はじまりはガシャポンで!

米と麦

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08.厨房-2

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 びっくりしたのはビアだけではなく、青年の方も同じだったらしい。いや、むしろ驚き具合で言ったら、彼の方が上だっただろう。ビアがすぐに我に返ったのに対し、青年はしばしの間、彫刻のように固まっていた。その様子はなぜか昔飼っていたハムスターを思い起こさせた。そういえばあの子もびっくりすると、しばらくの間固まる癖があったなあ……
 あまりにフリーズ時間が長いので、ビアはその青年をまじまじと見つめてみる。背は高め。黒鳶色の髪に、柘榴石のような深い赤の眼が印象的な男だ。特にこの眼の色は珍しい。少なくともビアの周りでは(といっても城内しか知らないが)ここまで真っ赤な瞳を持つ人は見たことがない。見れば見るほど吸い寄せられる、宝石のような瞳である。
 軍服を着ていることから、おそらく騎士団の人なのだろう。胸元に勲章がいくつかついていることから、もしかしたらちょっと偉い人なのかも知れない。

「あ、あの………?」

 ビアのかけた声で、やっと我に返ったらしい。青年はびくりと身体を跳ねさせると、口元に手をやり大きく咳き込んだ。

「ゔっ、ゔゔん゛っ……ゲフンゲフン。………あ、あーあー。」
「……?」
「こんにちは、綺麗なお嬢さん。僕の名前はテオドア=ノイマン。ローアルデ騎士団第八部隊の副隊長をしております。以後、お見知り置きを。ところで僕は今日、レーナさんに御用があるのですが、彼女はどちらにおりますでしょうか?」

 先ほどとは打って変わった爽やかな声と笑顔で、テオドアと名乗る青年は自己紹介を始めた。言葉遣いまで丁寧調に変わり、今の彼だけ見れば、それはそれは立派なジェントルマンだ。
 ――今の彼だけ見れば、だが。

(多分これ、さっきのやりとりを無かったことにしようとしてる……!!)

 そうだよね。そりゃさっきのあれはがっつり友達向けの態度だったもん!!初対面の、しかも異性にあのテンション見られたら、そりゃあ無かったことにしたくもなるよね!!

 彼の心の内をなんとなく察したビアは、その気持ちを汲んで、さも何事もなかったかのように平静を装う……が、

(……駄目、笑っちゃ駄目。ぜーったいダメダメダメ!!)

 頭では分かっているのに、そう思えば思うほど口の端がぷるぷると震え、視線は明後日の方向に泳いでいった。

 青年も青年で、今ビアが必死に笑いを堪えているのを分かっているのだろう。先程の爽やかな笑顔から変わらぬまま、しかし顔色はみるみる真っ赤に染まっていった。恥ずかしくてたまらないのだ。
 いかんいかん、さすがにこれは可哀想だ。そう思ったビアはやっとの思いで声を出し、紙袋を差し出した。

「……ざ、残念ながらレーナさんは今取り込み中で、こちら、彼女から預かっていた物になります。あなたに、と。」

 いかん、若干声が裏返った。

「あ、どうも。では代わりに、と言うわけではありませんが、こちらのハーブをどうぞ。彼女に頼まれていたものなので、お渡しいただけると助かります。……それではさようなら!!」

 最後の「ら」のrを発音したあたりで、青年は既に走り出していた。さすが軍人、足が速い。ビアが裏口を出て外を眺めた時、彼の姿は既に豆粒ほど小さくなっていた。

 ビアは紙袋と交換する形で受け取ったハーブの袋をまじまじと見る。おそらくどこかで摘んできたのだろう、少し野生味を残した様々なハーブの葉がこんもりと入っていた。

「……ふふっ」

 先程のやりとりを思い出して小さく笑いがこぼれる。変な男だった。だが、嫌いではない。

(あの人、また来るかしら……?)

 ぼんやりと浮かんだその気持ちに、ビアは自分でも驚く。

(いやいやいや、何考えてんの私ったら!!あんな変わった人とこんな気まずい中、どう話せばいいのよ!?)

 でも、あんな変わった人だからいいのかも知れない。

 誰かが――もう一人の自分が、ビア自身にそう訴えかける。
 この世界にきてからというもの、もうずっと気を張る毎日だった。慣れない生活、身の丈に合わない社会に、心身ともに疲れていたのは確かだ。メイド生活が始まってからは随分緩和されたものの、やはり特別扱いは変わらない。

 ビア=オクトーバー救国の乙女を全く知らない、なんかちょっと変わった男。
 ビアは黒髪男が残したハーブ袋をもう一度見つめると、彼の去っていった方向をぼんやりと眺めた。


 これが、テオドア=ノイマンとの最初の出会いであった。




(おまけ絵 メイドビア)
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