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10.街-2
しおりを挟む「贈り物かい?」
背後から突然、低いしゃがれ声が聞こえた。驚いて振り向けば、見知らぬ男が立っている。
薄い白髪に眼鏡をかけた、しわくちゃの老人。地味なエプロンをしていることから、この店の店員なのだろう。年齢的に店主だろうか。その男はテオドアの脳天から爪先までじっとりと胡散臭そうに眺めている。
「………あんちゃんさあ、そうかちんこちんに固まられてても何もわかりゃしないのだけど。」
「っ!!あ、はい、そっすね。そんな感じです……」
どうやらいつものごとくフリーズしていたらしい。テオドアは慌てて眼鏡をずり上げると、まごつきながら老爺の問いに答えた。
「ふうん………あんちゃん、顔の割に見る目あるねえ。」
老爺が黄色い歯を見せながらにたりと笑う。
「これねえ、外見は金メッキになってるけど、中は近くの鉱山で採れた鉱石をつかってんの。メッキが剥げてきたら、今度は鉱石の色を楽しめるわけ。しかもその色はぜーんぶランダム。削れてきてからのお楽しみってことよ。……なかなか粋なもんだろう。」
老人は得意げ商品の説明をすると、満足そうに大きな鼻息を漏らした。なるほど、そう聞くと確かに魅力的な品に見える。鉱石を使っているから少し高額なことにも合点がいった。
「んで、どれにするんだい、あんちゃん。」
「えっ?え、ええっと……」
まだ一言も買うと言っていないのに、随分気の早い御仁である。そう思いつつも案外押しに弱いテオドアは、気になっていたものをおずおずと指差した。老爺はすぐにそれらを棚から取り出すと、じっくりと眺める。
「ふうん。ローズマリーとオリーブリース、ねえ……あんちゃん植物が好きなの?」
「や、どっちかっていうと贈る相手が好きな感じですね。……てかそっちはオリーブなんですか。両方ともローズマリーかと思った。」
テオドアの答えに、老人がブハッと噴き出す。
「そりゃああんちゃん、オリーブと鳩ってのはモチーフとして定番じゃあないか。平和の象徴、ってね。……まあいいや、若い男なんてもんは下手に洒落込んでるより、それくらい無知な方がいいさ。」
老爺が腹を抱えて笑っている。なんと、あれはローズマリーじゃなくてオリーブだったのか。それにしても、そこまで笑わなくたっても……最後にフォローを入れてくれたものの、あまりに盛大に噴き出されてしまったものだから、テオドアとしてはなんとも居心地が悪い。
(しかしまあ、平和の象徴、ねえ……)
老爺の言葉を脳内で繰り返すと、テオドアはふっと目を伏せる。
おそらく今自分がいる場所から、最も遠いところにあるものだ。
「ほらあんちゃん、どーぞ。……まいどお買い上げありがとさん。」
会計を済ませた老爺がこちらに紙袋を差し出す。小ぶりなそれからは、ずっしりとした鉱石の重みを感じられた。
紙袋を受け取った直後、テオドアはほんの少しだけ今月の出費が気になったものの、すぐにその思いをかき消した。
(今更貯金残高を気にするのもアホらしいか。)
背負っている鞄の荷物は、どこへいくためのものであるか忘れたか。
足早に店を出ると、テオドアは陽の降り注ぐ大通りの真ん中でぐっと伸びをした。なぜだか妙に晴れやかな気分だ。
ひとたび大金を使った人間はその日、そのまま財布の紐が緩くなることが多いらしい。そのご多聞にもれなかったテオドアも、軽やかな足取りで再び中心街へ向かう。
(せっかくだから、昼はめちゃめちゃいいもん食って帰るか。)
そう、今日は目一杯楽しもう。いい思い出を作らなければ。
――――だってあと数日で死地へ赴くというのだから。
初夏の日差しはその光を惜しむことなく大通りに注ぎ込む。白く反射する石畳の上で、しかしそこに映し出されたテオドアの影だけは、嵐の前の暗雲がごとく黒々と濁っていた。
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