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その4. スパークリング

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 会計を済ませて店を出て、駅に向かって歩き出す。繁華街のメイン通りから離れた場所にあり、人通りは少ない。夏の暑さは夜になっても緩まずに、ムッとした空気に満ちていた。たまに人とはすれ違うが、二人きりの道だ。美晴のゆっくりとした歩きに健斗は合わせているつもりだったが、歩幅の違いかどうしても美晴が遅れ気味になっていた。

「あの井草さん、このあとってお時間ありますか?」
「はい?」

 斜め後ろから声がして、健斗が慌てて振り向いた。

「もしよかったら、お茶でも。おごらせてください」

 その笑顔がふわふわとして頼りなく、美晴がほろ酔いで上機嫌なのが見て取れた。

「なんで」
「ディナー奢ってもらったお礼です。そのくらいさせてください」

 年上の矜持があるせいか、ちょっと強気な表情だ。それがたまらなく可愛く思えて、健斗は慌てて前方を見ると歩を早めた。物理的に少し距離を置かないと、自分が何かしでかしそうで、自制できる自信が無い。

「俺がぶつかって美晴さんに迷惑かけたせいだし」
「コーヒー染みならすぐ処置したんで、クリーニング屋さんに出さなくても大丈夫でしたよ」

 ちらりと振り返って見てみると、一生懸命主張する美晴の表情が店にいたときよりもあどけない。酔うと隙だらけになるタイプか、と思った瞬間、美晴の体がグラッと揺れた。

「わっ!」

 焦った声が聞こえ、ガツッと地面を蹴るような音がした。その途端、健斗の腕に軽い衝撃があり、反射的にそれを受け止める。

「ご、ごめんなさいっ。なんか躓いちゃって」

 そう言って謝る美晴を抱きかかえたまま、まじまじと見つめた。少し酔っているせいなのか、潤んだ瞳がまっすぐ健斗を見上げている。そのまま黙って見つめ合っていると、次第に美晴の頬が赤くなってきた。

「そんな、……見ないでください」
「俺このままじゃ、コーヒーとか大人しく飲んでいられなさそうなんで、危険です」

 そう囁く声がかすれていた。自分の態度がなるべく威圧的に見えないことだけを、ひたすら祈る。今すぐ押し倒したい。そんなぎらつく欲望を抑えるのに必死だ。

 美晴は一瞬目を見開いたあと、すぐに目を伏せた。その仕草がなにか痛みをこらえるかのように見えて、健斗はたまらず彼女を強く抱きしめる。

「美晴さん」
「……いいです」

 それでも

 そう小さく告げる美晴の声が、健斗の胸にくぐもって響いた。



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