天上の果実

曙なつき

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天上の果実

第二話 厭うていた理由

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 記憶を失ったルシスとの関係は、今までのことが嘘のように良好になった。
 元から、彼の方から一方的に毛嫌いされていた関係だったのだ。それを彼がやめたのだから、当然といってもいい。
 従順な彼はとてもかわいらしく、そして愛らしい。
 私に魔力を吸われることが気持ちよいらしく、快楽にも素直に身を任せている。

 本来式の後に、その体を繋げるのが筋だったが、スシャールの天人との間には、早く子を為した方が良いといわれている。婚前交渉は大いに許されていた。それをいいことに、私と彼は、性に目覚めたばかりの子供のように、日に何度も体を繋げるようになっていた。

 素直な性質のルシスは王子宮の召使達にも愛され、かわいがられていた。
 かつての彼の様子を知っていた者達は、過去のことは口にしない。
 今のこの状況が、素晴らしくも良い状況だったからだ。
 このままルシスが記憶を失ったまま輿入れし、平穏な日々を過ごしてくれればと、皆がそれを望んでいた。



 そんな中、スシャール家の長男ロゼから面会を求められた。

 神殿での面会を希望していたため、私が足を運ぶ。
 彼はスシャール家の長であり、同時に大神官の伴侶でもあった。
 月の大半を神殿で過ごしている。五人の夫はいずれも神殿に仕える神官、神殿騎士だという。
 ロゼは夫である神殿騎士二人を従えながら、現れた。

 先に神殿の応接室で待たされていた私が挨拶をすると、ロゼは微笑み、神殿にわざわざ足を運んでもらったことに礼を言って座った。

「殿下にお会いするのは一月ぶりですか。ルシスが倒れた時には真っ先に駆けつけていただき、ありがとうございました」

「いえ」

 自分の伴侶なのだから当然のことだった。

「ルシスとの関係はとても順調だと聞いています。彼はほとんど王子宮で暮らしているそうで」

「はい」

 もしかして、婚前だというのに王子宮へ留めていることを咎められるのだろうか。そう思って、ロゼを見つめると、彼は嫣然と微笑んだ。
 長い黒髪がサラリと揺れ、耳に開けられたピアスが輝いて見える。右に二つ、左に三つ、それぞれ夫から贈られた石を埋めて作られたものだった。
 夫達との関係が良好であり、愛されている印だといえる。

「いえ、そのことを咎める気はありません。お二人が仲良くお過ごしになっていることを、私は喜んでおりますので。ただ、一つ、気がかりなことがあるため、本日は殿下とお話ししたいと考えておりました。殿下は、なぜ、ルシスが記憶を失う前に、殿下と距離を置こうとしていたのか、知っておりますか?」

「…………いえ、わかりません」

 ルシスが十を迎えた頃だろうか。急に距離を取られ、嫌われた。
 あの大きな青い目で睨みつけられるようになった。

「殿下の弟君のグラム殿下が、私の二人の弟の前で、スシャールの男達は、“淫売”で“男娼”だと言ったのですって。何人もの男と関係を持つ汚らしい者達だと。天人というのも方便だと」

 血の気が引いた。

「…………」

「二人はすっかりショックを受けてしまいましてね。特にルシスは、あなたの弟君から言われたものだから、あなたも自分のことをそう思っていると思い込んでいたようです。だから、彼はあなたの手を借りずに魔力を散らすようにして、あなたとの婚礼も拒絶していました。それで、私は、ルシスとあなたとの婚姻は成立させなくても良いとも思っていました。二人の弟は自由にして、私だけがスシャールの勤めを果たせばなんとかなると思っていましたからね」

 すでにロゼから話は聞いていたのだろう。彼の伴侶たる二人の神殿騎士も、弟の妻の一族への暴言ともいえる言葉に、顔色は変えない。
 そのことに余計肩身が狭かった。
 
「…………大変申し訳ありません」

「ルシスは十歳で、リスタは九歳の頃だったと思います。殿下の弟君は十三歳だったでしょうか。子供の言ったこととはいえ、やはりよくないと思っています。ましてや彼は、今後、ルシスの夫になる可能性がある者です。私は、伴侶との関係は、敬愛が基本だと思っております。グラム殿下にとって、それは難しいのではないでしょうか」

 そう、ロゼは美しい青い瞳で、じっと見つめながら言った。



  *



 今年十九歳になる第二王子グラムは、五家の一つに輿入れさせることにした。
 グラムは王家に残れると思っていたため、この措置に衝撃を受けていた。
 だが、現国王も同意した。
 子供が述べた暴言とはいえ、彼の言葉による影響が大きすぎた。
 ルシスが第一王子アドルを嫌い、距離を置いていたことはまだいい。
 だが、グラムの暴言が、スシャール第三子のリスタの出奔した理由ならば、グラムはどんなに詫びても許されることはないだろう。

 そんなつもりはなかったと言っても、もう遅かった。
 死んで詫びて来いと、思わずアドルは言いそうになってしまった。

 リスタが出奔したことにより、リスタの婚約者で五家筆頭のラシェットの婚約者の座は長らく空いたままだった。
 順調にいけば、さ来年には婚儀のはずだったのだ。



  *



 目の前に置かれたピアスに、ルシスは嬉しそうに目を輝かせた。

「これは、殿下の目のお色ですよね」

 緑色の石の煌めくピアスを手に取る。

「そうだよ。伴侶に愛を込めて贈るものだ。私は君を愛しているからね」

 そう言って、口付けすると、ルシスは照れたように笑った。

「私も愛しております。殿下のために、私も石を用意しておきますね」

 彼の瞳の青い石のはまったピアスを、そう遠くない未来、私は手にするだろう。
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