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第1幕 ~レモンドーナッツと味わいたいもの~
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「碧さん、これ。約束のレモンドーナッツです」
翌日、真夏の朝日がまぶしく差し込むキッチンで、タッパーに詰めた焼き菓子を、華は碧に差し出した。
「……すごい。きつね色に焼けていますね。ふむ。どうやったらこんなにおいしそうに仕上がるんだろうか……」
感心しきりの碧に、
「碧にいがつくるドーナッツはきつねどころかカラス色だもんな」
朝食のレモンパスタを作りながら路空が茶々を入れる。
「華さん。ほんとうに助かりました。ありがとうございます」
「いえ。差し上げる方のお口にあうといいんですけど……。きっと大事なお得意様かなにかですよね? うまくいくこと祈ってます」
「……」
相変わらずタッパーの中身をまじまじと見つめている碧に、華は胸の前で小さく手をあげる。
「それじゃ、わたしも今日は仕事なので」
「華さん」
去り際の挨拶をしようとすると、碧に遮られる。
「この暑さです。俺も車で都心まで行くので、よければ送ります」
「え? いいんですか? でも……」
戸惑う華に、碧は微笑する。
「冗談ではなく、駅まで歩くだけでも体調を崩しかねない気候ですから。華さんも、俺たちを使えるところは遠慮なく使ってください。それがともに暮らすということですから」
「いやぁだけど……方向遠回りじゃないですか?」
「問題ありません。お仕事場は日比谷の方でしたよね?」
「そうですね。仕事柄、日によっていろいろですけど……」
「通り道です。では行きましょうか」
なんだかんだでさらりと自然にエスコートされてしまう。
――なんていうか碧さんって……。
絵に描いたようなさわやか青年を地でいきすぎていて、戸惑う。
女性経験がないみたいなことを澄春が言っていたが、確実にモテると思う。
公私の区別もきちんとしていそうだし、仲間には隠れてひそかに恋人がいるとか、ないだろうか。
玄関口を見ると、碧は郵便受けを確認している。
硬直しているようにも見えるのが気にかかった。
「郵便物になにか気になるものでも?」
「あ……いえ」
碧は素早く紙の束を鞄にしまってしまう。
「華さんにお見せするようなものはなにも」
そう言われると余計気になってくる。
「手紙みたいな形状が見えましたけど」
「いえ、その……」
「碧さん宛てですか? 知人の方から?」
「……」
しばし言葉を探したあと、
「そ、そうです。その、なんというか、関係性の説明は省略させていただけると……多少、話しづらいこと、ですので」
——もしかして、恋人からの手紙?
思いついてしまった途端、いろんな意味で申し訳なくなってくる。
――わたしってば、下世話な勘繰りを。
「そ、そうですよね。プライベートなことだし……すみませんでした」
あくまで仕事でつながっている関係上、余計な詮索は控えるべきだろう。……気にはなるけれど。
などと思考を巡らせながら、碧に続き車に近づいていくさなか。
ゴンっというどこか間の抜けた音がして、反射的に車の際にいる碧に駆け寄る。
「碧さん⁉ どうかしました……?」
「う。頭ぶつけちゃった。……痛い」
彼がこめかみを抑えていた。
「すみません……お見苦しいところを」
――うーん、天然のフォローもかっこいいんだけどなぁ……。
「あの。それで碧さん」
そう思いながら華は、誠に言いづらい事実を、勇気を出して口に出した。
「運転席、反対側です……」
翌日、真夏の朝日がまぶしく差し込むキッチンで、タッパーに詰めた焼き菓子を、華は碧に差し出した。
「……すごい。きつね色に焼けていますね。ふむ。どうやったらこんなにおいしそうに仕上がるんだろうか……」
感心しきりの碧に、
「碧にいがつくるドーナッツはきつねどころかカラス色だもんな」
朝食のレモンパスタを作りながら路空が茶々を入れる。
「華さん。ほんとうに助かりました。ありがとうございます」
「いえ。差し上げる方のお口にあうといいんですけど……。きっと大事なお得意様かなにかですよね? うまくいくこと祈ってます」
「……」
相変わらずタッパーの中身をまじまじと見つめている碧に、華は胸の前で小さく手をあげる。
「それじゃ、わたしも今日は仕事なので」
「華さん」
去り際の挨拶をしようとすると、碧に遮られる。
「この暑さです。俺も車で都心まで行くので、よければ送ります」
「え? いいんですか? でも……」
戸惑う華に、碧は微笑する。
「冗談ではなく、駅まで歩くだけでも体調を崩しかねない気候ですから。華さんも、俺たちを使えるところは遠慮なく使ってください。それがともに暮らすということですから」
「いやぁだけど……方向遠回りじゃないですか?」
「問題ありません。お仕事場は日比谷の方でしたよね?」
「そうですね。仕事柄、日によっていろいろですけど……」
「通り道です。では行きましょうか」
なんだかんだでさらりと自然にエスコートされてしまう。
――なんていうか碧さんって……。
絵に描いたようなさわやか青年を地でいきすぎていて、戸惑う。
女性経験がないみたいなことを澄春が言っていたが、確実にモテると思う。
公私の区別もきちんとしていそうだし、仲間には隠れてひそかに恋人がいるとか、ないだろうか。
玄関口を見ると、碧は郵便受けを確認している。
硬直しているようにも見えるのが気にかかった。
「郵便物になにか気になるものでも?」
「あ……いえ」
碧は素早く紙の束を鞄にしまってしまう。
「華さんにお見せするようなものはなにも」
そう言われると余計気になってくる。
「手紙みたいな形状が見えましたけど」
「いえ、その……」
「碧さん宛てですか? 知人の方から?」
「……」
しばし言葉を探したあと、
「そ、そうです。その、なんというか、関係性の説明は省略させていただけると……多少、話しづらいこと、ですので」
——もしかして、恋人からの手紙?
思いついてしまった途端、いろんな意味で申し訳なくなってくる。
――わたしってば、下世話な勘繰りを。
「そ、そうですよね。プライベートなことだし……すみませんでした」
あくまで仕事でつながっている関係上、余計な詮索は控えるべきだろう。……気にはなるけれど。
などと思考を巡らせながら、碧に続き車に近づいていくさなか。
ゴンっというどこか間の抜けた音がして、反射的に車の際にいる碧に駆け寄る。
「碧さん⁉ どうかしました……?」
「う。頭ぶつけちゃった。……痛い」
彼がこめかみを抑えていた。
「すみません……お見苦しいところを」
――うーん、天然のフォローもかっこいいんだけどなぁ……。
「あの。それで碧さん」
そう思いながら華は、誠に言いづらい事実を、勇気を出して口に出した。
「運転席、反対側です……」
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