返れば、王子がビアの様子を面白そうに眺めていた。

「フェリクス様……」

 フェリクス越しにまたも黒鳶頭が視界にちらつき、目やり場に少し困る。逸らしたとても、じゃれ合いのような会話がこちらまで聞こえてくるので厄介だ。フェリクスと何か話そうにも変に意識してしまう。

「そんなあからさまに避けなくても、僕はなにも気にしてませんよ」

 そう言ったフェリクスは困ったように笑っていた。その一言で、ビアは急に居た堪れなくなる。



 教会で白昼夢を見た日。例の泉は確かに存在するとフェリクスから告げられた。

「多分、神樹の泉ですね。ここから東の街道沿いに進んだ先にある山の深くにある場所です」
「実在するんですね。……あの、そこへ連れて行ってもらうことは可能でしょうか?なんだか手がかりがある気がして……」
「ええ、もちろんです。すぐに遠征部隊を手配しましょう。僕もついていきますよ」

 それからフェリクスは視線を斜め上にやり、独り言のようにぶつぶつと呟き始めた。

「護衛はどうするか……クォーツがちょうど良さそうだが魔法だけでは不安か?物理攻撃面は僕専属の護衛から出すか……」

 小声だがかろうじて内容は聞き取れたビアは、少しだけ逡巡したが、意を決して口を開く。

「……あの…っ!!」
「?どうしましたか?」
「………その、もうひとつだけお願いがあって………」

 心苦しさから目を伏せた。ああ、もう少し順序が違っていればよかったのに。あれだけのことを言わせておいて、あんなふうに想ってもらいながら、こんなことを言うのは厚顔無恥にも程がある。
 だがしかし、それでも。

「………そこに、ノイマン副隊長を呼んでいただけますか?」

 どうしてももう一度、あの男と話さねばならないのだ。



 あの時のフェリクスの顔を思い出して、ビアの胸がギュッと締めつけられる。残念そうな、それでも取り繕ったように浮かべられた笑顔。
 決して男として意識したわけではない。たまたま力の顕現のきっかけだったから。ひとつ参考程度に――――矢継ぎ早で弁解を重ねてもかえって白々しいのだろう。男の顔色は変わらないまま、優しい声で「手配致します」と一言返ってきただけだった。



 記憶を振り払うようにぶんぶんとかぶりを振る。終わったことだ、考えても仕方がない。それよりこれからのことに集中しなければ。ビアがそう意気込んだ時、

「……僕はまだ諦めていませんよ?」
「え?」

 突然の一言に虚をつかれた。驚いて顔を上げれば、フェリクスが飄々とした笑みを浮かべている。先ほどの苦笑はどこへいったのか、涼しげな美しい微笑はいつもの如く目を惹きつけられた。

「なので、勝手に終わったことにしないでくださいね」

 形の良い唇が弧を描いたまま動く。見透かしたような猫の瞳にどきりとした。身体が固まって身動きが取れなくなる。

「皆様ー!そろそろお時間になりますよー!」

 ちょうどその時、馬車の前方から御者から声が上がった。いよいよ出発が近づいているらしい。フェリクスの視線が逸れて、身体の緊張がふっと解けるのがわかった。

「ではビア様。長旅になりますが無理はなさらないでくださいね」

 そう言うと、フェリクスは噛む度胸のない窮鼠を尻目にその場を離れていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

処理中です...