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天上の果実
第四話 以前の彼に戻る
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ルシスが、意識を失ってから五日目。
ようやく彼は目を覚ました。
すぐさまロゼが駆け付け、目を覚ました彼を抱きしめる。
「ああ、ルシス。良かった。あなたが目を覚まして」
目に涙を浮かべて喜ぶロゼに、ルシスはぼんやりとしていた。
「……兄上、私はどうしたのでしょうか」
「……記憶がないのですか? あなたは王城の階段から落ちて、意識を失っていたんですよ」
「…………全く覚えていません」
しばらく、ロゼはルシスの顔を見つめ続けた。
「……どこから記憶があるのでしょう」
じわじわと嫌な予感がする。
「…………どこと言われても。ああ」
彼はぽんと手を叩いた。にっこりと笑って言う。
「いつものように、魔獣を退治した後、アブ林に行きました。それから記憶がありません」
それはそれは、無邪気にそう言ったのだった。
ロゼは、付き添った夫の大神官と顔を見合わせた。
それは、第一王子アドルと愛し合っていた日々を、まるまる忘れ去ったということだろうか。
そして、それ以前の記憶を取り戻したということだろうか。
ロゼは恐る恐る、確認のために声をかけた。
「ルシス、あなたは第一王子のアドル殿下と婚約していたことは覚えていますか」
「……ああ、あいつとの婚約は絶対に破棄します!!」
憎々し気に叫ぶ。王子を“あいつ”呼ばわりしたこと。それが全てを物語っていた。
やはり……やはりそうなのだ。
ロゼは頭を抱えたかった。
どんな神の御業か、ルシスは以前のルシスに戻っていた。
第一王子アドルとの婚約を厭い、彼を嫌っていた以前のルシスに。
そして今度は、アドルとのあの甘やかな記憶のすべてを失ってしまった。
「ルシス、あなたはあの後、アドル殿下とは仲良くなったのですよ」
そう、唇から魔力を吸わせ、褥を共にし、互いの色のピアスを贈り合うまでの仲になっていた。
だが、その記憶はまったく消えてしまったようだった。
「私とあの王子が仲良く? あり得ません。天地がひっくり返ってもあり得ません!!」
言い切るのか。
ロゼは天を仰いでため息をついた。
彼の夫の大神官は、ルシスに言った。
「とにかく、あなたが記憶を取り戻すまで、この神殿に留まるといいでしょう」
「……そうするしかないですね」
ロゼは暗く言った。
今のこの状態のルシスを、王城に返すわけにはとてもいかなかった。
*
ルシスの状況の報告を受けたアドル王子は、最初信じられなかった。
ここ数か月の記憶を失い、自分のことを嫌っていた頃のルシスに戻っているという。
嘘ではないかと。
どうしても信じられなかった彼は、ルシスに会わせて欲しいと言った。
「あなたが傷つくことになると思いますが、現状を把握するために、どうしても必要とするならば、いいでしょう」
ロゼは固く強張った声でそう答えた。
そして会ったルシスに、アドルは罵倒された。
「なんでお前がこの神殿にいるんだ!! 私に会いに来た? まさか、どうして」
婚約者だから、怪我をしたルシスを見舞いに来るのは当然であったし、自分はあなたを愛している。
そう告げると、ルシスは信じられないように首を振った。
「……私を愛しているなど、嘘でしょう? どの口からそんなことを言えるんです!!」
彼の青い目は、今ではとても冷たく見つめ返してきた。
あの素直で愛らしい彼の姿は、まったく消え失せていた。
最後に、彼はアドルと自分との婚約を破棄するように求め、乱暴に扉は閉められた。
アドルは立ち尽くすしかなかった。
ロゼと大神官は、ルシスが再び失った記憶を取り戻す可能性があると言った。
取り戻すまで待つしかないとも。
このまま婚礼の式典を挙げることもできないだろうから、無期限の延期となった。
再び、ルシスは自分の中の魔力を散らすために、魔獣退治に森へ出かけるようになったと聞く。
ようやく彼は目を覚ました。
すぐさまロゼが駆け付け、目を覚ました彼を抱きしめる。
「ああ、ルシス。良かった。あなたが目を覚まして」
目に涙を浮かべて喜ぶロゼに、ルシスはぼんやりとしていた。
「……兄上、私はどうしたのでしょうか」
「……記憶がないのですか? あなたは王城の階段から落ちて、意識を失っていたんですよ」
「…………全く覚えていません」
しばらく、ロゼはルシスの顔を見つめ続けた。
「……どこから記憶があるのでしょう」
じわじわと嫌な予感がする。
「…………どこと言われても。ああ」
彼はぽんと手を叩いた。にっこりと笑って言う。
「いつものように、魔獣を退治した後、アブ林に行きました。それから記憶がありません」
それはそれは、無邪気にそう言ったのだった。
ロゼは、付き添った夫の大神官と顔を見合わせた。
それは、第一王子アドルと愛し合っていた日々を、まるまる忘れ去ったということだろうか。
そして、それ以前の記憶を取り戻したということだろうか。
ロゼは恐る恐る、確認のために声をかけた。
「ルシス、あなたは第一王子のアドル殿下と婚約していたことは覚えていますか」
「……ああ、あいつとの婚約は絶対に破棄します!!」
憎々し気に叫ぶ。王子を“あいつ”呼ばわりしたこと。それが全てを物語っていた。
やはり……やはりそうなのだ。
ロゼは頭を抱えたかった。
どんな神の御業か、ルシスは以前のルシスに戻っていた。
第一王子アドルとの婚約を厭い、彼を嫌っていた以前のルシスに。
そして今度は、アドルとのあの甘やかな記憶のすべてを失ってしまった。
「ルシス、あなたはあの後、アドル殿下とは仲良くなったのですよ」
そう、唇から魔力を吸わせ、褥を共にし、互いの色のピアスを贈り合うまでの仲になっていた。
だが、その記憶はまったく消えてしまったようだった。
「私とあの王子が仲良く? あり得ません。天地がひっくり返ってもあり得ません!!」
言い切るのか。
ロゼは天を仰いでため息をついた。
彼の夫の大神官は、ルシスに言った。
「とにかく、あなたが記憶を取り戻すまで、この神殿に留まるといいでしょう」
「……そうするしかないですね」
ロゼは暗く言った。
今のこの状態のルシスを、王城に返すわけにはとてもいかなかった。
*
ルシスの状況の報告を受けたアドル王子は、最初信じられなかった。
ここ数か月の記憶を失い、自分のことを嫌っていた頃のルシスに戻っているという。
嘘ではないかと。
どうしても信じられなかった彼は、ルシスに会わせて欲しいと言った。
「あなたが傷つくことになると思いますが、現状を把握するために、どうしても必要とするならば、いいでしょう」
ロゼは固く強張った声でそう答えた。
そして会ったルシスに、アドルは罵倒された。
「なんでお前がこの神殿にいるんだ!! 私に会いに来た? まさか、どうして」
婚約者だから、怪我をしたルシスを見舞いに来るのは当然であったし、自分はあなたを愛している。
そう告げると、ルシスは信じられないように首を振った。
「……私を愛しているなど、嘘でしょう? どの口からそんなことを言えるんです!!」
彼の青い目は、今ではとても冷たく見つめ返してきた。
あの素直で愛らしい彼の姿は、まったく消え失せていた。
最後に、彼はアドルと自分との婚約を破棄するように求め、乱暴に扉は閉められた。
アドルは立ち尽くすしかなかった。
ロゼと大神官は、ルシスが再び失った記憶を取り戻す可能性があると言った。
取り戻すまで待つしかないとも。
このまま婚礼の式典を挙げることもできないだろうから、無期限の延期となった。
再び、ルシスは自分の中の魔力を散らすために、魔獣退治に森へ出かけるようになったと聞く。
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