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第七章 加護を外れる
第八話 歓迎の宴
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それからしばらくして、フィリップの部屋の扉を小さな妖精がノックした。
「皆さまの歓迎の宴を開きます。是非、ご参加ください」
かわいらしいお仕着せを着た妖精だった。
妖精の案内に従って部屋を出ると、廊下で同じように案内されているセリーヌとカトリーヌの二人と出会った。
「いよいよ、妖精達の宴ですね。楽しみです」
セリーヌは心底嬉しそうに笑っている。
一方のカトリーヌは真剣な表情だった。
「フィリップさん、酔い潰されないようにお気を付けてくださいね」
城までの案内をしてくれた小さな妖精達は口々にこう言っていたではないか。
美形好きの妖精女王は、男を酔い潰してモノにすると。
酒の一滴も飲むものかとフィリップは決意していた。
大広間に行くと、すでに宴は開始されていて、長いテーブルの上に、ぎっしりと料理と酒が並べられていた。小さな妖精達は酒瓶を転がして遊んでいたり、酒のコップにまるで風呂のように浸かっていたり、料理を口いっぱい詰め込んでいたり、他の妖精達と空を猛烈な勢いで飛び回って競争していたり、もはや収拾がつかない混乱の宴の様子だった。
セリーヌは「まぁ」と頬に手を当て、この混乱の状況を見てもなおうっとりとしていた。どれだけ妖精好きなのだろう。
妖精の王子は、やはり常識人らしく、引きつった笑顔を見せて三人を宴の上座に座るように言った。
その妖精の王子のそばに、セリーヌは案内されていて、彼女は妖精王子の前でひどく照れていた。
そしてそんなセリーヌを見て、妖精王子も悪い気はしていないようで、二人で仲良く話し出している。
なんやかんや、最初は腰が引けていたカトリーヌも、時間が経つとこのはちゃめちゃな空気感にも慣れたようで、妖精達とグラスをぶつけて乾杯したり、一緒に楽しそうに歌をうたったりしている。
フィリップは、案内された席でブドウのジュースを飲み、一人静かに食べ物をつっついていた。
そこに妖精女王がヌッと現れ、彼にしなだれかかった。
「フィリップと申したな。一人寂しく何をしておる。わらわが相手をしてやろうか」
「いえ、結構です」
フィリップは即、女王から距離を取り、かつ、カトリーヌのそばに近寄って彼女を盾にしようとした。
カトリーヌは何事かというような顔をしたが、すぐに状況を理解した。
フィリップと女王の間に割って入って座る。
ナイス、カトリーヌ!!
内心、フィリップは年下の少女を賞賛していた。
それに面白くないのが女王であった。
「これこれ、フィリップ。私の酌が受け取れぬというのかえ」
「はい」
フィリップが即、断る様子に、美しい妖精女王の顔も歪み始めた。
「わらわの開く宴じゃぞ。不満があるなら、出ていくがいい」
「はい」
すかさず立ち上がり、部屋を出ようとするフィリップの腰に女王はすがりついた。
「冗談じゃ!! 行かないでおくれ。寂しくなるではないか」
フィリップはため息をついて、再び盾になることを求めてカトリーヌのそばに座る。
カトリーヌは、二人の様子を見かねてこう言った。
「女王陛下、僭越ながら申し上げますが、フィリップは既婚者です。どうぞ、その旨ご理解とご配慮頂きたいと」
「なんと、なんと!! 他の者とすでに結婚していると申すのか!! いや、わらわはそれでも構わぬのだぞ!!」
お前が構わなくても、こっちが構うんだ。
そう、その場の全員が女王に突っ込んでいた。
そこで妖精王子が深々とため息をついて妖精女王を諫めた。
「母上、いい加減になさらないと、おじいさまに叱られますよ」
「……ぐ……」
「おじいさまに怒られると、怖いのでしょう?」
「こ………こ……怖くなんてないんだもんね」
引きつった顔で強がりを言う妖精女王。
まるで子供のようである。妖精というものは、元来そうしたものなのだろうか。
子供のように無邪気で、善悪を知らず、ただ自分の興味あるものに飛び込んでいく。何も考えずに。
周りはたまったものではないが、こうしたハイテンションな妖精達の間では、それが受け入れられている。
妖精王子が、おじいさま……妖精達が“ご隠居様”と呼ぶ大妖精の名を出したことで、妖精女王もその場は不承不承、大人しくなった。
宴の席で、フィリップは妖精王子に尋ねた。
「こちらから、人間の世界に戻る方法はあるのでしょうか」
「あります」
王子はうなずいた。セリーヌを優しく見つめながら告げる。
「この王国と人の子の世界が重なっている場所があります。そこから貴方達は迷い込んで来たのです。またその重なっている場所を探すか、無理やり繋げるかどうかすれば良いのです。おじいさまにお頼みすれば、きっと貴方達を元の世界に帰して下さるでしょう。でも」
妖精王子はそっとセリーヌの髪に手をやり、口づけた。
セリーヌは真っ赤になって卒倒しそうになっていた。
「貴女はお帰ししたくない」
「……姉は別に帰らなくてもいいと思っています。嫁にもらってやってください」
すかさずカトリーヌがフォローを入れると、妖精王子は目を輝かせた。
「本当ですか」
「はい」
即、許諾の返事をするセリーヌ。
早すぎるその回答に、フィリップは目を見開き、カトリーヌはやれやれと言った様子でため息をついていた。
妖精王子はひしとセリーヌを抱きしめていた。
「わかりました。貴女は私の元で、私の妻として一緒に暮らしましょう」
「つ……妻……」
憧れの妖精の国で、この目の前の素敵な妖精王子の妻になるという望外の喜びに、セリーヌは真っ赤になって震えていた。
フィリップは、おいおいおいおいと内心思っていた。
こんな人外の世界で、人外の者とこんなに簡単に結婚すると言っていいのか。
あちらの世界で、妖精学を修めて大学の先生になるのではなかったのか。
ツッコミたいことは多かった。
けれど、早々と恋に落ちた二人には、もはや互いの姿しか見えていなかった。
「でも、私とフィリップさんは元の世界に戻して下さいね」
そうカトリーヌが釘を刺すと、妖精王子はうなずいた。
「わかりました。おじいさまに、私からも頼みます」
そう言いながらも、妖精王子はセリーヌと二人手を取り合っている。
果たして、これでいいのだろうかとフィリップは疑問を抱きながらも、恋に落ちた二人に何か常識的なことを言っても野暮になるだけかと、口を噤んだのだった。
「皆さまの歓迎の宴を開きます。是非、ご参加ください」
かわいらしいお仕着せを着た妖精だった。
妖精の案内に従って部屋を出ると、廊下で同じように案内されているセリーヌとカトリーヌの二人と出会った。
「いよいよ、妖精達の宴ですね。楽しみです」
セリーヌは心底嬉しそうに笑っている。
一方のカトリーヌは真剣な表情だった。
「フィリップさん、酔い潰されないようにお気を付けてくださいね」
城までの案内をしてくれた小さな妖精達は口々にこう言っていたではないか。
美形好きの妖精女王は、男を酔い潰してモノにすると。
酒の一滴も飲むものかとフィリップは決意していた。
大広間に行くと、すでに宴は開始されていて、長いテーブルの上に、ぎっしりと料理と酒が並べられていた。小さな妖精達は酒瓶を転がして遊んでいたり、酒のコップにまるで風呂のように浸かっていたり、料理を口いっぱい詰め込んでいたり、他の妖精達と空を猛烈な勢いで飛び回って競争していたり、もはや収拾がつかない混乱の宴の様子だった。
セリーヌは「まぁ」と頬に手を当て、この混乱の状況を見てもなおうっとりとしていた。どれだけ妖精好きなのだろう。
妖精の王子は、やはり常識人らしく、引きつった笑顔を見せて三人を宴の上座に座るように言った。
その妖精の王子のそばに、セリーヌは案内されていて、彼女は妖精王子の前でひどく照れていた。
そしてそんなセリーヌを見て、妖精王子も悪い気はしていないようで、二人で仲良く話し出している。
なんやかんや、最初は腰が引けていたカトリーヌも、時間が経つとこのはちゃめちゃな空気感にも慣れたようで、妖精達とグラスをぶつけて乾杯したり、一緒に楽しそうに歌をうたったりしている。
フィリップは、案内された席でブドウのジュースを飲み、一人静かに食べ物をつっついていた。
そこに妖精女王がヌッと現れ、彼にしなだれかかった。
「フィリップと申したな。一人寂しく何をしておる。わらわが相手をしてやろうか」
「いえ、結構です」
フィリップは即、女王から距離を取り、かつ、カトリーヌのそばに近寄って彼女を盾にしようとした。
カトリーヌは何事かというような顔をしたが、すぐに状況を理解した。
フィリップと女王の間に割って入って座る。
ナイス、カトリーヌ!!
内心、フィリップは年下の少女を賞賛していた。
それに面白くないのが女王であった。
「これこれ、フィリップ。私の酌が受け取れぬというのかえ」
「はい」
フィリップが即、断る様子に、美しい妖精女王の顔も歪み始めた。
「わらわの開く宴じゃぞ。不満があるなら、出ていくがいい」
「はい」
すかさず立ち上がり、部屋を出ようとするフィリップの腰に女王はすがりついた。
「冗談じゃ!! 行かないでおくれ。寂しくなるではないか」
フィリップはため息をついて、再び盾になることを求めてカトリーヌのそばに座る。
カトリーヌは、二人の様子を見かねてこう言った。
「女王陛下、僭越ながら申し上げますが、フィリップは既婚者です。どうぞ、その旨ご理解とご配慮頂きたいと」
「なんと、なんと!! 他の者とすでに結婚していると申すのか!! いや、わらわはそれでも構わぬのだぞ!!」
お前が構わなくても、こっちが構うんだ。
そう、その場の全員が女王に突っ込んでいた。
そこで妖精王子が深々とため息をついて妖精女王を諫めた。
「母上、いい加減になさらないと、おじいさまに叱られますよ」
「……ぐ……」
「おじいさまに怒られると、怖いのでしょう?」
「こ………こ……怖くなんてないんだもんね」
引きつった顔で強がりを言う妖精女王。
まるで子供のようである。妖精というものは、元来そうしたものなのだろうか。
子供のように無邪気で、善悪を知らず、ただ自分の興味あるものに飛び込んでいく。何も考えずに。
周りはたまったものではないが、こうしたハイテンションな妖精達の間では、それが受け入れられている。
妖精王子が、おじいさま……妖精達が“ご隠居様”と呼ぶ大妖精の名を出したことで、妖精女王もその場は不承不承、大人しくなった。
宴の席で、フィリップは妖精王子に尋ねた。
「こちらから、人間の世界に戻る方法はあるのでしょうか」
「あります」
王子はうなずいた。セリーヌを優しく見つめながら告げる。
「この王国と人の子の世界が重なっている場所があります。そこから貴方達は迷い込んで来たのです。またその重なっている場所を探すか、無理やり繋げるかどうかすれば良いのです。おじいさまにお頼みすれば、きっと貴方達を元の世界に帰して下さるでしょう。でも」
妖精王子はそっとセリーヌの髪に手をやり、口づけた。
セリーヌは真っ赤になって卒倒しそうになっていた。
「貴女はお帰ししたくない」
「……姉は別に帰らなくてもいいと思っています。嫁にもらってやってください」
すかさずカトリーヌがフォローを入れると、妖精王子は目を輝かせた。
「本当ですか」
「はい」
即、許諾の返事をするセリーヌ。
早すぎるその回答に、フィリップは目を見開き、カトリーヌはやれやれと言った様子でため息をついていた。
妖精王子はひしとセリーヌを抱きしめていた。
「わかりました。貴女は私の元で、私の妻として一緒に暮らしましょう」
「つ……妻……」
憧れの妖精の国で、この目の前の素敵な妖精王子の妻になるという望外の喜びに、セリーヌは真っ赤になって震えていた。
フィリップは、おいおいおいおいと内心思っていた。
こんな人外の世界で、人外の者とこんなに簡単に結婚すると言っていいのか。
あちらの世界で、妖精学を修めて大学の先生になるのではなかったのか。
ツッコミたいことは多かった。
けれど、早々と恋に落ちた二人には、もはや互いの姿しか見えていなかった。
「でも、私とフィリップさんは元の世界に戻して下さいね」
そうカトリーヌが釘を刺すと、妖精王子はうなずいた。
「わかりました。おじいさまに、私からも頼みます」
そう言いながらも、妖精王子はセリーヌと二人手を取り合っている。
果たして、これでいいのだろうかとフィリップは疑問を抱きながらも、恋に落ちた二人に何か常識的なことを言っても野暮になるだけかと、口を噤んだのだった。
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