石を喰む人魚の歌

櫻屋かんな

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その2

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「船首に人が立っていたわ」
「立派な着物。王子様みたい」
「もうちょっと近寄ってみる?」
「それじゃあ、みんなで行きましょう」

 姉たちの提案に、私は慌てて首を振る。

「六の姫がいるから駄目よ。まだ海上に出てはいけないのだもの」
「あら、今日はこの子の十五歳の誕生日よ。今日から海上に出られるじゃない」
「それは今夜からだわ。今は昼よ」
「みんながいるから、今こっそり行っても大丈夫じゃない?」

 なんてことのないように姉たちがそそのかす。

「でも……」
「五の姫、私も姉さまたちと行ってみたい。夜に一人で行く前に、みんなと海上へ出る練習してみたいの」

 私の手を握り、妹がそう懇願する。結局私も好奇心を抑えきれず、姉妹揃って岩場へと向かった。

 岩陰に身を隠し、船の様子をうかがう。ぎりぎり通れるだけの水深があるところを縫うように進んでいく船。そしてその船首に立ち、陸地を見つめる男の人。まだ若い彼はその姿勢や所作の美しさ、着ている服の華美なことから高貴な身分であることが見て取れる。

「素敵な人」

 思わずといった様子でつぶやいた声が、すぐ横から聞こえた。

「六の姫……?」

 その瞬間から六の姫の目には彼しか見えず、誰の忠告も耳には入らず、心は彼に占領されたようだった。空はそんな彼女の運命を暗示するように厚い雲に覆われてゆき、次第に風が強くなっていく。

 夜になり、嵐がやってきた。それにも関わらず妹は十五歳の誕生日の夜だからと主張して、海上へと向かって行った――。



「あの人のそばにいたいの」

 嵐の夜を越えた朝。妹は父王に懇願した。もちろんそれは即座に却下され、私たちも涙を流して彼女を止めた。

「それでも。それでも私は、あの人のそばにいたいの」

 馬鹿な妹。人間の男となんて、結ばれるはずは無いのに。

 止められれば止められるほど彼女は頑なになり、そして魔女の力を借りて人の姿になった。あれほど綺麗な声と軽やかで心地よかった歌を奪われ、代償として得たのは、歩くたびに苦痛を生じる二本の足。

 馬鹿な妹が愛したのは、愚かな男だった。

 誰に助けられたのかも理解をせず、別の女を思い込みから愛した、愚かな男。

 もどかしい思いを抱えたまま、私たちは見守るだけ。誤解と規制で歪んだ関係は破綻をきたし、結果、妹は泡となって弾けて消えた。

「六の姫……!」

 悔しくて、余りにも愚かしくて怒りがわいた。男にも、妹にも。

 父王はそんな私を見て、この海を去って別の場所に行くことに決めた。海に眠る遺跡はいくらでもある。海の世界を統べる父がこの海域にこだわる理由も無い。いや、こだわらないようにするために、この場所から離れることを決めた。

 私たちが去ったあと、海の住民に見捨てられた海は荒れ果てた。一方、妹ではない人間の女を選んだ愚かな男は、彼の地を統べる王となった。だが荒れた海を御する力は無く、やがて彼の地は捨てられて海に飲み込まれていった。

 そしてそれから時が経って……。


 

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