転生したら竜でした。が、マスターが性的に俺の上に乗っかろうとしています。

曙なつき

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第一章 幼少期の王宮での暮らし

第十九話 その騎士が、恋などもうしないという理由

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 リヨンネが扉を開けて入った酒場は、もっぱら街の庶民相手のもので、エール片手に酔っ払いが肩を組んで歌っていたり、出来上がった男達の笑い声がひっきりなしに上がっていたり、喧嘩らしきものが始まろうとしていたりと、とにかく騒がしい。先日、レネがバンナム卿を連れていったお洒落な店とは大違いである。
 だが、リヨンネはこうした店も嫌いではなかった。
 騒がしいテーブルの間を、エールを持って運ぶ忙しそうな女給の横を、リヨンネはすり抜けて、レネが座る席に向かった。
 レネの前には、すでにエールが空になった杯が置かれており、彼は少し据わった目をして、リヨンネを迎えた。

(おやおやどうしたんだ。もう酔っているのか)
 
 ここ最近、レネがリヨンネと酒を酌み交わすのも、「どうバンナム卿を感じの良いお店にお連れするか」というリヨンネからのアドバイスをもらうためのものばかりで、二人は落ち着いた様子で酒を酌み交わすことがほとんどだった。
 なのに、今のレネは出来上がっている。

「もうはじめているんですか」

 そう問いかけると、レネは頷いた。
 色白のレネは酒に酔うと、肌が赤くなる。
 特に目元が朱に染まり、瞳は潤んだようになるのだ。
 隣に椅子を引いてリヨンネが座ると、レネは片手を挙げて、店員に、リヨンネの分のエールを頼んだ。

 そして彼の分のエールが来る間、レネはエールの入った杯をあおっていた。

「……リヨンネ先生はご存知でしたか?」

「何をですか」

「バンナム卿は、竜騎兵団に行く殿下のお供につくことは確定だそうです。卿は、北方に行ってしまいます」

「…………その可能性は十分あると、以前伝えたよね」

 だからリヨンネは、レネに、早くバンナム卿に告白するように勧めたのだ。
 半年後、護衛騎士バンナムの護衛対象であるアルバート王子は竜騎兵団の寮に入ることが決定している。年若い王族であるアルバート王子の護衛を務める騎士も当然、王子について北方の竜騎兵団の寮に入ることになる。そしてそれは、バンナム卿になる可能性は高いとみていた。

 だから今更、そうレネがショックを受ける話ではないと思っていた。
 しかし、レネは話を続けた。

「バンナム卿は、とても剣の腕が立つ騎士です。近衛でも一、二を争う腕前だそうです」

「そうらしいね」

「……本来、第一王子や第二王子の護衛につくべき騎士だったそうです」

 その過去形の言葉遣いに、リヨンネは眉を上げた。

「…………レネ先生?」

 レネは、ダンとエールの入った杯をテーブルに乱暴に置いた。

「私は知りませんでした。リヨンネ先生はご存知でしたか? バンナム卿は私に言いましたよ。『自分は殿下について北方に行く。殿下に剣を捧げているのだから当然です』と。『恋人も作る予定もない。妻帯もあり得ないので、ちょうど良いのです』と」

 リヨンネはそのレネの言葉に耳を疑った。
 恋人も作らない、妻帯も有り得ないというのはどういう意味だ。
 まだバンナム卿は二十四歳という若さで、十分に恋も、結婚も有り得る年齢だろう。

「私はわけが分かりませんでした。もしかして、『お前なんて相手にならない』という牽制の意味で言われたのでしょうか。私はバンナム卿が好きです。でも、卿に『恋人を作る予定もない』と直接言われたということは、まったく見込みはないということですよね」

「……そうかも知れないけど、ちょっと待ってくれ」

 リヨンネは、グズグズと言い出しているレネを落ち着かせようとした。

「いいかい、私も調べてみる。レネ先生もあまり結論を早く出さない方がいい。直接告白して振られたわけじゃないんでしょう?」

「直接『好きです』と伝えた後に『恋人を作る予定はない』と言われたら、私は軽く死ねますよ」

 ハハハと乾いた笑い声を上げて、レネはまたぐいとエールを飲んだ。
 
「その話が出たのは、バンナム卿が王子について竜騎兵団の在る北方へ行くという話の流れの中なのでしょう? レネ先生が好きとか嫌いとかそういう話ではなかったはずだ」

 そもそも未だにレネは、バンナム卿に自分が好意を抱いていることを伝えていないはずだし、バンナム卿もそれには気が付いていないようだ。
 あくまでバンナム卿自身の持つ考えとして、口にしただけだろう。

 だが、若く有望な騎士であるはずのバンナム卿が、これから先、恋人も作らず、結婚もしないと言い、そして七番目の王子について、この国の最果てともいえる北方の竜騎兵団に赴くというのは何故なのだろうと疑問が浮かぶ。弟が竜騎兵だからということもあるだろうが、それを差し引いても、彼が率先してそれを行うのもおかしな気がする。
 リヨンネは調べてみようと思った。

 その傍らで、レネはぐずぐずとエールを片手に、泣きそうな様子であった。




 



 リヨンネは久しぶりに、実家である王都のバンクール商会に足を運んだ。
 バンクール家は、この王都に十二軒の店舗を持つ大店だった。
 そのうち四つは貴族向けの店舗で、残り八つが一般庶民向けの店舗である。布を使った小物から、貴族向けのオートクチュール品まで扱っている、名の知れた服飾品の店であった。
 その店舗を統括するのはリヨンネの一番上の兄でジャクセンといい、彼は貴族向け、庶民向けの店を開き多くの人々に向けて商売をしていることもあって、情報通であった。

 リヨンネが慣れた様子で、貴族向けの店舗のうち最も高級品を扱う店の扉を開けると、すぐさま従業員が現れて、さっさとリヨンネを店の奥へと連れていった。

「リヨンネ様、裏から入ってくださいといつも言っているでしょう」

 古株の従業員が、ため息まじりでそう言うのをリヨンネは聞き流していた。

「兄さんはいる? ジャクセン兄さんの方」

 リヨンネの上には三人の兄がいる。リヨンネ以外の三人が、店の仕事に就いていた。店の仕事に就いていないのは末息子のリヨンネだけだった。

「上の階におります。商談中です」

「分かった。待たせてもらうよ」

 店裏の部屋で、リヨンネは勝手知ったように椅子に座ると、本を手に読み始める。
 相変わらず勝手な人だと思いながら、従業員達はおのおのの仕事を再び始めている。

 そして一刻ほど経った時、ようやく長兄のジャクセンがリヨンネのいる部屋にやって来た。
 ジャクセンはこのバンクール商会の全ての店を統括する支配人であった。
 服飾を扱う店の主人らしく、最新流行の服を着こなしたなかなかの美男である。
 リヨンネの前の椅子に座ると、「なんだ」とリヨンネに声をかけた。

「兄さん、忙しいところすまないね。ちょっと教えて欲しいことがあって来たんだ」

「お前が私のところに来るのは、その目的しかないだろう」

 ジャクセンが話の先を促すと、リヨンネは話し始めた。

「王宮で、アルバート王子の護衛騎士を務めるバンナム=アルドリッジについて知っていることを教えて欲しい」

 ジャクセンは、恐ろしいほどの記憶力を持っていた。
 彼は、一度会った人物、聞いた人物の名は忘れないという。それは彼の仕事に非常に役立つ能力だった。だからこそ、リヨンネ達の父親は、ジャクセンが長男ということもあったが、彼を後継者にさっさと決めていたのだ。
 ジャクセンはスラスラと話し始めた。

「バンナム卿は騎士学校を優秀な成績で卒業した後、エルノワール家に取り立てられた」

「エルノワールって、侯爵家の?」

「そうだ。バンナム卿のことを侯爵が気に入られ、三番目のご令嬢の婿に迎えようという話が出た。ゆくゆくは夫婦に所領の一つを任せようという、逆玉の輿だな。侯爵は三番目のご令嬢を大層可愛がっていたから、彼女をお手許に置きたかったんだろう。早々に婚約も成立した」

 リヨンネは眉を寄せた。

(いったい何年前の話だ。バンナム卿が騎士学校を卒業してすぐくらいの話だろうか?)

「だが、婚約は解消になった。その婚約したご令嬢が、駆け落ちをしたのだよ」

(!!!!!!)

 驚いたリヨンネは、兄ジャクセンの顔を目を見開いて見つめてしまった。
 その驚きっぷりを見て、ジャクセンは少し呆れ顔だ。

「結構、世間では話題になった話だ。知らなかったのか? ああ、その話が話題になっていたのは、リヨンネ、お前がフィールドワークでゼスタ王国へ行っていた時のことか」

 そう、リヨンネは二年ほどこの国を離れていた時期があったのだ。
 その間に起きたことらしい。

「……………知りませんでした」

「エルノワール侯爵家のご令嬢は、家庭教師を務めていた男と手と手を取り合って、駆け落ちした。バンナム卿は婚約者に逃げられた哀れな騎士として大層同情されたが、話はそれで終わらなかった」

「……………え、まだ続きがあるのですか」

 婚約者に逃げられたから、結婚も恋人ももうこりごりというのなら、話は理解できる。
 それで話が終わりでも良かったのに、まだ続くというのだ。

「駆け落ちした二人は、駆け落ち先で事件に巻き込まれて命を落としたんだ。侯爵夫妻の嘆きはひどくて、とくに夫人がバンナム卿を責め立てた。婚約者である彼が、しっかりと彼女を捕まえていなかったからこんなことになったんだと」

「ええええええ…………」

 思わず、リヨンネは変な声を上げてしまう。
 それは酷い。酷すぎる。
 婚約者に逃げられた若者に、追い打ちをかけるようにそんなことを言うなんて信じられない。
 だいたい、駆け落ちを見逃したのも、侯爵夫妻の管理不足のような気がしてならない。

「ご令嬢はまだ十六歳という若さで亡くなられた。異国で非業の死を遂げたことについて、夫妻はどうしても認めたくなかったのだろう。バンナム卿を責め立てたが、卿は何も仰らなかった。現侯爵とそうした因縁を持ってしまったバンナム卿は、騎士としての仕事もやり辛かったろう。行き場を無くしたような彼を、護衛騎士として雇いたいと手を挙げたのが、マルグリッド妃殿下だった。優秀な騎士なら、アルバート王子殿下の護衛を任せたいということだ。そうしてアルバート王子殿下の護衛の任に、バンナム卿がつくことになった」

 マルグリット妃は、国王陛下の第三妃で、アルバート王子の母君にあたる。
 飛び抜けて腕の良い騎士を自分の息子の護衛騎士に出来るなら良いと、醜聞の中にあるバンナム卿を救い上げたというわけか。そうなれば、バンナム卿がマルグリット妃やアルバート王子に対して強い忠誠心を持つことも分かる。だからこそ、九歳の若さの第七王子にすでに剣を捧げるという事態になっているわけだ。

「そのような話があったのですね」

 そしてバンナム卿が、アルバート王子が行く騎竜兵団に同行する話も、彼が「結婚しない、恋人も作らない」と話すことも、理解できた。
 そんな目に遭ったのなら、もう面倒な恋愛事などこりごりだろう。

(果たして、レネ先生はこれを聞いてどう思うだろうか)

 バンナム卿を諦めるか、それともまだ、彼のことを諦めないか。
 「恋人を作る予定がない」と言い切る騎士の、その恋の相手になるにはなかなか苦労すると思われる。

(でもきっと)

 酒場でぐずぐずと未練がましく泣きそうだった様子を見ていると、きっと彼は、真正面からその恋が砕け散らない限り、想いを寄せ続けるような気がしてならなかった。
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