199 / 560
【短編】
夏の祭りの花火 (1)
しおりを挟む
王国の夏は暑い。
そして夏というと、毎年王都では夏の祭りが開かれ、花火が王都の空に打ち上げられることが有名であった。冷えたエールを手に、人込みの中、恋人達は抱き合いながら空を見上げる。白く尾を引く花火の光を見ながら、誰もが祭りを楽しむのだ。
王都の警備を担うのは、警備隊である。
だが、この夏祭りの時は、王立騎士団並びに王都の冒険者ギルドもその治安維持に駆り出されるのが毎年のことであった。
そして隔年で、王立騎士団と王都の冒険者ギルドは、その治安維持活動の時間配分が変えられる。昨年、夏祭り中、午後の担当であった王立騎士団。今年はそれが入れ替わり、夏祭り中の王立騎士団の治安維持活動は午前の担当になった。
騎士団の若者達は、家族や恋人達と「今年は祭りの花火が見られるぞ!!」と大喜びであった。ちなみに昨年は、「今年は夜担当だから、仕方ない(涙)」と我慢していた(ちなみに王都の警備隊は朝から晩まで駆り出されて、祭りどころではないのが例年のことだった)。
バーナード騎士団長は、今年が夏祭りの午後の担当ではないとわかった時点で、すぐさま王都の高級宿の最上階の部屋をフロアごと押さえた。そして、マグル達にも声を掛け、その宿のベランダから花火を眺めようと誘うことにした。
副騎士団長のフィリップは、バーナードの気前の良さに驚いた。
しかし、考えてみれば、バーナードは潤沢な資金を持つ、資産家であった。
王都に陛下から賜っている屋敷も素晴らしいものであったし、王立騎士団長としての給与も相当なものである上、時折ぽんと彼の手元に降ってくる報奨金なども目が飛び出すほどの額だった(武道大会での優勝賞金も相当であったし、事件解決などで貴族から渡される謝礼金などもあった)。つまり彼はまったく金に困ったことがないし、それを使う時間もたまにしかないので、唸るほどの金が手許にあるようなのだ。
彼は吝嗇ではないので、こうしてぽんと気前よく使ってくれる。以前の南の諸島の宿なども、バーナードが全て手配してくれていた。
祭りの夜に花火を高級宿の最上階で見ようという誘いを受けた、王宮副魔術師長のマグルも大喜びだった。
「行く行く!! うわぁ、嬉しいな、バーナード、有難う!!」
親友の気前のいい誘いに、マグルは声を上げて喜んで、義父と新妻を連れて行くと言っている。
それから、バーナードはフィリップに言った。
「俺の弟夫婦と子供達も誘おうと思う。忙しいので来られるかわからないが」
バーナードには、二つ年下の弟がおり、王立植物園で働いているという。三人の子供がいるという話も聞いていた。フィリップはバーナードと結婚した後、事後になったが彼の親族に挨拶をした。その際に会ったきりだった。
代々騎士を輩出する家系にあって、植物園で働くというバーナードの弟はかなり異色の存在だという。実父や祖父からは随分と冷たくされ、若い時分に家を飛び出した。騎士などには向いていない、線の細い若者らしい。
(…………その弟の子を、バーナードは養子にするかも知れないと言っている)
騎士のバーナードの養子に、騎士には向いていないという弟の子を養子にするというのはかなり無茶ではないか。
そうフィリップが尋ねると、バーナードは肩をすくめた。
「三人も子がいるんだ。一人くらい騎士になってもいいという子もいるだろう」
「………………はぁ」
「別に弟のところでなくとも良い。騎士になりたいという子がいれば、その子を養子にすればいい。ただ真面目でしっかりとした子ならいいんだ」
フィリップは(私と貴方の子ならばきっと……)と言いかけてやめた。先日から散々、子供が欲しい話をしていたフィリップは、バーナードにそれをしつこく言うことで、叱られていたのだった。
だから、言葉を飲み込むしかなかった。
満ち満ちた時に、子を実らせ、子を木の股から産み落とすことができるという淫魔の王女。
その位にある彼は、未だどうやって子を作るのか知らない。
それを、フィリップは彼にあえて教えていなかった。
子を作ることに関して、前向きではない彼がそれを知った時、自分の求めを拒否するようになるのではないかと恐れたからだ。時間をかけて満ちさせて、そして彼の知らぬ間に、実らせてしまえば……。
だが一方で、以前、王宮副魔術師長のマグルの言葉がその脳裏に蘇った。
『ねぇねぇ、その木って、どこの木に実るの? 王立騎士団の裏手の木? それとも、王都の広場の木? それとも、バーナードの屋敷の木? はたまたフィリップの家の裏手の木? どこの木にどうやって実らせるの?』
そう。満ちた時に実る木はどこのものになるのかわからない。
淫魔は通常、魔界にある霊樹に実らせるという話だが、ここは魔界ではない。
それもまた困ったことだった。知らぬ間に、知らぬ場所で実ったら困ってしまう。その辺りも慎重にしなければならない。
まだまだ淫魔に関してはわからないことが多い。時間を見つけて、調べて行かなければとフィリップは考えていた。
そして夏というと、毎年王都では夏の祭りが開かれ、花火が王都の空に打ち上げられることが有名であった。冷えたエールを手に、人込みの中、恋人達は抱き合いながら空を見上げる。白く尾を引く花火の光を見ながら、誰もが祭りを楽しむのだ。
王都の警備を担うのは、警備隊である。
だが、この夏祭りの時は、王立騎士団並びに王都の冒険者ギルドもその治安維持に駆り出されるのが毎年のことであった。
そして隔年で、王立騎士団と王都の冒険者ギルドは、その治安維持活動の時間配分が変えられる。昨年、夏祭り中、午後の担当であった王立騎士団。今年はそれが入れ替わり、夏祭り中の王立騎士団の治安維持活動は午前の担当になった。
騎士団の若者達は、家族や恋人達と「今年は祭りの花火が見られるぞ!!」と大喜びであった。ちなみに昨年は、「今年は夜担当だから、仕方ない(涙)」と我慢していた(ちなみに王都の警備隊は朝から晩まで駆り出されて、祭りどころではないのが例年のことだった)。
バーナード騎士団長は、今年が夏祭りの午後の担当ではないとわかった時点で、すぐさま王都の高級宿の最上階の部屋をフロアごと押さえた。そして、マグル達にも声を掛け、その宿のベランダから花火を眺めようと誘うことにした。
副騎士団長のフィリップは、バーナードの気前の良さに驚いた。
しかし、考えてみれば、バーナードは潤沢な資金を持つ、資産家であった。
王都に陛下から賜っている屋敷も素晴らしいものであったし、王立騎士団長としての給与も相当なものである上、時折ぽんと彼の手元に降ってくる報奨金なども目が飛び出すほどの額だった(武道大会での優勝賞金も相当であったし、事件解決などで貴族から渡される謝礼金などもあった)。つまり彼はまったく金に困ったことがないし、それを使う時間もたまにしかないので、唸るほどの金が手許にあるようなのだ。
彼は吝嗇ではないので、こうしてぽんと気前よく使ってくれる。以前の南の諸島の宿なども、バーナードが全て手配してくれていた。
祭りの夜に花火を高級宿の最上階で見ようという誘いを受けた、王宮副魔術師長のマグルも大喜びだった。
「行く行く!! うわぁ、嬉しいな、バーナード、有難う!!」
親友の気前のいい誘いに、マグルは声を上げて喜んで、義父と新妻を連れて行くと言っている。
それから、バーナードはフィリップに言った。
「俺の弟夫婦と子供達も誘おうと思う。忙しいので来られるかわからないが」
バーナードには、二つ年下の弟がおり、王立植物園で働いているという。三人の子供がいるという話も聞いていた。フィリップはバーナードと結婚した後、事後になったが彼の親族に挨拶をした。その際に会ったきりだった。
代々騎士を輩出する家系にあって、植物園で働くというバーナードの弟はかなり異色の存在だという。実父や祖父からは随分と冷たくされ、若い時分に家を飛び出した。騎士などには向いていない、線の細い若者らしい。
(…………その弟の子を、バーナードは養子にするかも知れないと言っている)
騎士のバーナードの養子に、騎士には向いていないという弟の子を養子にするというのはかなり無茶ではないか。
そうフィリップが尋ねると、バーナードは肩をすくめた。
「三人も子がいるんだ。一人くらい騎士になってもいいという子もいるだろう」
「………………はぁ」
「別に弟のところでなくとも良い。騎士になりたいという子がいれば、その子を養子にすればいい。ただ真面目でしっかりとした子ならいいんだ」
フィリップは(私と貴方の子ならばきっと……)と言いかけてやめた。先日から散々、子供が欲しい話をしていたフィリップは、バーナードにそれをしつこく言うことで、叱られていたのだった。
だから、言葉を飲み込むしかなかった。
満ち満ちた時に、子を実らせ、子を木の股から産み落とすことができるという淫魔の王女。
その位にある彼は、未だどうやって子を作るのか知らない。
それを、フィリップは彼にあえて教えていなかった。
子を作ることに関して、前向きではない彼がそれを知った時、自分の求めを拒否するようになるのではないかと恐れたからだ。時間をかけて満ちさせて、そして彼の知らぬ間に、実らせてしまえば……。
だが一方で、以前、王宮副魔術師長のマグルの言葉がその脳裏に蘇った。
『ねぇねぇ、その木って、どこの木に実るの? 王立騎士団の裏手の木? それとも、王都の広場の木? それとも、バーナードの屋敷の木? はたまたフィリップの家の裏手の木? どこの木にどうやって実らせるの?』
そう。満ちた時に実る木はどこのものになるのかわからない。
淫魔は通常、魔界にある霊樹に実らせるという話だが、ここは魔界ではない。
それもまた困ったことだった。知らぬ間に、知らぬ場所で実ったら困ってしまう。その辺りも慎重にしなければならない。
まだまだ淫魔に関してはわからないことが多い。時間を見つけて、調べて行かなければとフィリップは考えていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,100
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる