麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第1幕 ~レモンドーナッツと味わいたいもの~

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「お疲れさまでした」

 仕事を終えた華は一つ息を吐き出し、スタジオを後にした。

 ガラスで仕切られた二つのスペース。
 一方にはマイクが三台設置されていて、正面にスクリーン。
 華が今までいた仕事場だ。

 もう一方の狭いスペースには、音響機材諸々と監督、プロデューサーと呼ばれる偉い人々が鎮座してこれから編集作業。

 バッグから覗く冊子に印刷された、年頃の女の子が三人描かれたイラスト。

 華の仕事はアニメ声優である。

 幼い頃から漫画やアニメが大好きで、ついでに演技や歌も好きだったので、高校時代決意してから心血注いできたつもりである。
 一口にそうは言うものの、並大抵のことではなかった。

 声優志望なんて山ほどいるし、今どきの声優はアイドル化していて、声の仕事とはいえ舞台上のダンスも外見もそして体力にも磨きをかけなければ勝負の場に立てない。
 こちらに関してはもとからの得意分野ではなかったので、これも投資だと思って、トレーニングや美容の研究に励んだ。

 今回の仕事も、その努力の果てに掴んだものだと思っている。

 幼稚園児から小中学生女子を主なターゲットとする女子戦隊ものアニメ『ラブリー戦士』。
 戦士となるメイン三人の中の一人。はじめての主役級だ。

 明るいおちゃらけキャラは初めてで緊張したが、人物像も掴めているし、収録も紆余曲折はあったものの三話分は終えた。問題なくやっていけると思う。

 ただ、気になるのは――。

「ゆうみん」

 前を行くロングストレートヘアの後輩に、話しかける。
 木坂ゆうみは、事務所の一年下の後輩で、今回主人公役に大抜擢された子である。

「あ。華先輩」

 溌剌とした少女を今日の収録でもテンションいっぱいで演じていたが、その表情は今は疲れ切っているように見える。
「その、今日はだいじょうぶだった?」

「……豊崎さん、あたしに主役級は無理じゃないかって監督に言ったみたいで」
「聞いたよ」
「みんな知ってる話ですよね、もう」

 ゆうみはがくりと首をかしげた。
 彼女がメイン三人の残りの一人を演じる大先輩に、にらまれているらしいのである。

「今日はなんとか乗り切ったけど、収録で顔あわせるたび、それ独断じゃないのってダメだしばっかされたり。服が派手だとか言いがかりつけられたり、地味にきます……現場のみなさんもそう思ってるのかなー」

「そんなことないよ。監督に確認したら、オーディションでゆうみんは断トツ光ってたのは間違いないって。豊崎さんにもそう伝えたって言ってた」
「華先輩……ありがとうございます。先輩がいてくれて心強いです」

 大勢の前での叱責——その根拠は時に、監督の意向と食い違うこともあって。
 たしかに、豊崎の指導は客観的に見て少し常識の範囲を逸していると思う。
 目に余った時には華も、うまい具合に止めに入るようにしているのだが。

「ゆうみん、収録組、わたしと必ず同日日になるように、監督に交渉してみる。わたしたち二人のやりとりのシーンも多いし、どうにかなるよ」
「ええ、ほんとですか? でも正直助かります。華先輩、優しいなぁ……」
「わたしも出始めのころ、さんざんいびりは受けたからね」
 そこそこ名の通った事務所に合格してからというもの、それはもう、一通りいやがらせの洗礼は受けた。
 このご時世でもあんな陰湿ないじめがあるのかとつっこみたくなったものだ。
「主役として現場をまとめなきゃいけない立場なのに、仕事をこなすだけで精いっぱいで、正直参ってたんですけど……そう言ってもらえるだけで、元気がでました」
 ゆうみが笑うのを見て、どうにか華もほっとする。
「がんばって、いい作品にしていこう」
「はい!」

 ぺこりと頭を下げたゆうみに、スタジオの前で手を振る。
 しゃんと伸びた背中を見送りながら、呟く。

「こういうのは……どうにか、しないとね」

 その直後、低く落ち着いた声が響いた。

「華さん。お迎えにあがりました」

 シャツ姿の碧が車から降りた状態でたたずんでいる。

 ちなみに靴下は左右ともに白いものに変わっていた。

「ありがとうございます」

 微笑むと、碧はすぐ先のオープンカフェを示した。

「少し、寄って行きませんか」

 そういえば、話があると言っていた。
 マンションでは切り出しづらい類なのかもしれない。

 華は頷き、碧の車に乗り込んだ。
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