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第二章 二人の距離
2.名字と名前
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「あ、でも」
動揺してすっかり忘れていた事を思い出し、私は慌てて顔を上げた。
「お祭り、真由美とも一緒に行こうって約束していたよね」
土曜日曜と開催されるのであまり気にはしていなかったけれど、それなら真由美とは日曜日に行けばいいかな?
そう聞きたくて話を振ったのに、意外にも真由美はぶんぶんと頭を振ってそれを否定した。
「あずさ、なにのんきなこと言ってるの。こんなとこで変に私に遠慮して、女の友情なんか取っちゃ駄目よ!」
「え、そうなの?」
「せっかく小林君が誘ってるんだもん。みすみすチャンス逃す真似するのは馬鹿だよ。私だったら久美とかエンちゃんとか、バスケ部の子達にもお祭り誘われてたしさ、あずさと行かなくても大丈夫だから」
そこまで畳み掛けるように力説してから、突然はっと気が付いたように真由美が表情をこわばらせた。
「でも、あずさに付き合う気がなかったら、別だけど。倉沢君は、いいの?」
「は? 倉沢?」
突然俊成君の名前を出されて、思わず繰り返してしまった。
「なんでそこで倉沢が出てくるの?」
本気で分からず首をかしげる。
「いやだから、その倉沢って他人行儀なのも変だしさ。幼馴染なんでしょ? いいの?」
じれたような真由美の、でも全然的外れな指摘に思わず笑い出してしまう。
「真由美ちゃん、それ言ったらあなたと私の方が幼馴染度合いは高いよ。何たって小学校から中学まで九年間、ずっと同じクラスだし」
「けど、倉沢君とは私んちより家近いじゃない。仲良いんでしょ? なんでそう人前ではよそよそしいのよ」
「よそよそしいって……」
自分達にとってはごく自然なことなんだけれど、人にとっては不思議に思えることが時々ある。私と俊成君は気が付くと、人前ではお互いの事を苗字で呼び合うようになっていた。多分、小学二年生の時の出来事、私をちゃん付けで呼んだ俊成君がみんなの前でからかわれたあの事件が基盤にあるんだとは思うけど、それ以外にも思うところはある。
『俊成君』とか『あず』とか、要するに他人に聞かれると恥ずかしいんだ。しかもその恥ずかしさは恋愛のような甘いものじゃなくて、もっとなんか、テレビの突撃レポートがいきなり晩ご飯中の我が家に入り込んだような、生活部分をのぞかれるような気恥ずかしさ。かといって倉沢『君』というのはなんだか逆に他人行儀な感じがして、気が付けばただの、倉沢。呼び捨てでおさまっていた。もちろん俊成君も私を人前で呼ぶときは、宮崎。呼び捨てだ。
でもどうやらこれは、私と俊成君の間でしか通じない感覚らしい。真由美はバスケ部で俊成君と一緒でなおかつ私たちを良く知っているだけに、この感覚が分からないと日ごろから言っていた。
「まあいいよ、よそよそしく思われても。それよりも私と小林君の話に、なんで倉沢が出てくるの?」
「いや、だからさ、やっぱり幼馴染としてさ」
「あの」
だから私と俊成君は、と言おうとしたら先に真由美にさえぎられてしまった。
「あー、やっぱりあんたは天然だわっ。で、どうするのよ? お祭り」
真由美、声大きい!
慌てて彼女の口をふさいでから小林君のほうを盗み見たら、しっかり彼と目が合ってしまった。小林君の口元がふっと上がって、それはまるで私達の会話を知っているんだよって言っているかのようだった。
うわ、顔から火が出そう。
「あの、行きます」
気が付けば真っ赤なまま、なぜか真由美に向かっておじぎをしている自分がいた。
動揺してすっかり忘れていた事を思い出し、私は慌てて顔を上げた。
「お祭り、真由美とも一緒に行こうって約束していたよね」
土曜日曜と開催されるのであまり気にはしていなかったけれど、それなら真由美とは日曜日に行けばいいかな?
そう聞きたくて話を振ったのに、意外にも真由美はぶんぶんと頭を振ってそれを否定した。
「あずさ、なにのんきなこと言ってるの。こんなとこで変に私に遠慮して、女の友情なんか取っちゃ駄目よ!」
「え、そうなの?」
「せっかく小林君が誘ってるんだもん。みすみすチャンス逃す真似するのは馬鹿だよ。私だったら久美とかエンちゃんとか、バスケ部の子達にもお祭り誘われてたしさ、あずさと行かなくても大丈夫だから」
そこまで畳み掛けるように力説してから、突然はっと気が付いたように真由美が表情をこわばらせた。
「でも、あずさに付き合う気がなかったら、別だけど。倉沢君は、いいの?」
「は? 倉沢?」
突然俊成君の名前を出されて、思わず繰り返してしまった。
「なんでそこで倉沢が出てくるの?」
本気で分からず首をかしげる。
「いやだから、その倉沢って他人行儀なのも変だしさ。幼馴染なんでしょ? いいの?」
じれたような真由美の、でも全然的外れな指摘に思わず笑い出してしまう。
「真由美ちゃん、それ言ったらあなたと私の方が幼馴染度合いは高いよ。何たって小学校から中学まで九年間、ずっと同じクラスだし」
「けど、倉沢君とは私んちより家近いじゃない。仲良いんでしょ? なんでそう人前ではよそよそしいのよ」
「よそよそしいって……」
自分達にとってはごく自然なことなんだけれど、人にとっては不思議に思えることが時々ある。私と俊成君は気が付くと、人前ではお互いの事を苗字で呼び合うようになっていた。多分、小学二年生の時の出来事、私をちゃん付けで呼んだ俊成君がみんなの前でからかわれたあの事件が基盤にあるんだとは思うけど、それ以外にも思うところはある。
『俊成君』とか『あず』とか、要するに他人に聞かれると恥ずかしいんだ。しかもその恥ずかしさは恋愛のような甘いものじゃなくて、もっとなんか、テレビの突撃レポートがいきなり晩ご飯中の我が家に入り込んだような、生活部分をのぞかれるような気恥ずかしさ。かといって倉沢『君』というのはなんだか逆に他人行儀な感じがして、気が付けばただの、倉沢。呼び捨てでおさまっていた。もちろん俊成君も私を人前で呼ぶときは、宮崎。呼び捨てだ。
でもどうやらこれは、私と俊成君の間でしか通じない感覚らしい。真由美はバスケ部で俊成君と一緒でなおかつ私たちを良く知っているだけに、この感覚が分からないと日ごろから言っていた。
「まあいいよ、よそよそしく思われても。それよりも私と小林君の話に、なんで倉沢が出てくるの?」
「いや、だからさ、やっぱり幼馴染としてさ」
「あの」
だから私と俊成君は、と言おうとしたら先に真由美にさえぎられてしまった。
「あー、やっぱりあんたは天然だわっ。で、どうするのよ? お祭り」
真由美、声大きい!
慌てて彼女の口をふさいでから小林君のほうを盗み見たら、しっかり彼と目が合ってしまった。小林君の口元がふっと上がって、それはまるで私達の会話を知っているんだよって言っているかのようだった。
うわ、顔から火が出そう。
「あの、行きます」
気が付けば真っ赤なまま、なぜか真由美に向かっておじぎをしている自分がいた。
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