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その12. 笑顔の種類

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「最初は差がよく分からなかったけど、美晴さんが俺に自然に笑ってくれるようになったから、分かるようになったんだ」

 コンビニ店内で見かけたあの笑顔は、誰にでも見せる標準装備のもの。それでもあの笑顔に魅せられて、健斗は美晴のことを好きになった。だから、もっと色んな笑顔を見たいと思うし、自分にだけ見せる表情があればより一層よいと思う。

「とりあえず俺がしたいのは、美晴さんを笑顔にすることだから」

 そう言って美晴を真っ直ぐに見つめる。それを受けた美晴は戸惑いのまま視線を揺らすと、思いついたように健斗を見返した。

「それなら健斗も行きたいとこ、案出して」
「行きたいとこ?」
「そう。私だけ案出させるんじゃなくて、ちゃんと自分の行きたいところも主張してくれないと」

 スマホの検索画面を健斗に見せるようにぐいっと差しだし、ニヤリと笑った美晴が問いかける。

「どこに行きたい?」

 こうして次週は美術館、再来週は山へハイキングが決まった。

「――そこの山って登るとビアガーデンがあって、帰りはロープウェイで下山出来るんだったよね?」
「美晴さん、分かっていると思うけど、ビアガーデンで禁酒の苦行はしたくないから。食事は山頂の茶屋で名物のとろろ蕎麦、の一択でお願いします」
「はーい」

 そんな話で盛り上がり、この日はお開きとなった。



 ◇◇◇◇◇◇



 美晴との週末デートは順調に回を重ね、気が付けば九月最終週の日曜日となった。今日の予定は、美晴の後輩がいるという市民フィルの昼の演奏会だ。

 クラシック音楽の演奏会など、健斗は中学生の頃に学校単位で行った覚えしかない。どんな格好をして行ったらよいか正直分からない、と美晴に告白すると、いつもの格好で大丈夫と言われた。その言葉を信じ、いつもと変わり映えのないラフな格好で出かける。まだ残暑は厳しいので白Tシャツに紺のパンツ、それに紺のジャケットを手に抱え、いざとなったら羽織って誤魔化すスタイルだ。

 会場最寄りの駅で待っていると、約束の時間に美晴があらわれた。先ず目に付いたのは秋らしいボルドー色のカシュクールワンピース。くるぶしまでのロング丈で、ふわりと柔らかい雰囲気が美晴によく似合っている。髪型も、真っ直ぐでさらさらとした肩までのボブヘアが後ろでゆるく編み込まれ一つに束ねられて、いつもとは違う雰囲気を醸している。今日の主役に渡すのだろう小さな花束が紙袋から覗いて見えて、それがよりいっそう華やかさを印象づけていた。

「お待たせ」
「ワンピース、いいですね」

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