麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第1幕 ~レモンドーナッツと味わいたいもの~

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 実鳥を施設に送り届けてから、華は碧が運転する車で、マンションに向かっていた。


「すみません。ドーナッツ、せっかく作っていただいたのに」

 渡せずじまいとなったそれを示しながら、碧が詫びてくる。

「いいえ。それはお夕飯のデザートに、みんなで食べましょう」

 住宅街をかけながら、碧の瞳がふいに真剣になる。

「なぜ、あいつの本意が華さんにはわかったのですか」

 視線が、こぎれいな家々から、膝の上に落ちる。

「わたしも、同じように思ったことがあったんです」

 黄昏時の雰囲気もあいまって、感傷が胸に押し寄せる。

「ずっと思っていました。家族の一員になりたい。喜んでほしいって」

 再び視線を窓の向こうに移すと、小さな家々が優しいオレンジ色に照らされている光景が見える。

 少しでも感謝の気持ちを現したくて。
 家族の一員になると力んで。

 何度食事を手掛けても。
 記念日に贈物を考えても。

「差し伸べられた手は振り払われてばかりだったけれど」

 あの少女には、そうなってほしくないと思う。
 そしてまたきっと、そうはならないだろうとも。

「自分と同じ想いを、させたくない。後に同じ道を歩む人たちに」

 ふいに響いた低声に、華は運転席を見やる。

「もしかしたらそれは、華さんの本質なのかもしれませんね」

 前方を見つめながら、碧がそう言った。

「え?」

「すみません。先程お仕事場の前での会話——少し聞いてしまって」
「——ああ」

 後輩声優のゆうみを励ましているときか。

「彼女も、夢を叶えるために頑張ってきて――ついに掴んだチャンスなんです。ここで、人間関係のごたごたなんかで諦めてほしくなくて。たった一年とはいえ、一応先輩ですから」
「先輩だったら――そんなふうに考えられるのは、当たり前、ですか?」


 ふいに綻んだ口元に、華は目をしばたたく。

「自分たちはもっと大変だったんだからきみたちもがまんしろ、という人は大勢いますよ」

「下の世代に同じ想いをさせまいと。世界を改善しようとあがきつづける。そういうところ、ほんとうに尊敬します」

 しみじみと言われ、なんだか照れてしまう。

「ありがとう、ございます」
「しかし、もっと肩の力を抜いていいと思いますよ」
 通り抜ける景色とともに、穏やかな声音が耳に触れる。完璧主義と言われませんか、と。


「あ……」
「俺もそうだから、わかるんです」

 そう言った碧の横顔は優しさの中に、一匙の苦味を交えていた。
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