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第三章 そして雨が降る※
その1
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「俺と、結婚してくれませんか?」
付き合って一年。デートで行ったレストランで、彼にプロポーズをされた。
「はい」
考えるより先に声が出て、自分の即答っぷりに驚いてしまう。彼も逆に戸惑ったようで、目を瞬かせてから、くすくすと笑い出した。
「すげー、よどみない」
「なによ。返事悩んだ方が良かったの?」
「そんなことない。……ありがとう」
彼の目が優しく細められて、そこでようやくプロポーズされたんだなって実感した。じわじわと頬が熱くなって、妙に落ち着かなくなる。
自然にお互いの手が伸びて、指を絡め合う。彼はずっと私を見つめているけれど、私はずっと落ち着かないままだ。耐え切れずに視線を外して彼の背後を見ると、窓ガラスがキラキラと反射していた。
「雨」
九月の長雨の夜だった──。
結婚式は、式場の予約や両家の都合等を調整した結果、翌年七月上旬の吉日に決まった。
二人だけの関係が、ここに至って両家への紹介から始まり、色んな人を巻き込んでの社会的なものとなる。面倒な決めごとや外部からのちゃちゃ入れ、お互いの認識のズレからの大喧嘩。事務的作業。不安と期待。そんなものを乗り越えて、私達は晴れて結婚式の日を迎えた。って、晴れて?
ホテルの控室、窓ガラスから見える景色に息をつく。曇った空から雨が降っていた。
「失礼します」
コンコンと扉がノックされて、係の人から呼びかけられる。
「新郎様がいらっしゃってますが、お通ししてもよろしいですか?」
そう聞かれて、隣に立つスタッフさんを仰ぎ見た。
「お支度は終了しましたので、私達はこれで」
「あ、ありがとうございます」
にこやかな笑顔のまま去っていかれ、私だけとなった控室に彼が入ってくる。ゆったりとした歩幅。スラリとした手足に、タキシード。私の好きな彼の独特な間合い。
「綺麗だ」
私が口を開く前に、彼に先に言われてしまった。
「そっちこそ」
やっぱり背が高いと、フォーマルって映えるんだなぁと、つい見惚れてしまう。
「結婚式は花嫁のためにあるんだよ。新郎は添えもの。本当に、綺麗だ」
笑顔でそう言ってくれるから、嬉しくなって私も微笑み返した。
「ありがとう」
「……あー、いま意味分かった」
「なに?」
「この部屋入るとき、注意された。お化粧崩さないで下さいねって」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、そっと柔らかく抱きしめられる。
「だから、おでこにチューで我慢する」
「あ……」
おでこに柔らかい感触がして、幸せが増してゆく。そうして抱きしめられたままでいて、でも少しだけ言いたくて、そっと耳元に囁いた。
「今日も、雨だね」
「まだギリギリ梅雨明けていないもんな」
日取りが七月上旬に決まった時に、なんとなく予感はしていた。多分私達、雨男と雨女のカップルなんだ。自分達だけなら良い。けれど結婚式が雨というのは、せっかく来ていただいた招待客に悪い気がする。
その考えに沈みそうになった瞬間、
「恵みの雨だ」
そう囁き返された。顔を上げて彼を見ると、なんだかワクワクした表情になっている。これは、私が初めて彼を見た時のあの雰囲気に似ている。
「そうだね」
思い出しながら、うなずいた。雨を見て、飴を連想する人。そんな彼に、私は恋におちたんだった。
付き合って一年。デートで行ったレストランで、彼にプロポーズをされた。
「はい」
考えるより先に声が出て、自分の即答っぷりに驚いてしまう。彼も逆に戸惑ったようで、目を瞬かせてから、くすくすと笑い出した。
「すげー、よどみない」
「なによ。返事悩んだ方が良かったの?」
「そんなことない。……ありがとう」
彼の目が優しく細められて、そこでようやくプロポーズされたんだなって実感した。じわじわと頬が熱くなって、妙に落ち着かなくなる。
自然にお互いの手が伸びて、指を絡め合う。彼はずっと私を見つめているけれど、私はずっと落ち着かないままだ。耐え切れずに視線を外して彼の背後を見ると、窓ガラスがキラキラと反射していた。
「雨」
九月の長雨の夜だった──。
結婚式は、式場の予約や両家の都合等を調整した結果、翌年七月上旬の吉日に決まった。
二人だけの関係が、ここに至って両家への紹介から始まり、色んな人を巻き込んでの社会的なものとなる。面倒な決めごとや外部からのちゃちゃ入れ、お互いの認識のズレからの大喧嘩。事務的作業。不安と期待。そんなものを乗り越えて、私達は晴れて結婚式の日を迎えた。って、晴れて?
ホテルの控室、窓ガラスから見える景色に息をつく。曇った空から雨が降っていた。
「失礼します」
コンコンと扉がノックされて、係の人から呼びかけられる。
「新郎様がいらっしゃってますが、お通ししてもよろしいですか?」
そう聞かれて、隣に立つスタッフさんを仰ぎ見た。
「お支度は終了しましたので、私達はこれで」
「あ、ありがとうございます」
にこやかな笑顔のまま去っていかれ、私だけとなった控室に彼が入ってくる。ゆったりとした歩幅。スラリとした手足に、タキシード。私の好きな彼の独特な間合い。
「綺麗だ」
私が口を開く前に、彼に先に言われてしまった。
「そっちこそ」
やっぱり背が高いと、フォーマルって映えるんだなぁと、つい見惚れてしまう。
「結婚式は花嫁のためにあるんだよ。新郎は添えもの。本当に、綺麗だ」
笑顔でそう言ってくれるから、嬉しくなって私も微笑み返した。
「ありがとう」
「……あー、いま意味分かった」
「なに?」
「この部屋入るとき、注意された。お化粧崩さないで下さいねって」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、そっと柔らかく抱きしめられる。
「だから、おでこにチューで我慢する」
「あ……」
おでこに柔らかい感触がして、幸せが増してゆく。そうして抱きしめられたままでいて、でも少しだけ言いたくて、そっと耳元に囁いた。
「今日も、雨だね」
「まだギリギリ梅雨明けていないもんな」
日取りが七月上旬に決まった時に、なんとなく予感はしていた。多分私達、雨男と雨女のカップルなんだ。自分達だけなら良い。けれど結婚式が雨というのは、せっかく来ていただいた招待客に悪い気がする。
その考えに沈みそうになった瞬間、
「恵みの雨だ」
そう囁き返された。顔を上げて彼を見ると、なんだかワクワクした表情になっている。これは、私が初めて彼を見た時のあの雰囲気に似ている。
「そうだね」
思い出しながら、うなずいた。雨を見て、飴を連想する人。そんな彼に、私は恋におちたんだった。
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2019年11月、書籍化されました。
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