石を喰む人魚の歌

櫻屋かんな

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その3

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 私は久し振りにこの場所に戻ってきた。長く続いた父王の代は終わりを告げ、今は一の姫が女王となって海の住民をまとめている。伴侶を得て、それぞれの家庭を築いている姉さまたちと違い、私はひとり気ままに様々な世界の海を渡り泳いでいる。ここに来たのはあの時以来だ。

 当時喰んでいた遺跡は崩れてもっと深い海の底に沈み、あのとき地上だった場所が入り江となって、新たな遺跡が眠っている。そう。当時お城だったものが。

 どんなに歯がゆい思いをしても、決して海の住民が立ち入ることの出来なかった城の中を今、私は泳いで巡っている。気紛れに石を引っ掻き口の中に放り込む。そこに染み込んだ人々の思いが一瞬だけ揺らいで立ち上り、私の中で消化され、最後は気泡となって口から吐き出される。

 荒れた海への畏怖。どうしようもできないことへの絶望。人同士の疑心暗鬼。統治者に対する不信感。

 打ち捨てられた城には、様々な負の感情がこびりついていた。それらの気持ちを取り込んで、鎮め、昇華し、水面へと浮かび上がらせる。そんな作業を繰り返し、とある部屋の石壁の欠片を齧ったら、懐かしい声が聴こえた。

『あの人のそばに、いたかったの』

「六の姫……」

 石壁を引っ掻いて、欠片をまた口に入れる。喰む。

『なにを犠牲にしても惜しくない。そのくらい、あの人のことが好きだったの』

 人の形となった時に声は奪われたけれど、石に染み込んだ思念は同じ人魚同士、そして姉妹だからか、音として再生される。懐かしい彼女の声。その声が、愚かな男への愛を紡いでゆく。

『報われなくても、別にいい』
『愛していた。心の底から愛していた』
『後悔はしていない。だから、』

 声だけでなく、妹の姿が脳裏にはっきりと浮かぶ。

『私は幸せだったって、姉さまたちに伝えたい。この城がいつか朽ちたとき、誰かが私の想いに気付いて、私の石をたべてくれるのを願っているの』
「……馬鹿な子」

 彼女の笑顔が一杯に広がって、私の胸を押しつぶす。それが苦しくて涙がポロリとこぼれた。

『姉さま、愛しているわ』
「うん」
『私を愛してくれて、ありがとう』
「うん」

 妹を亡くした直後は怒ることで抑えていた涙が、今は素直にぽろぽろとあふれてゆく。

 泣きながら石を喰み、自分の中に溜め込んでゆく。そして広間の真ん中にたどり着くと、崩れた天井から水面を見上げた。

 暗い海の中、空から幾筋もの光が広間に届いている。その光を浴びながら、尾びれでリズムを取り、腹に力を入れ、胸を開き、のどを震わせ、私は泡を吐き出した。

 コポ。コポポ。コポポポポ。

 沢山の人の想いを、歌に乗せて開放する。海上へ、空へと届きますように。六の姫の、人々の昇華された心が大気に、世界に溶け込んでいきますように。

 六の姫。これが私の、あなたに贈る愛のうた。


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