上 下
33 / 85
その10. 付き合ってください

(1)

しおりを挟む
「尊敬している会社の上司がいたんです。同じ部署の課長で。私が新規プロジェクトに駆り出されて異動になった時、思い切って告白して付き合うことになったんですが、でも、お互いに忙しくってなかなか会えなくて」

 それでも最初のうちは頑張って時間を取って、デートにもでかけた。そういえば、先日一年ぶりに袖を通した夏のワンピースは、その時用に買ったものだった。

「去年の三月半ばに付き合いだして、クリスマスの時期には月一回くらいしか会えなくなっていた。そんなこと続けてちょうど一年経った頃に、彼には他に彼女がいるって聞いてしまって」

『どういうこと?』

 名取の部屋で詰め寄ったときの、彼の表情を思い出す。非常に面倒くさそうな、投げやりな顔とため息。

『なんで聡史あきふみさんと彼女が付き合っていることになっているの?』

「……付き合う努力をしなかったのが悪いって、怒られました」
「は?」
「月一で泊まりに行って、ヤルことやって、満足して帰る。自分はストレス発散に付き合わされているだけだった。こういう関係にしたのは私の方なんだから、仕方ないだろう。セフレでいいなら続けてあげる。後はどうしたいか、私が考えて選べばいい、と」
「ちょっと、それ酷くないですか」

 低い声とともにプラスチックの容器がへこむ音と、氷の擦れ合う音がした。とっさに健斗のアイスコーヒーを確認すると、かろうじてカップは壊れてはいない。その代わりに、歪んで蓋が外れてしまっていた。

「怒ってくれて、ありがとう」

 ふっと自然に笑みが浮かんだ。自分のために怒ってくれている人がいる。その存在に、美晴の心が少し軽くなる。

「彼に言われたのが三月末日。プロジェクトも準備段階から実際の業務開始になって、こっちのオフィスに駐在になる前日でした。色々とショックだったけれど立ち止まることも出来なくて、彼のことを忘れるためにも仕事に没頭していたんですけど」

 あのときのことを思い出す。名取の理不尽な態度に怒りも湧くが、やはり悲しい気持ちになってしまう。好きだった相手からの突然の拒絶は、美晴の心を傷付けた。

「あれから五ヶ月弱経過して仕事も落ち着いて、ようやく立ち止まって考えることが出来るようになりました。でもそうすると、彼との関係がこうなってしまったのって、私のせいだったのかなって」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】セックス依存症の精神科医がスパダリCEOと結ばれるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:711

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,475pt お気に入り:1,556

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:88

ファンタジー世界で溺愛される短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:35

処理中です...