絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

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本番ではありません

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まどかは普段どんな生活をしているのかな。君の暮らしぶりが知りたい」
 そうモアサナイトが言った。

 生活とは?

「部屋は見たとおりなんだけど。……えー? 異世界の魔王様が見て面白いものなんてないよ?」
 なにかを探すにしても、あさるほどの物が無い部屋だ。
 生活って何を見せれば良いんだ?
「動じずに受け入れてくれる姿勢は有り難いけれど一応僕は魔王ではないよ円。それと、面白いものを探そうとしなくてもいいから普段通りでね」
 モアサナイトいる時点で普段通りじゃないよ。

「うーん……普段通りなら今は協会の医療センターで採血だけど」
「なに?」
「血を抜くんだよ。オメガの絶滅阻止のために俺もいろいろな検査をする必要があって。週一で仕事の後に病院に通ってる」
 ナイトの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「円……騙されてないか?」
「健康診断だよ。病院じゃなきゃ夕食かな。コンビニに行ってみる? でも先にナイトの服でも調達しないと無理か。コンビニじゃ揃わないし……あ。仲嶋ならいけるかな」
「円」
 スマホ操作しようとしたところをやんわりと手をつかまれて止められる。機械を見てみたいのか? と渡してみるとチラとだけ画面を眺めて返してくれる。

 モアサナイトは軽く溜息。
「着替えれば良いのか?」
「うん。その鎧は目立ちすぎるから表に出られないんだ。俺の手持ちの服じゃサイズが合わないし、ナイトに着せたいような良いのも持ってないから今、そういうのが得意そうな友人に頼んで調達を──」

 ぱっと室内に雷が落ちたような青白い光。

 次の瞬間には鎧ではなくスーツを身につけたモアサナイトがいた。
「これで良いかな?」

 ナイトが着ているのはどこか見覚えのあるスーツだ。
 ……似合うけど。思った以上に似合うけど!
 なんだそのチート!? 大概の異常に慣れたつもりでいたけど、そうでもなかったわ。

「円? 可愛いな。固まってる」
 頭を撫でられる。
「……魔法少女デスカ?」
「一応、魔王でも魔法少女でもないよ」
 そしてどこから意味を拾ってくるのかそういう単語。
「正直は気に入らないが、一時しのぎにはなるからな」
 自分で着替えた癖に、モアサナイトは不満げだ。というか不愉快そう。眉間に皺が寄っている。
 一見するだけで吊しじゃないのがわかる、仕立ての良いスーツなのに……対応力すごいな。そんなに不機嫌そうにしなくても、
 ──ん? ふきげん?

 嫌な予感が沸き起こる。
「ナイト……その着替え、どうやったんだ?」
 恐る恐る聞いてみる。

「転移の応用だよ。限定的に使えばこういうことも出来るんだ。実用的じゃないし疲れるけどね」
「そうなんだ。さすがにから作り出すわけじゃないよな。──誰の服?」
「もちろん、効率が悪いからいつもこんな着替え方をするわけじゃないよ。今回だけは特別だ」
「ナイト、誰のスーツを脱がして盗ったの?」

「……どうしてわかったのかな?」

 見覚えあるからね。
「……返してあげた方が良いんじゃないかな」

 モアサナイトはふい、と視線を外す。
「これぐらいの報復は許してくれ。円を傷つけた分には全然足りてない」 肩をすくめる。「それに、もう遅いな」

「あああもう爲永ためながさんごめん!」

 全く反省する気のないモアサナイトは怪訝な表情で首回りをいじっている。首が締め付けられるから違和感があるんだろうけど。
 ネクタイを知らなくても結べてるってどうなってるのか──ってか、

「そもそもだった!」
 ハッとしてナイトに向き直る。
「どうした?」
「言葉はどうやって翻訳してるんだ? それとも同じ日本語?」
「ああ。僕が今使っているのは日本語だよ。正確には翻訳とは別物になるけれど。……そうだな。わかりやすく言えば、言語諸々を脳にインストールしている」
 いんすとーるて。
「……例えも出来るなんて汎用性高いソフトだね」
「言葉は会話で常にアップデートしていけるから対応もし易いよ。問題なく使えてるように見えるだろう?」
「う、うん」
「けど所詮、これは急場しのぎだ。実際に触れてみないと本当には理解できない部分も多い」
「ふーん? じゃあ使えても理解はしていないって単語もあるんだな」 魔法少女とか。「だから俺の生活が見たかったのか」

 ナイトは否定も肯定もしないで微笑む。
「円の住処を見せてもらえたのはとても良かったよ。どういう扱いなのか、大体わかってきた」
 あつかい?
 翻訳では訳しきれない部分があるのか早速、意味が通じない。まあいいか。
「それじゃ着替えたし、買い物に行ってみようか?」

「今日は良いよ。それより円」


 ◇ ◇ ◇


 向かい合わせで座ってる。

「まずアルファがオメガのうなじを噛むことでつがいになるということまでは知ってる?」


 指導の時間です。

 チッコチッコチッコチッコ。

 時計の針が動く音がやけに耳に響いてくる。
 かたや進化した文明からやってきたアルファ、かたや絶滅危惧種の残念オメガ。
 進化したアルファから見れば、自分はオメガとしての知識が乏しすぎる、というのは自覚している。
 ナイトはもどかしいだろう。
 本来なら当然知っているべきことを、無知な自分には余計な手間をかけて教えなきゃいけない。

「……わ、わかってる」 なのでせめて前向きに行ってみようかと思った。「いますぐする?」
「……」
 モアサナイトが固まる。

 チッコチッコチッコチッコ。

 アナログ時計は最初の会社に入社したときに記念品で頂いたものだ。

 掌サイズなのに、目覚ましとして使うと付近一帯に『ガリン、ガリン、ガリン』とサイズに似合わない爆音が轟く。おかげで近所迷惑がこわくて目覚ましが鳴る前に目が覚めるという優れものだ。
 当然、目覚まし機能はオフにして使ってる。

 なんて考えに浸るくらいには時間が経過した後に、

「それは、発情期にするんだよ。じゃないと意味がない」 ようやくモアサナイトが声を絞り出す。「円のヒートの周期は? 次はいつ頃かな」

「……」

「円?」
 俺、静止。

 チッコチッコチッコチッコ。
 
「その」 そろそろと片手を上げる。「ごめん俺、発情期、無いんだ」
 ナイトがわずかに眉を寄せる。
「それは……どういう意味かな?」
「だから俺はヒートの経験、無いんだよ。この世界のオメガにはヒートがなくなってるから」
「え? いやそんなはずはないよ、だってあの反応」
「あーその……オメガからヒートが消えた原因ってのが、世界にアルファが殆どいなくなったから、なんだよ。だから、ナイトがいるならもしかすると俺はヒートになる、のかも……しれない」
 尻すぼみになる。歯切れが悪い俺の答えにナイトが考え込む。 

 膝つき合わせてなにやってんだかな。さむい。

 実際に寒いわけじゃないんだけど、ここにいても良いのか、分からなくなるような居心地の悪さがある。自分の部屋なのに。
「なんか」
 わざわざ異世界にきたのに、期待してたメイトがこんな有様で、っていう相手の心境を考えると胃が痛くなってくるんだけど。

「ってそれで抑制剤使う意味あったの!?」
 考え込んでたナイトが急に起動して勢いよくこっち向く。
 そこ?
「え。意味はあったよ。くらくらしなくなったし」
 どきどきはするけど。
「……くらくら? それはヒートとは違うのか?」
 困惑の表情も見惚れるけど……このモアサナイトの反応から見て、自分が常識外れなことを言っているのがわかってまた少し凹む。
「どうだろ。俺ナイトにしか反応した事ないからよくわからないや」
「え」

 でも、そっかー……。自身の異変が怖くてつい抑制剤を奪ってみたけれど、そもそも飲んで収まったならあれが発情だったのか。
 といまさら思い当たるあたり、後先考えてない。

 ナイトは戸惑ってる。参ったなあ。俺がもっと普通にできていたら良かったんだろうけど。
 どうすればいいのかわからない。
 ……仕方ないじゃないか。まわりにオメガいないし、比較もできないし。

「爲永は?」

「なんて?」
 ナイトが言った単語が理解できずに聞き返す。
「タメナガサン。爲永だよ。アイツに当てられて、円はヒートにならなかったの?」
「ないよ。トルマリンさん相手でも平気だったし」
「……他のアルファに反応しない?」
 再び考え込むモアサナイト。

「運命の番だから? わかんないけど。俺、ナイトにしか発情しないよ」
 根拠はないけど確信はあるからきっぱりと言う。
 するとモアサナイトが動揺しはじめた。
「そ、そうなのか? しかし……けどそうか。オメガの生存本能なら極限状況では対象を絞る、か?、と考えれば」

 あ。この困惑しつつも尻尾ぶんぶん振っている感じ、可愛い。

「あ、そうだ。そしたらもう、ナイトが俺のうなじ噛む必要もなくなるよな」
「いや必要! それは必要だから!」

 明るい気持ちになりかけていたのに速攻否定された。

 我慢します。
「わかった。やろう。でもまず俺がヒートにならないとはじまらないんだよな。まだ無理だね」
「……」
「やっぱり今日は買い物行ってみようか?」
 せっかくスーツ着てるなら外を見せたいし。
 けれどモアサナイトは一向に立ち上がろうとしない。

「……円は成人しているよね」

「も……もちろん」
 なんとなく圧を感じて、座りながらずりっと一歩下がる。

「なら、ただヒートになるのを待つだけじゃ駄目だよ。円は遅すぎる。少しずつでも練習して慣らしていく必要がある」
 厳しいんだけど。

 練習いやだ。ほんとは儀式やりたくない。

「でも俺、ナイトと一緒に居たら自然とヒートになるんじゃないかな? メ、メイトだし。このまま自然にまかせてもいいと思うんだけど」 指を組み合わせて胸の前に。首をちょっとだけ、かたむける。潤んだ目を意識して相手を見あげる。「駄目?」
「……駄目。本来のオメガならとっくにヒートになっている年齢なんだ。放っておいたら体調を崩すかもしれないよ」
 ちっ。せいいっぱい可愛くふるまった渾身の泣き落とし、通用しないね。

「ところで円、その色仕掛けはドコで習ったの?」
 バレてた。

「あはは。友達にね。困ったときはこれをやれって、特訓された事があってさー……」 空笑い。「あまり身にはならなかったな」

 つまり困ってるんです。逃げたい。

「……何を仕込まれてるんだか」
 心底呆れたって声を出す。
「俺、友人には恵まれてるんだよ」
 彼らを思い出して笑う。なにも持たない自分の唯一の自慢は友人達だ。
「知ってるよ」 モアサナイトは短く溜息。「どうせ癖の多い友人が多いんだろ」
「なんでわかるんだ」
「オメガはそういうものだからね」

「……オメガが?」
 俺じゃなくて、オメガが。

「ねえ」 どこか冷たい口調でモアサナイトが笑う。「当てようか。円の友人って元々は性質の悪いタイプが多いんじゃないか? けれど今は改心しているような」

「……」

「オメガは近しい人たちの状態を整えるんだ。短所を長所に変え、長所はより強く。君の影響を受けて、彼らは自らの才能を表に引き出していく。──だからかな。最初から良い人間よりも、そうじゃない奴の方がオメガに惹かれて集まり易くてね。これもオメガの才能なんだ。……わかるかな?」

「……わからない」

「円?」
「俺は、そんなに立派じゃないよ。だって俺、ナイトの知ってる正しいオメガとは違うし」
「え?」
「だってまともにヒートにもなったことない、って普通じゃないんだろ? そっちの世界が正しいなら俺は、オメガとして欠陥がある」
「え? ないよ。全然、そんなことない」
「きっともう滅びるだけだから退化してるんだよ。せっかくさがしてくれた番なのに俺、ナイトの期待には添えない。悪いな。駄目なオメガで。嫌なら」

「ごめん!」 台詞を遮って叫ばれる。「ごめんなさい僕が悪かった!」

 びっくりした。

「いや、そんな必死に謝らなくても……ナイトが謝る必要はないだろ」
「おかしいな? 追い詰めるつもりじゃなかったんだけど、おかしい。この俺が」
 ブツブツ呟いている、そのモアサナイトこそがおかしくて苦笑する。
「動揺しすぎだって。どうしたの」

「するよ。動揺するよ! 誤解なんだ僕は円を責めたんじゃないんだよ!? 嫉妬しただけだからね!?」

「へ」
 勢いの台詞に虚を衝かれてぽかんとする。
 嫉妬。
「どこに。なにを」
 そしてなんでそんなに必死なんだ?

「だって円、友人のことを話す時、嬉しそうじゃないか。しかもそいつらは僕の知らない円を知ってる」 息を吸って、吐いて覚悟したように言う。「あと僕は君にれたいんだ」

「……はい?」

「あわよくばさわりたい。いつでも」

「あ……うん? うん」
 なんのはなし。
「ヒートの経験がない君が心配なのは確かだよ。けどチャンスだとも思ってる」
「……ちゃ……?」
「ヒートの練習を一緒にすれば僕は堂々と円にさわれるからね」
 ぐいぐい来る。
「え、れんしゅう。そういうのなの?」
 なにを?
 なにをどうしたら練習?

「ねえ円。無知を嘆かないでよ。言っておくけれどね、円がなにも知らないのは控えめに言って最高だよ!? それを番に教える愉しみがあるなんて、天は僕を見捨てなかったと思ってる」
 いや。なにを巫山戯ふざけているのかとナイトの顔を見てみれば、きりっとして大真面目だ。
「や……そんな下世話な神はいないんじゃないかな」

 あまりのに酷さに肩の気が抜ける。それで良いのかよ王子様キャラ……全く。
 おかしいの。
 アルファが欲望丸出しって──恥ずかしくないのか? アルファってもっと体面を気にする生き物じゃなかったのか?
「恥ずかしくても全然困らないよ。 体面? そんなもの、後生大事に守るものじゃないよ。僕はメイトを泣かさない方が大事だ」
「ごめん俺、心の声が漏れてた」
「そう? 円のは可愛いものだよ。僕の心の声が漏れてなくて良かった。欲望まみれだからね」
 耐えきれなくなって噴き出した。
 そっぽ向いて笑う俺に、ナイトは明らかにほっとした様子。

「円、おいで」
「うん?」
 手を引かれて腰を抱き寄せられて、すいっと目尻を拭われた。
 目からほろりと溢れた水を、長い指が受け止める。
「……」
 今、噴き出して笑ったせいだ。
「あの……別に泣いたわけじゃないから」
 ふ、とナイトが微笑う。水滴ついた指を嘗める。目を見開いた俺に、
「円」 水色が覗き込んでくる。「キスしていい?」
「!?」
 脈絡は!?
 心の中で突っ込んだ時にはもう唇を塞がれていた。

 半分諦めて目をぎゅっとつむる。まあ、一度も二度も同じだし。
 あ。しまった。
 目を瞑るのと同時に無意識に引き口を結んでた。かといって解くタイミングもわからない。困っていると、角度変えてちゅ、ちゅと口吻が落ちる感覚。

 うすく目を開くと愉しそうな視線と目が合った。水色を睨む。
「……返事、言ってないんだけど」
 さっきと違って本気で怒っていないのがわかるのだろう。嬉しそう。
「覚悟は出来たでしょ?」
 もー……。相手の肩にぐりぐりと頭を擦りつける。
「俺もナイトに触れてるの、凄く気持ちがいいけどさ」
 どうしてくっついているだけで幸せになるのか、不思議だ。自分が猫だったらきっとゴロゴロ喉を鳴らしてる。
「……嬉しいけれど違うなあ」
 呟くナイト。

「違う?」
「そう。円はもっと僕に興奮してよ」
 そんなん理由でがくりと肩を落としているのが、可笑しくてくくっと笑う。
「どうやってだよ」

 ちょっと考える間があった。
「じっとしてて」
 ずぼっと脇腹から裾をたくし上げて手が入りこんできた。大きなてのひらが直接背中を撫でる。
「ナイト?」
「お許しが出たからね」
「お許しって」
 許したか? なにを? 考えてる間に膝の上に座らされる。向かい合わせで。

「円はどうやるか知りたいって言ったよ?」
「そこまで言ってない」
 けどナイトはシャツの前もまくり上げて、とても楽しそう。
「逃げないなら一緒だよ」
「……」 溜息。いいけど。あまりにストレートに欲望を訴えられて、抵抗する気も起きない。「でもナイトも抑制剤使ってるから発情はしてないんだよな?」
「関係ないよ。覚えておいて。僕はいつでも円に欲情してる」
「……えっと、はい」
 しれっと何を言うんだ。
「アルファが抑制剤を使うのはオメガを傷つけないようにするいましめだよ。お守り代わりだね。最後のラインを耐える為のもの」
 ああそう。これは最後のラインじゃないのかー。

 許したからってナイトはここぞとばかりに触ってくる。
 今は胸の突起をいじっていて、楽しいのか? 俺なら筋肉とか触りたいけど。……触り返そう。
 腕に触れてみる。堅い。どうなってるんだ。

 それはそうとスーツの手触りが良くて、ごめんなーと半笑いで思う。そんなに怒ってないといいけど。通常怒ってる人だからなあ……。

「円はここ、どう感じる?」
 ナイトは相変わらず人の乳首のあたりを触ってて、聞かれても。
「……巨乳じゃなくて申し訳ない?」
「なるほど」
 まあ、やたらと機嫌が良いのは何よりです。

 首筋にそっと触れられて、あれ? と思う。
 ぞくぞくするけど、それは不快じゃない。

「円? なんで笑ってるの?」
「俺そこ、ナイトに触られるのは平気だって思って」
 ぴく、と相手の動きが止まる。

「もしかして……まだ他に、噛まれたこと、ある?」

「……儀式? たぶん二桁もやってないけど」
 なんとなく答えをぼかす。
 覚えていたくないから忘れたし。
 あまりこの人に知られたくないと思うのは何でだろう。顔を見たくないから胸に頭を押しつける。
「……うなじ噛まれるの、苦手なんだ。悪いって思うのに、どうやってもいつも吐いちゃって。それで失望されるんだけど」
「……いつも」
 やけにかすれた声でナイトが繰り返す。

 あの、弱点を晒す感じが嫌だ。裸にされた時のような情け無い気持ちと、噛まれた瞬間の理由のわからない絶望──それがどれだけ嫌なのか、誰かにうまく説明出来た試しはない。

「だから頑張るけど……吐いたらごめんな?」
 この相手がメイトだって、番だって知っている。そう思うのに、ナイトは今までと違うってわかるのに、繰り返される行為のせいでトラウマの方が強い。
 ネガティブだよなあ。
「……」

 ガリッ、──身体の芯まで音が届いた。

「──」 うなじ。いま、首の後ろを噛まれたんだと自覚したけど声も出ない。「!?」
 ぴくんと痙攣して下半身に一気に血が集まって、救いを求めてナイトを見る。水色の瞳が酷薄に細められる。
「な」
 なにしたの。

「円、気持ち悪くはなかった?」

 ふるっと震える俺を見て、モアサナイトは嬉しそうに笑う。──気付かれた。
「よかった。ちゃんと感じてくれたね」

 ちょ、力すごい。なけなしの抵抗も空しく、
 ずり、とズボンごと下着を膝まで降ろされ露わになったものに目を見開く。なんで。
「ピンク色。信じられないな。初初しい」
「解説いらないから!」
 なんで凝視すんだよ!?
「……すごく可愛い」
 感嘆の溜息。台詞が失礼。すごく失礼。
「も、見るな」
 ちゅ、うなじに唇を落とされる。その、僅かな感触からぞくりと嫌悪と全く違う震えが走る。止まらない。どうしよう。動けない。やばい。
 ──動いたら漏らすっていう危機感で。
「つらい?」
 コクコク頷く。止めて。ほんと止めて。
「うん。じゃあ出しちゃおうか」
 なのに、とんでもないこと言われて思考が追いつかない。中心のそれを掴まれた。
「だ、だめ」 意外なくらい優しくやんわりと包まれる。と思ったらきゅ、と根元だけ締められた。「ヒッ」
「いいね。すっぽりと僕の手の中に収まるサイズ」
 うっとり言う馬鹿。
「もっ、へんた……いやっ、やっ止めて止めて」
 訴えを無視して煽られる。なにこれ、こすられてるの? モアサナイトの指がなまめかしくうごめいてるのが視覚に悪い。
「円はここ、こういう風にされるのは好き?」
 知らない。何されてるのかもわかんない。
「ふくっ」ぐりっと先端えぐられた。「やっ、やだあっあっ、……う」
 ……なんか出た。ぴゅ、と白いの。脱力する。

 み、見られた。しかも掌に受け止められてる。
「良かった」 首に唇をつけたまま、喋るな。「円、気持ちいいね」
 涙ぽろぽろ出て泣いてるのに止めてくれない。
「よ、くない! ばか!」

「たまらないな……」 はあ、とやけに熱い息が首に吹きかかってひくり、と震える。「かわいい」
 聞いて。この馬鹿。

「さ、ヒック、さわ、触らない、でって言った、俺」
「すごい、きれいだよ」 どこを見て言ってるか。「円はいつもどうやって自分で弄るの?」
「弄んない」
「恥ずかしがらないで良いよ。自慰しない男はいないからね」
「男だもん」 ぼろぼろ泣く。「でも触んないよばか」
 なんかもう、我ながら台詞が支離滅裂だ。もうやだ。

「うーん。先に進みたいけど……罪悪感が邪魔をするなあ」
「じゃ、手ぇ離して。離せよ」
 返事はちゅ、と目元にキス。涙ごと嘗められてたまらず目をつむる。
 ──と、再びゆるゆると扱かれる感覚。また下半身に血が集まっていくのがわかる。がっちり肩を支えられてて、急所は握られてるし、逃げ場ないし。精通はじめてで慣れてないから簡単に追い詰められる。
「あっうっやっ、だっ、てば、ばか」
「だいじょうぶ。円はオメガなんだから。ちゃんと僕についてこられるよ」

「──」
 ぎりっと、相手の手の甲に思いっきり爪を食い込ませた。

「痛い痛い」 全く効いてなさそうだけどな! 「どうしたの。どこで怒った?」
 モアサナイトがおろおろする。

 ……本気で怒った時だけ、伝わるの、ムカツク。ぎっと相手を睨む。
「オメガならって、他のオメガにも同じ事してたのか?」

 と──ぶわっと圧が強くなる。圧、ってか。溢れたのはナイトの感情だ。……え。なんで嬉しい?
「嫉妬してくれたんだ」 感極まったように、抱きしめられる。「でも心配しないでよ。僕が欲しいのは君だけだ。他はいらないからここに来たんだよ」

 そんな崖っぷちの台詞をどうして幸せそうに言えるのか。困る。

 ──言っちゃなんだけどこの人、性格に難がある。
 外見と柔らかい口調に騙されたら駄目だと思う。ぜったい王子様よりも魔王寄りだ。
 こんな性格破綻者の相手ができるのは俺しかいないと思うし、それが嬉しいのが腹が立つ。
 気づけば俺だけ全裸だし、腹立たしい。──頭に血が上っている。だって、なんで俺だけ恥ずかしい思いをしなきゃならないんだ。
 ナイトも脱がせば良いんだよな。脱がそう。
 据わった目で目の前のスーツを剥がす。ネクタイを解いて、シャツのボタンをプチプチと外してく。モアサナイトは人の行動を物珍しげに眺めてる。

「この服はそうやって脱ぐんだね」
 本人が協力的であっさり脱がせられたので、達成感はほとんど無かった。
 そして、自分が剥がしたくせに後悔した。

 敗北感。

「どうして円は服を着ようとしているの? 着替えの見本?」
 落ちたシャツを拾って羽織って項垂れ気味にプチプチとボタンをはめてると、首を傾げられた。ちっ。
「見るなよ」
 相手と比べて貧困すぎる自分の身体が恥ずかしくなった。
 ──とは言いたくない。引き締まった筋肉ずるい。

 つーかこのシャツもデカいな? 肩幅足りてない。布が余ってる──と、途中で手を掴まれて、腕を止められてボタンがぜんぶ留められない。

「それは着ないでくれる?」
 低い声。

 とん、と前から押されて仰向けに転がされた。覆い被さってくるナイトを視線が絡む。
 ……また危ない目をしてるし。なに? スイッチなに? どこで入った?
「ってボタン飛ばして脱がすな! もったいない!」

「ごめん。めんどう」

 もーこの人。

 ……あれ?
 目の前に揺れるモノに見覚えあって、手を伸ばしてつかむ。

 さっきまでは背中側に回っていたのか、それは爲永さんのペンダントだった。
 一緒に連れてきたんだこれ。

 ペンダントトップはよく見てみれば金属のロケット。

 横から手が伸びて、掴んだそれを奪われる。
 モアサナイトは片手でペンダントの中身を取り出してあらためる。
「ふうん」
 面白くなさそうに呟く。

「……ナイト? それなに」

「日本語で? 第七頸椎棘だいななりゅうつい──首の骨の一部だね」
「ほね」

「これは人の骨だよ」

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虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

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