57 / 83
56.正体-2(テオドア視点)
しおりを挟む「――僕から正式に紹介させてもらおう。彼女が召喚された救国の乙女、ビア=オクトーバー様だ。……ビア様、こちらへ」
ビアは皆の前で軽く一礼すると、フェリクスに導かれるまま、彼の隣に腰を下ろす。
「はじめまして……ではなく、皆様の場合はあらためましての方が適切でしょうか。私はビア=オクトーバー。先日の召喚の儀にて縁あって呼び出され、この国ローアルデにやって参りました」
淡々とした自己紹介が彼女の口から紡がれる。その口調はどこか重く、苦しげであった。
「つまり君は救国の乙女、というわけだ。であればまず気になるのは職種ジョブだか、いったいどういったものなのかな?あの奇跡を起こしたということは、まさか聖女か?しかし数ヶ月も隠しておく意味が分からん。……それに君は日頃、メイドに扮しているようだが、いったいなぜた?君の能力に関係するのか?」
いち早く口を開いたクォーツが、矢継ぎ早に質問攻めにする。気持ちはわかるがいささか性急すぎだ。ビアの顔色がみるみる悪くなっていくのに気づき、テオドアは咄嗟に隣の男を嗜める。
「クォーツ、先走りすぎ。……あと、口調」
「む……あ、ああ。これは大変失礼しました。救国の乙女殿」
「……彼女の事情については僕から話そう。……ビア様、いいですね?」
それから助け舟を申し出たフェリクスにより、ビアの一通りの事情が説明された。彼女の職種ジョブはまだ判明していないこと、それについて記述された本を彼女はこの世界に来て早々失くしていること、そしてその失った経緯に妨害魔術が使われた可能性があること。
「――で、その妨害魔術っていのが、ガルムンドによって発動された可能性が高いってことか」
途中から騎士の間でのやりとりを思い出し口を挟む。フェリクスが敢えて伏せているのは、自分に遠慮しているからだろう。だったらと思って発言したのに、なぜだか空気は凍ってしまった。
「あ、言っとくけど俺じゃねえ……無いですからね!」
僕は魔術使えないですしと、テオドアが慌てておどけてみせる。彼としてはちょっとしたジョークのつもりだったが、それを口にした途端、その場にいたのは全員から「当たり前だろう!」ときつめのツッコミが入ってしまった。ちょっとびっくりしたが、みんなが強く憤慨してくれたので、ほんの少しだけ嬉しくなる。愛されてるなあ。
「……それで、話をくだんのレモネードに移そう。ビア様はここ数ヶ月間、様々な職種ジョブの適正を見定めるための審査を受けている。当然、聖女や僧侶、薬師などは確認済みだ。その上で……残念ながら適性無しという判断を受けている」
「しかし、ここにきて彼女が作ったレモネードが、聖女ばりの奇跡を起こした、そういうわけか」
クォーツは合点がいったとばかりに頷く。ジミルもこの話を興味深そうに聞いていた。
「回復または調理系の職種ジョブは、もう一度試してみた方が良さそうな気がしますね」
「まあそういうことになるが……あまりビア様の負担を増やしたく無いのも事実だ。準備にも時間がかかるし、いろいろなことが起こったばかりだから、僕としては一旦は様子見でいこうかと考えている」
「しかしフェリクス、善は急いだほうがいいのではないか?瘴気の濃化に伴い、各国の情勢は不安定だ。一刻も早く早く職種ジョブを明らかにし、大々的にお披露目したほうが、国民の団結や対外諸国への抑止力に繋がろう」
「自分もクォーツさんに賛成です。今回副隊長が火の粉を被ったのは、妨害魔術の件があったからだ。これ以上痛くないも腹を探られたくない」
フェリクス、クォーツ、ジミルが淡々と議論を進めていく中で、テオドアは黙りこくるビアをぼんやりと眺めていた。
出会ったばかりの頃、彼女がひどく無知であった理由がここにきて分かった。異国ではなく、異世界からきた人間。そりゃあこちらの常識などかけらも知らぬが当然であろう。
しかし一方で、ビアが救国の乙女という事実を、いまだ信じられない自分もいた。メイド姿で楽しそうに仕事に励む彼女が、第一級の国家機密である存在だなんて――なんだかずいぶん遠い存在になってしまったなと、一抹の寂しさが静かに込み上げる。
(つーか、こんな顔も初めて見るな)
遠くに感じたもうひとつの理由は、ビアがテオドアの知らない、まったく別人のような表情でそこにいたからだ。
ガラスのような冷たい瞳に、何も読み取れぬ無機質な表情。普段楽しそうに笑う彼女の面影はもはやそこになく、このちぐはぐな乖離はテオドアに強烈な違和感を与える。まるで物言わぬ人形のような彼女の姿に、ひどく不安を駆り立てられた。
「――――ビアはどうしたいんだ?」
気づいたら問いかけていた。
ガラスの眼がゆっくりと持ち上げられ、こちらに向けられる。なぜか小さく心臓が跳ねた。
「わ、わたしは……」
ガラス玉だったものが、今度は水面に映した月のようにゆらめく。輪郭のぼやけた瞳にもう無機質さは残っていない。たどたどしく口ごもりながら、絞り出すように声を出す。
「わた、しは……」
小さな口から紡がれる言葉を、一語一句聞き逃すまいと耳を傾ける。震える声はそれでも先ほどより力強くなっていた。あと少しで答えが出る。
――――そんな時、
「おいテオドア、口調。」
まるで意趣返しとも取れる言葉がクォーツから発された。
最大瞬間風速でその場が白む。
フェリクスはがっくりと肩を落とし、ジミルはわざとらしいほど大きなため息を吐いた。テオドアは脱力し天を仰ぎ見ようとした拍子にうっかり頭を背もたれにぶつけ、ゴッと盛大な音が響いた。
「えっ?何、何だこの空気は!?」
悪気なく水を差したクォーツ本人だけがその場の空気についていけず、一人焦っている。誰だこんな馬鹿呼んだやつは。
「――――失礼。オクトーバー様本人のご希望も伺うべきかと」
馬鹿の大変有難い助言に倣い言葉を正せば、しかし目の前の女の瞳は無機質なガラス玉に戻っていた。
「……お気遣いありがとうございます。私もこの国に召喚された身として、一刻も早く皆様のお役に立ちたく思います。適正審査はぜひ再開いたしましょう。早くジョブが明らかになるよう、一生懸命頑張ります」
作り物めいた微笑みを貼り付け、模範解答を口にする。その姿に、これ以上の問いかけの余地がないことは明らかだった。テオドアがそっと目を伏せる。少しばかり人間らしさを取り戻したはずだったのに、ビアはまた人形のように無機質な微笑をたたえていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~
namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。
かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。
海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。
そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。
それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。
そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。
対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。
「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」
アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。
ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。
やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。
揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる