異世界オメガ

さこ

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18 喫煙所で

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 屋上に隼百はやとを迎えに来てくれたのは惠崎という女性だ。

 綺麗に整えられた爪に描かれているネイルアートは気球。室長と同年代でもこっちはおばさんじゃないなあ。とか考えてるおっさんである。
 女を呼び止める時におばさん、お母さんと話しかけるのはアウトで、お姉さんと呼べば全ての年代が振り返る──とは呼び込みバイト時代のろくでもない指南役から教わった。てか女性の呼称ってそれ以外無いのか?
 ……熟女。駄目だ。姥桜? この単語は失礼だと思ったから覚えてる。年齢を重ねていても綺麗な様を表す単語に何で『姥』の漢字が入るんだろ。
 男性なら中年の呼び方は女性より遙かに幅が広いよな。
 壮年、壮齢。働き盛りとか。他に……あれ思いつかない。

 多くなかった。

 隼百の語彙が足りてない。つい、元の世界の人達に申し訳ない気になる。
 最近、身に染みているのだ。異世界出身者の隼百の言動はそのまま元の世界の人達への評価となる。
 けどすぐに気持ちを切り替えた。うちの世界代表にはライキ君に頑張ってもらおう。若いし。

 性別が沢山あるこの世界では人の呼称ってどんな風なんだろう?
 ここでは異世界とは思えないほど言葉が通じるけれど、騙し討ちみたいに知らない単語が出てくる。隼百の使う単語も先方に通じない時がある。

 この間は会話の流れで出た『名誉アルファ』という単語がわからなくて、意味を聞いたら残念な子を見る目を向けられた。ベータで優秀な人をそう呼ぶのだと説明され、「要は名誉白人と同じか」 と言ったら理解されなかった。

「肌の色で人を差別するだなんて、随分と幼稚な世界から来たんだね。お前みたいな野蛮人は黒のアルファ様にひり潰されるよ」
 とのこと。
 どうやら肌の色の問題は元の世界に比べて深刻ではないらしい。犬で言うなら犬種の違い程度の扱いみたい。
 それは、とても良いことだ。

 けど差別が無いわけじゃ無いんだよな……。

 つらつらと考える隼百が惠崎に連れられて階段を降りると、職員達には一様にどこか白けた空気が漂っていた。
 屋上へ行けと指示される直前まで皆、慌ただしく走り回っていた筈だ。イベント前特有の緊張感でピリピリギスギスしつつもその表情にはどこか祭りのような華やかさがあったのだけれど。

 今、並んでいるのは不景気顔。

 苛々している人、脱力している人。その表情は様々だけど。
 白々しい空気が漂う中、一番下っ端が発言できるような雰囲気ではないし──この職場は何故か年齢層が高くって、隼百も若手扱いだったりする。ここで自分の主張を通すような隼百でもない。

 迎えにきてくれた惠崎さんは別部署の人だ。隼百が消えた、とちょっとした騒ぎになっていたのが耳に入ったらしく、心配して捜しに来てくれた良い人。
 別部署の彼女と縁が出来たのは、喫煙仲間だからだ。
 異世界人のベータでも普通に親しく接してくれる数少ない中のひとり。

 ついでにって事で休憩に誘われた。
 受付棟の側にある喫煙スペースに移動すると幾人か先客がいた。
 彼らも虚無顔で煙草をふかしてる。

「おー、えざきっちとハズレ君じゃん。元気か? おらァフラフラよ?」
 嫌煙家が主流の世の中、肩身の狭さで同族意識が働くのか、社内でも喫煙所で知り合った人達は割と隼百に友好的だ。一本分け与えてもらって嬉しい。

「ねえねえハズレ君って医者じゃないよね? なんでいつも白衣着てるの?」
「はあ? んなの着てるかァ? 見たことねえよ」
「普段着です」
「この人、喫煙所じゃ身につけないもん」
 発言にまとまりはない。
 ちなみに隼百はハズレのベータで召喚されたからハズレ君との愛称を頂いている。

「屋上に藤崎さんの姿が見えたって誰かが言ってるのが聞こえてね、一応確認したら居たから驚いたよ。だって鍵かかってるんだもん。全く、誰よ。どうして人がいるのを確かめずに施錠しちゃうかな」
 惠崎の台詞に思わず反省する隼百だ。
 善人は誰かが悪意を持って鍵を閉めたとは考えないらしい。
 うん。善人にはなれないな。オレ、迷わず疑ってた。
 けど──隼百はこういう勘を外した事が無い。

 ふと気になった事がひとつ。
「ところで屋上に見えたのって、オレの姿だけですか?」
「他に誰かいたの?」
「いえ誰も。それより皆さん、やけに疲れてるけどどうかしたんです?」
「どうしたって……え、知らないの?」
「藤崎さんも朝からずっと屋上にいたわけじゃないよね?」
「はい。朝からじゃないです」
「ハズレ君は屋上にいたんか? あすこの喫煙所ってまともな日よけも無いから不人気だぞ? ……ははァ、つまり穴場か。ズりぃなァ。おれだってずっと屋上に隠れてたかったよ」
 死にかけていたから良くは無いんだが、黙って話を促す。
 惠崎が言う。
「来るはずのVIPがいくら待っても来なかったの」
「VIPって……」
 誰が? と聞こうとして思い留まる。答えてもらったところで隼百はこの世界の人間を知らない。
「凄く有名なアルファさんなんだよ」
 それを察してざっくばらんに教えてくれる惠崎さん。
「アルファさん……」
 言い方がこう、『天神さん』みたいな日本の神様っぽい響きである。

「あのおかた、いらっしゃるって打診があったのも突然だったんだよなァ」
 と喫煙所にいる人達も合わせて解説してくれる。
「アルファさんが来るって聞いてから市やら県のお偉いさんが慌てふためいて出張ってきてなァ。はあ、そいつらの接待からして面倒だわ横槍の指示で出迎えの式典やらが急ピッチで準備されてさァ、パレードの交通規制まで入ったのにドタキャンだもん。もう地獄のスケジュールでヘトヘトよ」
「副支配人なんてアルファはいつも人を振り回すとか喚いて下の人間に当たってくるし。振り回すのはおめーもだよ」
 なんか煙と共に口々に愚痴が吐き出されてくる。
「つまり皆、少ない時間で必死に歓迎の準備したのに達成感は無い。ってのが今の状態ね」
 惠崎さんが纏める。
「なるほど」 VIPの来訪に浮かれて歓迎準備をしていたのに彼は直前になって行き先を変更したらしい。「で、そのアルファさん、どんな用事でここに来る予定だったんです?」
「さあ? わたしは知らない」
「キャンプするんじゃなかったのか?」
「おらァ野外コンサートの打ち合わせかと思ってたな」
「コンサートは無いだろう。テニスか野球?」
「なんでそれでこの田舎まで来んだよ。ドッグランでの犬の散歩?」
「同じだろ。なんで田舎に来る? 犬飼ってるかも知らんし。あとはマリンスポーツ? 水族館?」
「どれも特別、ここまで来る理由では無いな。うちの施設、ショボいし」

 ──誰もアルファさんの目的を知らないらしい。

 隼百が呆れていると、何を誤解したのか、
「言っとくけど暇じゃないからな。ほんの休憩だから。おらァ部署に戻ればデラ忙しいんじゃ」 と言い訳を始める男。「もうな。VIPの歓待が最優先で進められてたおかげで通常業務が滞ってんだよ。少しはこっちもねぎらってくれっての」
「うん、お疲れ様です」
 素直に労う隼百に、男は目を見開くと、くすぐったそうに頬をかいた。意外と嬉しそう。

「でもほんと、爲永ためながさんには振り回されたよねえ」
 プカリと煙を吐いて、惠崎さん。
 ──爲永というのがアルファさんの名前か。

 しかし、聞いてるとそれはアルファに振り回されたって言うより……。
「勝手に空回りしてただけなんじゃ?」
「それ言っちゃう?」 あーあ、なんて言いながら惠崎さんは面白そうな顔してる。「空回りもするよ、一般人は。なにせ相手は協会のトップで伝説だし? 田舎じゃアルファ自体見たことない人だっているの。彼に会えなくて気落ちしてる職員も多いんだから」
「そりゃおれだな。おらァはじめて見るアルファならあのお方が良かったんだがなあ」
「あー有名人って会いたいですよね」
 隼百の適当な相槌に、
「ちょっと違う」 と惠崎さん。「皆が彼に会いたいと願うのは、ただ有名だからじゃないよ。始祖だから」
 ?
「始祖ってなんです? 教祖みたいな?」
 でもよく耳にするのは『協会』であって『教会』じゃないよな? 隼百が疑問符を浮かべてる間に彼女が言う。

爲永ためながさんはこの世界のアルファなの」

「それは……」 どことなく神妙になった空気に隼百は慎重に聞く。「凄いんですか?」
 そのドコが特別なのかわからない。

「唯一の、この世界出身のアルファって言えばわかる? 今いる他のアルファ達は全員、異世界人か、その二世なのよ。彼以外は居なくなってしまったから」
「え……アルファってそこまで減ってたんですか?」
「そうさ。俺らの世代なんざ、長いことアルファが不在だったんだぞ」 年配の一人がしみじみと言う。「今になってみりゃ、アルファが支配していない時期ってのは最低な環境で生活してたわなあ」
「だから、なんて言ったら良いのかな。うちらベータにとっても爲永さんってうちのアルファさんって感じで特別なのよ。身内贔屓っていうのかな」
「ハズレ君はなんっにも知らないんだなあ。じゃ、これも知らねえか? 召喚事業をはじめたのはあん人だよ。だから始祖って呼ばれてる」
「へえ」 そういえば最初に聞いたな。アルファとオメガは絶滅寸前だったって。でも、「……どうして」

 何に対してどうして、と聞いたのか隼百自身、分からない。

「……これはあんまり言っちゃいけない話なんだけどな」 興味を惹けたのが嬉しかったのか、男は笑って内緒話のように声をひそめる。「自分の運命のつがいのオメガを呼ぶ為なのさ。アルファさんは運命の番を亡くしてる。てめえの運命が死んじゃったから、替わりの運命の番を招くべく召喚を始めたんだ。んな都合の良い事が出来るかどうかは知らんが」

「出来ない結果がこれなんでしょ」 と惠崎さんはバッサリ。「彼の召喚が失敗するから、別の運命の番達が来ちゃうわけ。それが運命の番を呼ぶための召喚式だからね。召喚された他のアルファ達はちゃんと、自分の運命のオメガを喚べている。だけど、爲永さんだけは最初からずっと失敗し続けてる」

「へえ。そういう仕組みなんだ。えざきっち詳しいな」
「ワイドショー」
「女の方がゴシップ詳しいよねえ」
「ま、おかげでアルファの数が戻ってきたんだから失敗も結果オーライだな。原始的な生活に戻りたくないならやっぱアルファがいなきゃなあ」
「……」
「興味ねえか? ハズレ君は屋上でサボってた位だから自分には関係ないって感じかァ? ……大丈夫か?」
「はい?」
「うん。ハズレ君、顔色悪いよねえ」
「大丈夫ですよ」
「……ねえ。藤崎さんって、いつから屋上にいたの?」
「え? 出迎え準備の時から、かな」
「朝じゃねえか!」
「大丈夫です。朝じゃなくて昼でした」
「はあ? 昼だあ? ハズレ君、いま夕方だぞ? おらァ屋上でサボりたいとかほざいたけど冗談だぞ? 何時間もこの炎天下に晒されるなんざ、無謀だ。なにやっとんじゃ」
「あはは。ひとりだけモタモタしてるのが邪魔だったみたいで。鍵閉められたんですよね」
 喫煙室の面々が顔色を変えてしまったので軽く言ってみた。
 が、逆効果だった模様。
「医務室」
「はい?」
 煙草を揉み消し、隼百の腕を引いて歩き出す惠崎。
「なんで呑気に煙草吸ってんのよ。医務室行くよ。あそこなら、せめて経口補水液があったから。身体は……暑くなってないね。ちゃんと汗かいてる?」
「大丈夫ですよ」
 大丈夫。おんなじ台詞を繰り返しながら、隼百はずっと、考えてた。

 ──ひとりの男のエゴで、周囲の全てを巻き込んではじまった異世界召喚。
 巻き込まれた自分。
 増え続ける運命の番。
 書き換わっていく、世界。
 こんな茶番を、いつまで続けるつもりなんだろ? 彼の、新しい運命が見つかるまで?
 過去とは違う、新しい運命のオメガ。そんなのに彼はいつか出逢えるんだろうか。

 悪いのは肺なのに、なんでか心臓が痛い。

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