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その9. 今日はツイてない

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 店では無駄に緊張感を強いられたせいか、そんな健斗の態度にほっとする。無理に会話をつなげる気にもならず無言でいたが、その沈黙が心地よい。駅に向かってもと来た道を戻るルートでなんとなく歩き、待ち合わせたコンビニの前を通りかかった。

「コーヒー、飲みます?」

 思い付いて、美晴が提案する。

「それならどこか店でも」
「いえ、今日はお店選ぶとろくなことにならなさそうで」
「確かに」

 健斗が苦笑交じりに納得をして、それから斜め前の公園を指さした。

「それならコーヒー買って、公園に行きませんか」




 健斗の勧めに従ってコンビニでコーヒーを買うと、夜の公園へと入った。昼のランチタイムにはベンチで食べる人や休憩する人などで結構賑わっているが、二十時近くなると誰もいない。いかにもオフィス街にある公園だ。

「美晴さんって、そういえば夏でもホットコーヒーなんですね」

 ベンチに座ると、健斗が美晴を眺めてそう言った。

「冷たい飲み物は体に良くないって考えが刷り込まれていて」
「そうなんだ。確かに小さい頃、麦茶ガブ飲みしすぎて腹壊してたな」
「私も」
「でもさっき、冷やし中華選んでましたよね」
「あれは早く食べることが出来るものって考えて。それに冷たいものだって普通に食べますよ」

 こんななんでもない会話に、美晴は自分の心が落ち着いてゆくのを感じていた。正面に向き直るとコーヒーを一口すすり、手足を伸ばして月を仰ぎ見る。

「……話を聞きたいって、言ってましたよね」

 体の力を抜いて、ベンチにもたれかかった。こんなツイていない日に虚勢を張っても仕方ない。美晴から話すことなどはなにもないが、聞かれたことには素直に答えようと思った。

「聞きたいです。出来れば、ですが」

 健斗の手に包まれたアイスコーヒーのカップから、氷が擦れ合う音がする。それぞれ別の飲み物を手に、健斗も月を見上げていた。

「寝れば分かるって、どういうことなんだろうって思って。あと、美晴さんがなんでそんなこと考えたのか、その背景を知りたくて」
「……たいした話があるわけでもないんです。ありふれた、男女の話があったってだけで」

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