からっぽ

てりやき

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人間

二十二日目

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 俺の家の机には、一羽の鶴が置かれている。そして、その鶴を見る度に、俺はある名前を思い出してしまう。
 鈴木麻里奈。
 没年十二歳。
 最初に言っておきたいのが、彼女とは、別にそれほど仲が良かった訳では無かった、ということだ。なんなら当時、同じクラスでもなかったので、寧ろ関わりは少なかった方だ。
 だが、それでも、彼女の死は俺にとって、とても印象深いものとなった。
 彼女は、とてもおしとやかで、いつも周りには友達がいた。頭も良く、優しく、女の憧れのような人だった(と後で周りの女から聞いた)。
 彼女は、反射神経がずば抜けて良かった。
 トランプの「スピード」というゲームが流行っていた時に、休み時間、隣のクラスからすごい歓声が聞こえてきたことがあった。何が起こっているのか見に行くと、彼女がちょうど十連勝を達成したところだった。
 俺はそのゲームが苦手だったので、純粋にすごいと思ったし、何より、こんなに人をきつける能力があるなんて羨ましいと思った。
 事件が起きたのは、一月下旬のスキー教室が終わった、次の週。
 彼女は、突然死んだ。
 心臓発作を起こして、静かに息を引き取ったのだ。
 周りの人達は、朝、体育館でそれを聞かされると、次第に泣き始めた。そして、連鎖的に泣き声が響いていって、どんどんと泣く人が増えていった。
 そんな中で、俺は一人で混乱していた。
 善良な彼女が、なぜ死んだのか?
 小学生で、親より先に死ぬことなんてありえない。
 ただただ、混乱した。理解が出来なかった。
 それまで俺は、この世の中は悪者からいなくなるのだと思っていた。俺の悪口を言っていたヤツらからくたばって死んでいくのだと、信じていた。
 けど、実際は違った。
 善人も悪人も、死ぬ時は死ぬ。
 命運を分けるのは、運があったか無かったか、だけ。
 残酷だと思った。
 その二日後に彼女の葬式に行って、彼女の遺影を見て、そこで初めて、俺は涙を流した。
 悲しかったのか、悔しかったのか、なんなのか分からなかったが、涙だけがあふれて止まらなかった。
 泣き止んでから、俺は母親にトイレに行くと言って、その場を離れた。そして、棺桶《かんおけ》に入れるはずだった小さな折り鶴を、こっそりとポケットに入れて、俺はそのままfc静かに式場を出た。
 上を見ると、大粒の雪が降っていた。
 鼻で息を吸うと、遠くから焼き鳥の匂いがした。
 雪を食べてみた。マズかった。
 トラックが風を切る音が聞こえた。
 雪を手のひらで受け止めた。冷たいと思った時にはもう、雪は溶け始めていた。
 漠然と、このままずっと生きていきたい、と思った。
 死んでたまるか。
 そう思った。



 今、俺が通っている中学校の生徒は、主に二つの小学校から来ている。
 学年で百四十人いるうち、六十五人は俺や桜の居た第三小学校から、七十五人はゆうかや映画オタクの居た第五小学校から来ている。
 そう。
 桜は、俺と同じ小学校出身なのだ。
 彼女は同級生が死んで、どんなことを思ったのだろうか。
 夕方、つい気になってメッセージを送ってみた。
「鈴木麻里奈が死んだ時、どう思った?」
 送ったあと、俺はなぜこんなことを聞いてしまったのかと後悔した。
 これじゃあまるで、俺が桜に興味があるみたいじゃないか。
 すぐにメッセージを消そうとしたが、タイミング良く既読がついてしまったので、仕方なく諦めた。
 彼女は言葉を絞り出すように、メッセージをつづっていった。それに相槌を打つ訳でも無く、俺はただただその様子を見守っていた。
「えー急に!?」
「そうだなぁ」
「あんまよく覚えてないかも(笑)」
「どう思った……?」
「ムズいかもちょっと考える」
 それから、五分ほど空けて、ようやくそれっぽい返信が来た。
「私は、ここだけの話、自分じゃなくて良かった、って思ったかも。突然死だったから、誰にでも起こりえたわけじゃん? なんかそう考えると、急に生きた心地しなくなって、だから、今まであんま思い出さないようにしてたかも」
 彼女は、面白い。
 文章を読んで、そう思った。
 彼女は他の人間それらとは違って、
 普通だったら、こんなこと他人に話したりもしないし、それに、自分の評価を下げて物事を考えたりするわけも無い。
 自分を棚に上げて、嘘偽りで事実を曲げるのが、俺の知っている人間だ。
「ヒロトくんは?」
 彼女のことを、知りたいと思った。
「明日学校で話す」
 では、彼女は、俺のことを知りたいと思うだろうか?
 いや、ありえないか。
 でも、もしも。
 もしも、少しでも知りたいと望むのなら、俺は喜んで教えるかもしれない。
 共感してもらえるのなら、俺はなんだってするかもしれない。
 そう、共感してもらえるのなら…………
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