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その1. ポメラニアンとピレネー

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「いえ、私もこんなところで立ち止まって邪魔していたので」

 二人の焦り様に逆に驚いて、美晴はハンドタオルで慌てて口元を拭った。そもそも、入り口の出入りのあるところで場所をふさぎ、しかもカップの蓋を開けて直接残りのコーヒーを飲もうとしていた方が悪いのだ。ついでに言うならこんなオフィス街のコンビニで、大人の女性らしからぬ行為だった。二人がかりで謝られると、逆に恥ずかしい。

「あの、それじゃあ」

 ここから逃げ出したい気持ちになり、美晴が歩こうとする。

「ちょっと待って」

 井草が尻ポケットからハンカチを差し出した。

「これ、使って下さい。あとそこの襟元、コーヒー付いているんで、クリーニングを」

そう言われて、美晴は慌てて自分の襟元に視線を動かす。無地のカーキ色のカットソー。夏にも関わらずそんな色合いでいたせいで、コーヒーが飛んだ跡もそこまで目立っていない。さらに視線を下ろすと白いスカートが目に入り、染みが付いていないか確認した。幸いにもこちらは無傷だ。

「あの、」

それでも差し出されたハンカチを無言で見つめる。大柄な男性が差し出すと、例え紳士物であっても小さく感じるのだなと、とっさに思った。そしてこのハンカチを受け取るべきかを悩んでしまう。ハンカチの必要性だけをいうのなら、たった今自分のハンドタオルで口元を拭ったところだ。人から借りなくても間に合っている。突然の親切を受け入れるのか、拒否するのか。判断をせまられ戸惑っていると、井草が言葉を重ねた。

「クリーニング代渡します」

 そして言った瞬間に、息を呑む。

「あ、財布。持ってきてない」

 スマホを握りしめたまま表情を無くす井草の顔を見て、美晴の肩の力が抜けた。確かにお昼を買いに行くくらいなら、電子マネーで決済すればいいので財布を持ち歩かないのだろう。元のイメージが牧羊犬なせいか、淡々とした態度ながらこういううっかりとしたところに、可愛げを感じてしまう。

柿村かきむら、金貸して」
「俺も財布持ってこなかったよ!」
「大丈夫ですよ。戻ったらすぐに水で落とすので」

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