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人間
十九日目
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桜は、この前のような肩が丸見えの服じゃなくて、普通の服で来た。
緑色で、素材がよく分からない、スケスケしたような、フワフワしたような、いかにも「女」という感じの長袖(カーディガン?)に、白くて長いスカートを穿いていた。
無知なりに漠然と、世間一般的には、おしゃれな格好と言うのはこういうものなのだろうなと思った。
俺は、自分がオスであることに感謝した。
綿100パーセントのTシャツとストレッチタイプの安い長ズボンで、着飾ること無く他人と外で過ごせるのは、オスの特権であって、メスの人間達にはできないことなのだろう。
俺がもし人間のメスだったら、なんて、考えたくもなかった。きっと、苦痛に耐えかねて、三日も経たずに死んでしまうことだろう。
今日観た映画は、余命十年と宣告された女のヒトが、学生時代の同級生と恋をするというものだった。
ジャンルとしてはラブロマンスだが、ヒューマンドラマに近いような恋愛もの。死が近づくにつれて、恋愛感情が高まっていき、その分だけ死に対する恐怖も増えていく様子が、リアリティがあって良かった。
「ちょっと、待って」
桜は号泣しすぎて、映画が終わったあとも立てずにいた。
序盤の、自殺未遂をした同級生に主人公が怒るシーンでもう、彼女は泣き始めていた。ずっと泣いていたかは知らないが、終わるまでずっと鼻水をすすっていたような気がする。
彼女はようやく泣き止んだと思ったら、こっちを見て、
「なんで泣いてないの?」
と聞いてきた。逆にこっちが、なんでそんなに泣いているのか聞きたいぐらいだったが、俺は大人しく、
「なんでって、泣くようなシーン無かったから?」
と答えた。
そこまで言って、俺は思った。
泣くようなシーンは、あった。それも、何個も。
なぜ俺は、泣かなかったのだろう。いや、泣けなかったのだろうか。
「泣くようなシーン、あったよ!」
彼女はそう言って少し笑った。
泣いたり、笑ったりする彼女を見て、俺は、自分には喜怒哀楽というものが備わって無いのかもしれないと思った。
帰り道、彼女は俺に聞いてきた。
「陰キャ……じゃなくて、ヒロトくんは、最後に泣いたの、いつ?」
なんで彼女がそんなことを聞いてきたのか、不思議に思ったが、あまり深く考えずに返答を考えた。
最後に泣いたのは…………
記憶を遡ると、出てきたのは、中学受験に失敗したあの日…………ではなく、小学生の時のある出来事。
冬、朝、先生たちの暗い顔、隣のクラスの先生が泣いている、廊下に整列、足音、体育館。
今朝、二組の&$%#さんが――
「どうしたの?」
「ああ、いや」
彼女の声で、現実が戻ってきた。どうやらかなり考え込んでしまっていたらしい。
「やっぱ、覚えてないかも」
俺は、すぐさまそう言って誤魔化した。
「やっぱり? ヒロトくん泣かなそうだもんね。私なんて、ちっちゃい頃……」
彼女はきっと、俺のことを知りたいのではなく、カップルという状態を続けたいだけなのだろう。
そうやって、人間たちは自分のことばかり考えて、他人の気持ちを心の中で無下にしているのだ。
しかし最近になって、これはこれで、面白いとも思うようになった。
作り笑いをして、彼女に未だ何も打ち明けていないのに、俺は今、まるで真っ当な彼氏であるかのような振る舞いをしている。
人間の彼氏彼女とは、こんなに薄っぺらいものでも成立するのだから、人間社会というのはあまりにも奇妙で、不気味で、でも、つい笑ってしまいそうになるほど、「面白い」ものなのだ。
緑色で、素材がよく分からない、スケスケしたような、フワフワしたような、いかにも「女」という感じの長袖(カーディガン?)に、白くて長いスカートを穿いていた。
無知なりに漠然と、世間一般的には、おしゃれな格好と言うのはこういうものなのだろうなと思った。
俺は、自分がオスであることに感謝した。
綿100パーセントのTシャツとストレッチタイプの安い長ズボンで、着飾ること無く他人と外で過ごせるのは、オスの特権であって、メスの人間達にはできないことなのだろう。
俺がもし人間のメスだったら、なんて、考えたくもなかった。きっと、苦痛に耐えかねて、三日も経たずに死んでしまうことだろう。
今日観た映画は、余命十年と宣告された女のヒトが、学生時代の同級生と恋をするというものだった。
ジャンルとしてはラブロマンスだが、ヒューマンドラマに近いような恋愛もの。死が近づくにつれて、恋愛感情が高まっていき、その分だけ死に対する恐怖も増えていく様子が、リアリティがあって良かった。
「ちょっと、待って」
桜は号泣しすぎて、映画が終わったあとも立てずにいた。
序盤の、自殺未遂をした同級生に主人公が怒るシーンでもう、彼女は泣き始めていた。ずっと泣いていたかは知らないが、終わるまでずっと鼻水をすすっていたような気がする。
彼女はようやく泣き止んだと思ったら、こっちを見て、
「なんで泣いてないの?」
と聞いてきた。逆にこっちが、なんでそんなに泣いているのか聞きたいぐらいだったが、俺は大人しく、
「なんでって、泣くようなシーン無かったから?」
と答えた。
そこまで言って、俺は思った。
泣くようなシーンは、あった。それも、何個も。
なぜ俺は、泣かなかったのだろう。いや、泣けなかったのだろうか。
「泣くようなシーン、あったよ!」
彼女はそう言って少し笑った。
泣いたり、笑ったりする彼女を見て、俺は、自分には喜怒哀楽というものが備わって無いのかもしれないと思った。
帰り道、彼女は俺に聞いてきた。
「陰キャ……じゃなくて、ヒロトくんは、最後に泣いたの、いつ?」
なんで彼女がそんなことを聞いてきたのか、不思議に思ったが、あまり深く考えずに返答を考えた。
最後に泣いたのは…………
記憶を遡ると、出てきたのは、中学受験に失敗したあの日…………ではなく、小学生の時のある出来事。
冬、朝、先生たちの暗い顔、隣のクラスの先生が泣いている、廊下に整列、足音、体育館。
今朝、二組の&$%#さんが――
「どうしたの?」
「ああ、いや」
彼女の声で、現実が戻ってきた。どうやらかなり考え込んでしまっていたらしい。
「やっぱ、覚えてないかも」
俺は、すぐさまそう言って誤魔化した。
「やっぱり? ヒロトくん泣かなそうだもんね。私なんて、ちっちゃい頃……」
彼女はきっと、俺のことを知りたいのではなく、カップルという状態を続けたいだけなのだろう。
そうやって、人間たちは自分のことばかり考えて、他人の気持ちを心の中で無下にしているのだ。
しかし最近になって、これはこれで、面白いとも思うようになった。
作り笑いをして、彼女に未だ何も打ち明けていないのに、俺は今、まるで真っ当な彼氏であるかのような振る舞いをしている。
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