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第一章 騎士団長が大変です
第一話 取り憑かれた騎士団長
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「大変です!!」
神殿の扉をバーンと大きく開け放って入ってきたのは、王立騎士団のミカエルだった。
見習い騎士で、十八歳の彼は、まだあどけない顔立ちをしている。
だが今、彼はよほど走ってきたのだろう。頬を紅潮させ、息も荒く室内に駆け込んできた。
「神官長様、すぐに魔除けをください。いや、封印紙だったかな? そうだ!! もう取り憑かれたから封印紙をもらってこいと言われたんだ。魔除けをもらってきたら怒られるところだった」
ミカエルはドジっ子で、騎士団ではかわいがられる一方で、いつも叱られていた。
今までのところ致命的なドジはしていないが、いつか、しでかしそうな予感がする。
「どの程度のモノに取り憑かれてしまったんですか」
ミカエルは大きな声で叫んだ。
「“淫魔の王女”だそうです。めちゃかわいくて色っぽいサキュバスでした。いやー、目の保養でしたよ!!」
“淫魔の王女”というと、そこいらに転がっているただのサキュバスではない。
一時的に抑え込むための封印紙も、作るには時間が必要だ。
「して、誰がその“淫魔の王女”に取り憑かれたのだ?」
問いかけに、見習い騎士のミカエルはあっけらかんと答えた。
「騎士団長のバーナード様です!!」
その言葉に、神殿内は静寂に包まれた。
「……“淫魔の王子”の間違いではないか? インキュバスだろう?」
別の神官が尋ねる。
だが、ミカエルは首を振った。
「サキュバスですって。もうボインボインの超絶かわいくて綺麗な黒い巻き毛のお姫様淫魔でした。インキュバスじゃなく、サキュバスですって!!」
インキュバスは男の淫魔で、女性を襲い、精を注ぎ込む魔物である。対してサキュバスは女の淫魔で、男の精を吸う魔物だ。その違いは大きい。
「どうして、男のバーナード騎士団長に、女のサキュバスが取り憑くんだ。普通逆だろう」
そう、男のバーナード騎士団長に男のインキュバスが取り憑くのが筋というか、あり得る流れだった。
「これは……ご内密に願いたいのですが」
そう言って話し出した見習い騎士のミカエルの話に、その部屋にいた神官長とお付きの神官は耳を傾けた。
某侯爵家令嬢が、婚前でありながら婚約者の貴族の若者の枕許に立ち、夜な夜な身体を重ねているという話が出た。父侯爵が、魔術師に視てもらったところ、その令嬢には女淫魔が取り憑いているという話だった。
その淫魔を退治しようという話になったが、令嬢の身分が高いこともあり、外聞をはばかり、父公爵の知り合いたる王立騎士団長バーナード、副騎士団長フィリップ、侯爵家お抱えの魔術師マイカ、そして侯爵家の護衛騎士達が呼ばれた。見習い騎士ミカエルがその場にいたのは、魔術師マイカが従兄弟だったからだ(ドジっ子の彼は本来呼ばれるような立場でない)。
魔術師マイカは、できれば“淫魔の王女”を捕えたいと言っていた。マイカは、捕らえた淫魔の王女”とどうやら、アレコレしたかったらしい。
他の者はそれには渋い顔をしていた。祓うのは簡単だが、捕えるとなると手間がかかる。その説得に魔術師マイカは最初は納得した様子を見せていたが、実際に侯爵家令嬢と対峙し、その“淫魔の王女”を祓おうとしたその時、彼は女淫魔を捕えようとした。それに逆上した女淫魔は、最初、副騎士団長フィリップに取り憑こうとした。
「取り憑かれていたご令嬢には、すでに魔除けの札が貼られて再び取り憑けない状態でした。だから、あの場で淫魔の王女が取り憑いてもいいと望んだのは、フィリップ副騎士団長一択でした」
神官長、神官達はため息のような声を漏らして納得した。
副騎士団長フィリップは、王都一と噂される美形だった。切れ長の目に、薄い唇、そして女のように整った顔立ちをしていたが、鍛え上げた身体がそれを裏切っている。金の髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。どこぞの舞台に立つ俳優と言っても皆、納得するだろう。どうして王立騎士団に所属しているのか、わからないが、フィリップはバーナード騎士団長に恩を受けており、それに報いるためにも騎士団に在籍しているとの話だった。
「ところが、取り憑こうとした瞬間、運動神経の良いバーナード騎士団長が、フィリップ副騎士団長を庇ったのです」
それにも「あああ」と皆が納得してしまう。
バーナード騎士団長は、剣豪と称されるほどの剣の腕前を持ち、運動神経が獣だった。
「それで、バーナード騎士団長に女淫魔が取り憑いてしまったのです」
バーナード騎士団長は、たたき上げの騎士であった。
筋肉に覆われた逞しい身体、短く切った黒髪に茶色の瞳の彼もなかなかハンサムで、女性にも一部の男性にも人気が高い。男性たちは彼を「兄貴!!」と言って慕っていた。性格はまっすぐで、寡黙。騎士の中の騎士と呼ばれ、王の信頼も篤い。
「……それで、バーナード騎士団長は今、どうされているのです」
恐々と部屋の神官が尋ねる。
思わずミカエルも小さな声で答えてしまった。
「大変な事態だということで、フィリップ副騎士団長が連れて帰ったようです」
「その……女淫魔というのは、男の精を求めて男に襲いかかるものだが、騎士団長は大丈夫なのか」
怖いもの見たさというか、知りたさで神官が尋ねると、見習い騎士ミカエルは力強くうなずいた。
「もちろんです。バーナード騎士団長は鋼の精神を持っています。僕が彼の元を離れた時も、普通に耐えていました」
普通に耐えていました……
その言葉に、部屋にいた神官長、神官達は沈痛な面持ちになった。
こうしてはいられない。早急に、彼のために封印紙を作らねばならない。
神官長達は慌ただしく動き出した。
神殿の扉をバーンと大きく開け放って入ってきたのは、王立騎士団のミカエルだった。
見習い騎士で、十八歳の彼は、まだあどけない顔立ちをしている。
だが今、彼はよほど走ってきたのだろう。頬を紅潮させ、息も荒く室内に駆け込んできた。
「神官長様、すぐに魔除けをください。いや、封印紙だったかな? そうだ!! もう取り憑かれたから封印紙をもらってこいと言われたんだ。魔除けをもらってきたら怒られるところだった」
ミカエルはドジっ子で、騎士団ではかわいがられる一方で、いつも叱られていた。
今までのところ致命的なドジはしていないが、いつか、しでかしそうな予感がする。
「どの程度のモノに取り憑かれてしまったんですか」
ミカエルは大きな声で叫んだ。
「“淫魔の王女”だそうです。めちゃかわいくて色っぽいサキュバスでした。いやー、目の保養でしたよ!!」
“淫魔の王女”というと、そこいらに転がっているただのサキュバスではない。
一時的に抑え込むための封印紙も、作るには時間が必要だ。
「して、誰がその“淫魔の王女”に取り憑かれたのだ?」
問いかけに、見習い騎士のミカエルはあっけらかんと答えた。
「騎士団長のバーナード様です!!」
その言葉に、神殿内は静寂に包まれた。
「……“淫魔の王子”の間違いではないか? インキュバスだろう?」
別の神官が尋ねる。
だが、ミカエルは首を振った。
「サキュバスですって。もうボインボインの超絶かわいくて綺麗な黒い巻き毛のお姫様淫魔でした。インキュバスじゃなく、サキュバスですって!!」
インキュバスは男の淫魔で、女性を襲い、精を注ぎ込む魔物である。対してサキュバスは女の淫魔で、男の精を吸う魔物だ。その違いは大きい。
「どうして、男のバーナード騎士団長に、女のサキュバスが取り憑くんだ。普通逆だろう」
そう、男のバーナード騎士団長に男のインキュバスが取り憑くのが筋というか、あり得る流れだった。
「これは……ご内密に願いたいのですが」
そう言って話し出した見習い騎士のミカエルの話に、その部屋にいた神官長とお付きの神官は耳を傾けた。
某侯爵家令嬢が、婚前でありながら婚約者の貴族の若者の枕許に立ち、夜な夜な身体を重ねているという話が出た。父侯爵が、魔術師に視てもらったところ、その令嬢には女淫魔が取り憑いているという話だった。
その淫魔を退治しようという話になったが、令嬢の身分が高いこともあり、外聞をはばかり、父公爵の知り合いたる王立騎士団長バーナード、副騎士団長フィリップ、侯爵家お抱えの魔術師マイカ、そして侯爵家の護衛騎士達が呼ばれた。見習い騎士ミカエルがその場にいたのは、魔術師マイカが従兄弟だったからだ(ドジっ子の彼は本来呼ばれるような立場でない)。
魔術師マイカは、できれば“淫魔の王女”を捕えたいと言っていた。マイカは、捕らえた淫魔の王女”とどうやら、アレコレしたかったらしい。
他の者はそれには渋い顔をしていた。祓うのは簡単だが、捕えるとなると手間がかかる。その説得に魔術師マイカは最初は納得した様子を見せていたが、実際に侯爵家令嬢と対峙し、その“淫魔の王女”を祓おうとしたその時、彼は女淫魔を捕えようとした。それに逆上した女淫魔は、最初、副騎士団長フィリップに取り憑こうとした。
「取り憑かれていたご令嬢には、すでに魔除けの札が貼られて再び取り憑けない状態でした。だから、あの場で淫魔の王女が取り憑いてもいいと望んだのは、フィリップ副騎士団長一択でした」
神官長、神官達はため息のような声を漏らして納得した。
副騎士団長フィリップは、王都一と噂される美形だった。切れ長の目に、薄い唇、そして女のように整った顔立ちをしていたが、鍛え上げた身体がそれを裏切っている。金の髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。どこぞの舞台に立つ俳優と言っても皆、納得するだろう。どうして王立騎士団に所属しているのか、わからないが、フィリップはバーナード騎士団長に恩を受けており、それに報いるためにも騎士団に在籍しているとの話だった。
「ところが、取り憑こうとした瞬間、運動神経の良いバーナード騎士団長が、フィリップ副騎士団長を庇ったのです」
それにも「あああ」と皆が納得してしまう。
バーナード騎士団長は、剣豪と称されるほどの剣の腕前を持ち、運動神経が獣だった。
「それで、バーナード騎士団長に女淫魔が取り憑いてしまったのです」
バーナード騎士団長は、たたき上げの騎士であった。
筋肉に覆われた逞しい身体、短く切った黒髪に茶色の瞳の彼もなかなかハンサムで、女性にも一部の男性にも人気が高い。男性たちは彼を「兄貴!!」と言って慕っていた。性格はまっすぐで、寡黙。騎士の中の騎士と呼ばれ、王の信頼も篤い。
「……それで、バーナード騎士団長は今、どうされているのです」
恐々と部屋の神官が尋ねる。
思わずミカエルも小さな声で答えてしまった。
「大変な事態だということで、フィリップ副騎士団長が連れて帰ったようです」
「その……女淫魔というのは、男の精を求めて男に襲いかかるものだが、騎士団長は大丈夫なのか」
怖いもの見たさというか、知りたさで神官が尋ねると、見習い騎士ミカエルは力強くうなずいた。
「もちろんです。バーナード騎士団長は鋼の精神を持っています。僕が彼の元を離れた時も、普通に耐えていました」
普通に耐えていました……
その言葉に、部屋にいた神官長、神官達は沈痛な面持ちになった。
こうしてはいられない。早急に、彼のために封印紙を作らねばならない。
神官長達は慌ただしく動き出した。
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