45 / 85
その12. 笑顔の種類
(4)
しおりを挟む
本当は美晴自身を褒めたかったのに、つい洋服だけを褒めてしまった。心の中で健斗がそう反省するが、それでも美晴の頬がぽっと赤くなる。
「ありがとう。久し振りにワンピース買ったから、褒められると嬉しい」
「そういえば、初めての食事のときにも着てましたよね、花柄の」
「うん。あれ買って以来かな。カジュアルなんだけどちょっとだけかしこまりたい、って時にワンピースは便利なんだよね」
「男にとってのジャケットみたいなものか」
「そうなのかな。でも健斗のその格好もいいよ。上背があって体幹がしっかりしているから、何着ても似合う」
まさか自分が褒め返されるとは思わず、健斗が耐えきれなくて歩き出す。
「えっと、行きましょうか」
「うん」
笑いながら、美晴も歩き出した。
演奏会は健斗にとって思いの外、楽しく聴くことが出来た。アマチュアの発表会なので来る客も演奏者の家族や友達などがほとんどだ。純粋に音楽を聴きに来ている人は少ない。そのせいか、誰でも知っていそうな有名曲を中心にプログラムが構成されていて、飽きずに聴き続けていられた。演奏の良し悪しは健斗には分からないが、楽しく聴けたのだからきっとレベルは高いのだろう。
すべての曲が演奏され、拍手の中で終幕となった。ホールに出ると今まで演奏していた楽団員達もあらわれて、それぞれに挨拶を交わし始めている。
「私も後輩にお花渡してくるね」
「それじゃあ、ここで待っているんで」
「うん、ありがとう」
美晴はホールをぐるりと見回すと、相手を見つけたようで小走りに向かっていく。女性二人が声を弾ませ話に夢中になる様を、健斗は遠くからぼんやりと眺めていた。すると後輩が視線に気が付いたようで、健斗を見返しぺこりと頭を下げる。健斗も慌てて頭を下げるが、その後もしばらく立ち話は続き、五分ほどして美晴がようやく戻ってきた。
「ごめんね、待たせてしまって」
「まだ話し足りないとかは?」
「大丈夫。どうせ明日も会社で会うんだし」
言いながら、会場を後にする。このあとどうするか特に決めてはいなかったので、健斗が美晴にたずねた。
「お茶でもして帰る?」
「うん。その前に、デパート寄ってもいい? 地下の食料品売り場でお菓子買いたくて」
「お菓子」
飲食好きだが今まで甘味を欲しがったことはない。そんな美晴のリクエストに、つい健斗は繰り返してしまった。
「ありがとう。久し振りにワンピース買ったから、褒められると嬉しい」
「そういえば、初めての食事のときにも着てましたよね、花柄の」
「うん。あれ買って以来かな。カジュアルなんだけどちょっとだけかしこまりたい、って時にワンピースは便利なんだよね」
「男にとってのジャケットみたいなものか」
「そうなのかな。でも健斗のその格好もいいよ。上背があって体幹がしっかりしているから、何着ても似合う」
まさか自分が褒め返されるとは思わず、健斗が耐えきれなくて歩き出す。
「えっと、行きましょうか」
「うん」
笑いながら、美晴も歩き出した。
演奏会は健斗にとって思いの外、楽しく聴くことが出来た。アマチュアの発表会なので来る客も演奏者の家族や友達などがほとんどだ。純粋に音楽を聴きに来ている人は少ない。そのせいか、誰でも知っていそうな有名曲を中心にプログラムが構成されていて、飽きずに聴き続けていられた。演奏の良し悪しは健斗には分からないが、楽しく聴けたのだからきっとレベルは高いのだろう。
すべての曲が演奏され、拍手の中で終幕となった。ホールに出ると今まで演奏していた楽団員達もあらわれて、それぞれに挨拶を交わし始めている。
「私も後輩にお花渡してくるね」
「それじゃあ、ここで待っているんで」
「うん、ありがとう」
美晴はホールをぐるりと見回すと、相手を見つけたようで小走りに向かっていく。女性二人が声を弾ませ話に夢中になる様を、健斗は遠くからぼんやりと眺めていた。すると後輩が視線に気が付いたようで、健斗を見返しぺこりと頭を下げる。健斗も慌てて頭を下げるが、その後もしばらく立ち話は続き、五分ほどして美晴がようやく戻ってきた。
「ごめんね、待たせてしまって」
「まだ話し足りないとかは?」
「大丈夫。どうせ明日も会社で会うんだし」
言いながら、会場を後にする。このあとどうするか特に決めてはいなかったので、健斗が美晴にたずねた。
「お茶でもして帰る?」
「うん。その前に、デパート寄ってもいい? 地下の食料品売り場でお菓子買いたくて」
「お菓子」
飲食好きだが今まで甘味を欲しがったことはない。そんな美晴のリクエストに、つい健斗は繰り返してしまった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる