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序幕 ~殺し屋御殿へのフリー切符~
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綺麗な男性と店を出ると、少し歩いた先に黒い車が停まっていた。
「碧くん、こっちこっち」
窓から、にこにこと愛想のいい男性が軽やかに手を振っている。
流れるような黒い長髪に一筋のルビーのようなメッシュ。
碧、と呼ばれた清廉な彼とはまた違う、華やかな美男子だ。
「澄春さん。すみません」
あっけにとられているうちにごく自然にエスコートされ、後部座席に乗せられてしまう。
「申し訳ありませんが、少しだけお付き合い願います」
碧が華のシートベルトをしめ、その際に顔が接近する。
痛くないですかと気遣われ、柄にもなくどぎまぎする。
「おや? 碧くんてば、機密データを取り戻しにいって、ロマンスまでおまけに拾ってきちゃったの?」
運転席から澄春、と呼ばれた男の歌うような声が流れ込んだ。
「これは……トップニュースになるね。今まで頑なに恋人をつくらなかったきみの心を開く女性がついに現れたのか」
「残念ながら、抱え込んだのはロマンスではなく、弱みです」
助手席に乗り込みながら、碧は応える。
「申し訳ありません。データの一部を彼女に見られました」
バックミラーに映る澄春の笑みが、凍り付いた。
「それは……もっと重大ニュースになるね」
「すべて、大事なものを置き忘れた俺の責任です」
「碧くんってさ、チームでは一番しっかりしてて優等生なのに、ド天然だけは未だなおらないよね。きちんと確認したUSBが、ストローの袋だったなんて、また一つ歴史を塗り替えてくれたよ」
発進した車は、郊外の緑の中を駆け抜けていく。
軽やかな会話も転がるように進む。
華ただ一人を置き去りにして。
♡
連れていかれたのは、高層マンションの一室だった。
セキュリティロックのかかった玄関口。
高級ホテルを彷彿とさせるロビー。
客観的に見てまずい状況なのだろうことはわかるが、既に非日常の区域に足を踏み入れている感はあったことと、
「ご婦人、足元に気を付けてください」
「そうだ、お客様。お姫様抱っこってやつをやってみましょうか?」
「澄春さん、ただでさえ混乱されている客人をからかうのは、趣味がいいとは言えないかと……」
「そうやかなくてもいいだろう? サービスだよ」
華麗なエレベーターを経て部屋までの間に交わされるどことなく上等感のある会話が、恐怖感を麻痺させている。
黒く上品に輝きを散らした扉の前に澄春がカードキーをかざし、自動で開いたそこに、また若い男が立っていた。
パールパープルのキャラクターが描かれたシャツに、ラフなスエット。
肩までのふわりとした栗色の髪。
ぱっちりとした二重瞼。
一見どこにでもいるラフな服装の美青年だが、こちらを見て長いまつ毛を伏せ、うっとりと笑んだその表情に華は、どこかただならぬものを感じる。
狂気的というと言い過ぎか――どこか彼岸を見るような、目つき。
「お帰りなさい、碧にいさん。それに、澄春先生」
青年は片手に持ったボールいっぱいに詰まったクッキーを手にして口元に持っていき、かじった。
「これ、路空くんが焼いてくれたんです。召し上がりますか?」
「凪、そんなことより、一大事だ。機密データを見られた」
碧の言葉にぎくりと華が身を縮ませていると、クッキーを飲み込んだ凪と呼ばれた青年が口の端をあげる。
「へぇ。なにが一大事なんですか? 機密データを盗んだ輩ごと、あの世に送ってしまえばいいことじゃないですか」
ゾク、と背中に戦慄が駆け抜ける。
麻痺していた恐怖感が一気に舞い戻ってくる。
「違うんだ、凪。データを見たのは俺たちが定める敵じゃない。一般の女性がたまたま目にしてしまった」
碧の言葉にも納得いかなげに、凪はふわりと肩をすくめる。
「ふぅん。その方は今どこに?」
苦笑して割って入ったのは、澄春だった。
「凪くんてば、相変わらずだね。目の前に可憐な女性がいるだろう?」
横へ斜めへと、澄んだ瞳を走らせた後、凪のそれは瞬きともに華に落ち着く。今気づいたと言わんばかりだ。
「おや。この人がそうですか。ふぅん……」
「ひっ」
ぽんと頭を触られ、かすかに身じろぎする。
「僕よりだいぶ小さいですね。壊すのは少し、かわいそうです……」
――基準がわからない……。
華が小さくなっていると、
「話は聞いたぜ」
また新しい青年が現れた。
ブラウンの髪をショートカットにしたパーカー姿のまた綺麗な男が、目をつり上げてこちらを睨んでいる。
「路空」
路空と、碧に呼ばれた彼は瞳を眇め脅すようにすがめ、斜め上から華に顔を近づける。
「いいか女。見たデータは一切忘れろ。さもねーとどうなるか、わかってるな……」
飼いならすように拳を鳴らす路空の前に、さらりと碧が滑り込む。
「よせ、路空。彼女は一般市民だ。それに……彼女がデータを見てしまったのは俺に落ち度がある」
碧の説明に、毒気を抜かれたように路空は身を引いた。
「はー。なんだ。また碧にいのすっとぼけかよ。そんじゃゆするわけにもいかねーじゃんか」
「そもそも、女性をゆするものではありませんよ、路空」
どこか艶めいた声音とともに、また新たな人物が姿を見せる。
ベージュのシャツにベスト。灰がかったウェーブの髪に眼鏡をあわせた、理知的な風貌の、やはり美男である。
「まったくあなたという人は、野蛮で困ります」
「出やがったな、変人」
「ひっこみなさい、原始人」
路空に変人、と言われるように、たしかに独特な喋り方をする彼は、華の前で膝をついた。
「マドモワゼル、仲間が大変失礼いたしました。あなたのお名前は?」
「ええっと。三月華ですが」
「なんと美しいお名前でしょう。初春、弥生に咲く花ですか。さしづめほのかなミモザか、八重桜か。控えめで謙虚な女性のイメージにぴったりでございます」
「は、はぁ……」
「申し遅れました、私は浦湊と申します」
「湊、さん」
唯一自分で名乗った彼は、恭しい礼をしてみせると、実に洗練された仕草で一同を仰ぐように振り返った。
「お話は聞いておりました。この私に考えがございます」
「碧くん、こっちこっち」
窓から、にこにこと愛想のいい男性が軽やかに手を振っている。
流れるような黒い長髪に一筋のルビーのようなメッシュ。
碧、と呼ばれた清廉な彼とはまた違う、華やかな美男子だ。
「澄春さん。すみません」
あっけにとられているうちにごく自然にエスコートされ、後部座席に乗せられてしまう。
「申し訳ありませんが、少しだけお付き合い願います」
碧が華のシートベルトをしめ、その際に顔が接近する。
痛くないですかと気遣われ、柄にもなくどぎまぎする。
「おや? 碧くんてば、機密データを取り戻しにいって、ロマンスまでおまけに拾ってきちゃったの?」
運転席から澄春、と呼ばれた男の歌うような声が流れ込んだ。
「これは……トップニュースになるね。今まで頑なに恋人をつくらなかったきみの心を開く女性がついに現れたのか」
「残念ながら、抱え込んだのはロマンスではなく、弱みです」
助手席に乗り込みながら、碧は応える。
「申し訳ありません。データの一部を彼女に見られました」
バックミラーに映る澄春の笑みが、凍り付いた。
「それは……もっと重大ニュースになるね」
「すべて、大事なものを置き忘れた俺の責任です」
「碧くんってさ、チームでは一番しっかりしてて優等生なのに、ド天然だけは未だなおらないよね。きちんと確認したUSBが、ストローの袋だったなんて、また一つ歴史を塗り替えてくれたよ」
発進した車は、郊外の緑の中を駆け抜けていく。
軽やかな会話も転がるように進む。
華ただ一人を置き去りにして。
♡
連れていかれたのは、高層マンションの一室だった。
セキュリティロックのかかった玄関口。
高級ホテルを彷彿とさせるロビー。
客観的に見てまずい状況なのだろうことはわかるが、既に非日常の区域に足を踏み入れている感はあったことと、
「ご婦人、足元に気を付けてください」
「そうだ、お客様。お姫様抱っこってやつをやってみましょうか?」
「澄春さん、ただでさえ混乱されている客人をからかうのは、趣味がいいとは言えないかと……」
「そうやかなくてもいいだろう? サービスだよ」
華麗なエレベーターを経て部屋までの間に交わされるどことなく上等感のある会話が、恐怖感を麻痺させている。
黒く上品に輝きを散らした扉の前に澄春がカードキーをかざし、自動で開いたそこに、また若い男が立っていた。
パールパープルのキャラクターが描かれたシャツに、ラフなスエット。
肩までのふわりとした栗色の髪。
ぱっちりとした二重瞼。
一見どこにでもいるラフな服装の美青年だが、こちらを見て長いまつ毛を伏せ、うっとりと笑んだその表情に華は、どこかただならぬものを感じる。
狂気的というと言い過ぎか――どこか彼岸を見るような、目つき。
「お帰りなさい、碧にいさん。それに、澄春先生」
青年は片手に持ったボールいっぱいに詰まったクッキーを手にして口元に持っていき、かじった。
「これ、路空くんが焼いてくれたんです。召し上がりますか?」
「凪、そんなことより、一大事だ。機密データを見られた」
碧の言葉にぎくりと華が身を縮ませていると、クッキーを飲み込んだ凪と呼ばれた青年が口の端をあげる。
「へぇ。なにが一大事なんですか? 機密データを盗んだ輩ごと、あの世に送ってしまえばいいことじゃないですか」
ゾク、と背中に戦慄が駆け抜ける。
麻痺していた恐怖感が一気に舞い戻ってくる。
「違うんだ、凪。データを見たのは俺たちが定める敵じゃない。一般の女性がたまたま目にしてしまった」
碧の言葉にも納得いかなげに、凪はふわりと肩をすくめる。
「ふぅん。その方は今どこに?」
苦笑して割って入ったのは、澄春だった。
「凪くんてば、相変わらずだね。目の前に可憐な女性がいるだろう?」
横へ斜めへと、澄んだ瞳を走らせた後、凪のそれは瞬きともに華に落ち着く。今気づいたと言わんばかりだ。
「おや。この人がそうですか。ふぅん……」
「ひっ」
ぽんと頭を触られ、かすかに身じろぎする。
「僕よりだいぶ小さいですね。壊すのは少し、かわいそうです……」
――基準がわからない……。
華が小さくなっていると、
「話は聞いたぜ」
また新しい青年が現れた。
ブラウンの髪をショートカットにしたパーカー姿のまた綺麗な男が、目をつり上げてこちらを睨んでいる。
「路空」
路空と、碧に呼ばれた彼は瞳を眇め脅すようにすがめ、斜め上から華に顔を近づける。
「いいか女。見たデータは一切忘れろ。さもねーとどうなるか、わかってるな……」
飼いならすように拳を鳴らす路空の前に、さらりと碧が滑り込む。
「よせ、路空。彼女は一般市民だ。それに……彼女がデータを見てしまったのは俺に落ち度がある」
碧の説明に、毒気を抜かれたように路空は身を引いた。
「はー。なんだ。また碧にいのすっとぼけかよ。そんじゃゆするわけにもいかねーじゃんか」
「そもそも、女性をゆするものではありませんよ、路空」
どこか艶めいた声音とともに、また新たな人物が姿を見せる。
ベージュのシャツにベスト。灰がかったウェーブの髪に眼鏡をあわせた、理知的な風貌の、やはり美男である。
「まったくあなたという人は、野蛮で困ります」
「出やがったな、変人」
「ひっこみなさい、原始人」
路空に変人、と言われるように、たしかに独特な喋り方をする彼は、華の前で膝をついた。
「マドモワゼル、仲間が大変失礼いたしました。あなたのお名前は?」
「ええっと。三月華ですが」
「なんと美しいお名前でしょう。初春、弥生に咲く花ですか。さしづめほのかなミモザか、八重桜か。控えめで謙虚な女性のイメージにぴったりでございます」
「は、はぁ……」
「申し遅れました、私は浦湊と申します」
「湊、さん」
唯一自分で名乗った彼は、恭しい礼をしてみせると、実に洗練された仕草で一同を仰ぐように振り返った。
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