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神速の槍
第16話 アイドル
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早朝。
静謐な空気の中、風を切る微かな音が道場内に響いている。
それは作務衣を着た若者が、手にした槍を黙々と突きを出す音だった。
美しい中性的な顔立ちに、強い意思の宿った眼差しを持つ若者の名は――金剛劔。
神速の槍の二つ名を持つ、学園四天王の1人だ。
このギフテッド学園において、その名を知らない物は少ないだろう。
特に女子は。
「あ!いたー!」
「きゃー!王子ーーー!!」
道場の外から唐突に黄色いが声が飛ぶ。
その声に、金剛はほんのわずかに眉根を顰める。
窓の外には、先程までは見かけなかった女子達がいつの間にやら居並んでいた。
彼女達は金剛劔ファンクラブの面々だ。
その甘いマスクとクールな立ち振る舞いから、女生徒達は金剛を王子と持て囃していた。
金剛は質実剛健を信条とする人間だった。
そのため、本人はそういった呼び名を嫌っている。
だが周りの女生徒は、そんな事などお構いなしだ。
彼女達は今日も元気に大声で声援を送り、金剛の修練の邪魔をする。
「毎日毎日、飽きずによくやるもんだ」
今はまだ朝の6時。
そんな時間から道場の周囲に押し寄せる女生徒達に、金剛は手を止め肩を竦めた。
「まあ人は人、自分は自分だ。集中しないとな……」
声援が気になるのは、自分が集中しきれていない証拠である。
それを認識した金剛は、目を瞑って軽く深呼吸する。
そして余計な雑念を頭から振り払い、再び槍を振るい始めた。
金剛にとって幸いなのは、ファンの大半がその存在を神聖視している事だ。
そのため遠くから声援を送る事はあっても、彼女達は必要以上に距離を詰める様な真似はしなかった。
稀に抜け駆けしようとする者もいるにはいるが、それらはほぼ100%周囲に止められ、その後きつい制裁を課される事となる。
「隙あり!」
金剛が再び槍を振るい始めると、突然休憩室の扉が開き、勢いよく誰かが飛び出して来た。
その手には白刃が握られている。
「ふっ!」
自身に向かって真っすぐに振り下ろされた刃を、金剛は手にした槍で華麗に捌いた。
「ありゃ?」
「ありませんよ。俺に隙なんて」
「私の剣を受け止めるなんて……成長したわね!金剛!」
「編入当初から、それ位普通に出来ましたが?」
金剛は眉一つ動かす事無く、闖入者の言葉を正す。
「……ったく。ほんっと可愛くないわねぇ、あんたは」
金剛に襲い掛かった――胴着を着た女性は腰に手を当て、やれやれと首を竦める。
顔にはバッチリメイクが施されており、肩までの髪はソバージュが駆けられていた。
彼女の名は千堂貴美子。
この学園の教師であり、剣道部と槍術部の顧問を務める人物だ。
「それにしても珍しいですね。先生がこんな早朝に姿を現すなんて」
既に周囲の黄色い声援は止まっている。
神聖な道場に向かって雄叫びなど上げている姿を教師に直接見咎められれば、罰がある事ぐらい想像に難くない。
流石に彼女達も、それが分からないほど愚かではなかった。
「折角面白い話を持ってきてあげたのに、人を怠け者みたいに言わないで欲しいわね」
「面白い話?それは後では駄目なんですか?」
今は訓練の最中だ。
顧問の持ってきた愉快な話など後にして欲しい。
金剛は隠す事なく、それを如実に顔に出す。
「まあいいから聞きなさい。実は風紀委員長が変わったのよ」
「やっとですか」
「驚かないのね?」
「四条の最低な人間性を考えれば、驚く要素はないと思いますが?寧ろ今更かといった感じですよ。氷部が生徒会から風紀に移った時点で、何故首にならなかったのか不思議でなりません」
氷部は元々生徒会のメンバーだ。
風紀員への移動は、彼女の強い意向で行われている。
それは氷部自らの手で、違法組織を取り締まるためだった。
「まあ確かに、鼻持ちならない子だったもんねぇ。四条君。同じお金持ちの子息でも、氷部さんとは大違い。あ、今のは聞かなかった事にしてよ。教師が生徒を差別する様な事言うのは不味いからね」
「胴着の胸元に、彼氏募集中のプレートを張るよりかはましに思えますが?」
彼女の胴着はその見事な胸によって押し上げられており、そこにはデカデカと「千堂貴美子31歳。彼氏募集中」と書かれたプレートが張り付けられていた。
因みに、実際は41歳だ。
鯖を読むにも程がある。
「これはいいのよ。個人の趣味だから」
「そうですか」
絶対ダメだろうとは思うが、言っても聞かない相手なので金剛は適当に流した。
「面白い話がそれだけなら、訓練を続けたいのですが?」
暗に、用がないなら道場から出て行けと金剛は口にする。
顧問に対してかける言葉ではないが、それだけ普段から彼女の言動には難があるという事だろう。
「あらあら、せっかちねぇ。面白いのはこれからよ。なんで四条君が首になったと思う?」
「問題を起こしたからでしょう」
何を分かり切った事を。
そう言った口調で金剛は返事を返す。
「じゃあその際、彼が相手に返り討ちに会ったのは知ってるかしら?」
「また氷部にちょっかいをかけたんですか?本当に懲りない男だ」
仮にも四天王と呼ばれる男だ。
この学園で四条を下せる人間はかなり限られていた。
学生だけで限定するならば、同じ四天王か生徒会副会長くらいな物だろう。
四条は馬鹿だが、流石に荒木やその腹心である茨木に手を出す程お頭は弱くなかった。
その為、自然と四条がやられた=相手は氷部と金剛は判断する。
「ちっちっち。それが違うのよねぇ」
「……?どういう事です?」
「四条君を返り討ちにしたのは、最近入った新規編入生らしいわよ。しかも、秒殺されたって話よ。どう?面白いでしょ?」
「ふ、成程……確かに面白そうな話ですね」
訓練に戻りかけていた金剛は構えを解き、顧問へと振り返った。
武を志す彼にとって、強敵は何よりの関心事項に当たる。
「名前は鏡竜也。高等部の1年生で、クラスは――」
静謐な空気の中、風を切る微かな音が道場内に響いている。
それは作務衣を着た若者が、手にした槍を黙々と突きを出す音だった。
美しい中性的な顔立ちに、強い意思の宿った眼差しを持つ若者の名は――金剛劔。
神速の槍の二つ名を持つ、学園四天王の1人だ。
このギフテッド学園において、その名を知らない物は少ないだろう。
特に女子は。
「あ!いたー!」
「きゃー!王子ーーー!!」
道場の外から唐突に黄色いが声が飛ぶ。
その声に、金剛はほんのわずかに眉根を顰める。
窓の外には、先程までは見かけなかった女子達がいつの間にやら居並んでいた。
彼女達は金剛劔ファンクラブの面々だ。
その甘いマスクとクールな立ち振る舞いから、女生徒達は金剛を王子と持て囃していた。
金剛は質実剛健を信条とする人間だった。
そのため、本人はそういった呼び名を嫌っている。
だが周りの女生徒は、そんな事などお構いなしだ。
彼女達は今日も元気に大声で声援を送り、金剛の修練の邪魔をする。
「毎日毎日、飽きずによくやるもんだ」
今はまだ朝の6時。
そんな時間から道場の周囲に押し寄せる女生徒達に、金剛は手を止め肩を竦めた。
「まあ人は人、自分は自分だ。集中しないとな……」
声援が気になるのは、自分が集中しきれていない証拠である。
それを認識した金剛は、目を瞑って軽く深呼吸する。
そして余計な雑念を頭から振り払い、再び槍を振るい始めた。
金剛にとって幸いなのは、ファンの大半がその存在を神聖視している事だ。
そのため遠くから声援を送る事はあっても、彼女達は必要以上に距離を詰める様な真似はしなかった。
稀に抜け駆けしようとする者もいるにはいるが、それらはほぼ100%周囲に止められ、その後きつい制裁を課される事となる。
「隙あり!」
金剛が再び槍を振るい始めると、突然休憩室の扉が開き、勢いよく誰かが飛び出して来た。
その手には白刃が握られている。
「ふっ!」
自身に向かって真っすぐに振り下ろされた刃を、金剛は手にした槍で華麗に捌いた。
「ありゃ?」
「ありませんよ。俺に隙なんて」
「私の剣を受け止めるなんて……成長したわね!金剛!」
「編入当初から、それ位普通に出来ましたが?」
金剛は眉一つ動かす事無く、闖入者の言葉を正す。
「……ったく。ほんっと可愛くないわねぇ、あんたは」
金剛に襲い掛かった――胴着を着た女性は腰に手を当て、やれやれと首を竦める。
顔にはバッチリメイクが施されており、肩までの髪はソバージュが駆けられていた。
彼女の名は千堂貴美子。
この学園の教師であり、剣道部と槍術部の顧問を務める人物だ。
「それにしても珍しいですね。先生がこんな早朝に姿を現すなんて」
既に周囲の黄色い声援は止まっている。
神聖な道場に向かって雄叫びなど上げている姿を教師に直接見咎められれば、罰がある事ぐらい想像に難くない。
流石に彼女達も、それが分からないほど愚かではなかった。
「折角面白い話を持ってきてあげたのに、人を怠け者みたいに言わないで欲しいわね」
「面白い話?それは後では駄目なんですか?」
今は訓練の最中だ。
顧問の持ってきた愉快な話など後にして欲しい。
金剛は隠す事なく、それを如実に顔に出す。
「まあいいから聞きなさい。実は風紀委員長が変わったのよ」
「やっとですか」
「驚かないのね?」
「四条の最低な人間性を考えれば、驚く要素はないと思いますが?寧ろ今更かといった感じですよ。氷部が生徒会から風紀に移った時点で、何故首にならなかったのか不思議でなりません」
氷部は元々生徒会のメンバーだ。
風紀員への移動は、彼女の強い意向で行われている。
それは氷部自らの手で、違法組織を取り締まるためだった。
「まあ確かに、鼻持ちならない子だったもんねぇ。四条君。同じお金持ちの子息でも、氷部さんとは大違い。あ、今のは聞かなかった事にしてよ。教師が生徒を差別する様な事言うのは不味いからね」
「胴着の胸元に、彼氏募集中のプレートを張るよりかはましに思えますが?」
彼女の胴着はその見事な胸によって押し上げられており、そこにはデカデカと「千堂貴美子31歳。彼氏募集中」と書かれたプレートが張り付けられていた。
因みに、実際は41歳だ。
鯖を読むにも程がある。
「これはいいのよ。個人の趣味だから」
「そうですか」
絶対ダメだろうとは思うが、言っても聞かない相手なので金剛は適当に流した。
「面白い話がそれだけなら、訓練を続けたいのですが?」
暗に、用がないなら道場から出て行けと金剛は口にする。
顧問に対してかける言葉ではないが、それだけ普段から彼女の言動には難があるという事だろう。
「あらあら、せっかちねぇ。面白いのはこれからよ。なんで四条君が首になったと思う?」
「問題を起こしたからでしょう」
何を分かり切った事を。
そう言った口調で金剛は返事を返す。
「じゃあその際、彼が相手に返り討ちに会ったのは知ってるかしら?」
「また氷部にちょっかいをかけたんですか?本当に懲りない男だ」
仮にも四天王と呼ばれる男だ。
この学園で四条を下せる人間はかなり限られていた。
学生だけで限定するならば、同じ四天王か生徒会副会長くらいな物だろう。
四条は馬鹿だが、流石に荒木やその腹心である茨木に手を出す程お頭は弱くなかった。
その為、自然と四条がやられた=相手は氷部と金剛は判断する。
「ちっちっち。それが違うのよねぇ」
「……?どういう事です?」
「四条君を返り討ちにしたのは、最近入った新規編入生らしいわよ。しかも、秒殺されたって話よ。どう?面白いでしょ?」
「ふ、成程……確かに面白そうな話ですね」
訓練に戻りかけていた金剛は構えを解き、顧問へと振り返った。
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