吾輩は時々、黒猫である。

やまとゆう

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第1章 僕とボク

#6.

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            ✳︎

 窓の外からカラスの鳴き声が僕の眠りを邪魔するように耳に入ってくる。複数のカラスが喧嘩しているのか激しく叫び合っていた。目覚めの悪い朝に僕の眉間にはいつもより皺が寄る。まぁそんな事が無くても僕は大体目覚めが悪い。この前店の営業を終えてからみんなで話し合っていた時、師匠が京子に言っていたようにアラームが鳴ってからすぐに起きる事なんて僕にはもちろんできっこないし、二度寝、三度寝なんて当たり前のように繰り返す。それは前日にどれだけ睡眠時間をとっても、どれだけ充実した前日だったとしても、次の日になると体はいつだってとっても重い。表現するのなら、武士が身に纏う甲冑を着ながら寝ているような感じだろうか。それを着たことはもちろんあるはずもないけれど。ぎしぎしと骨が悲鳴を上げているみたいな音を鳴らし、軋んだ体を動かしてうーんと伸びをして徐々に体を目覚めさせていく。ここまでアラームが鳴ってからざっと40分は過ぎているだろう。リビングへ下りていくと、今日も既に師匠はいなかった。まだまだスイッチの入っていない体をダラダラと動かしながら朝食を済ませてから僕も家を出た。暖かい日差しを浴びながら人通りの少ない路地を歩く。しばらく雨が続いていて気持ちまでどんよりとしていたけれど、今日は久しぶりに穏やかな空模様で少しだけ心が軽くなった気がした。

ーーーーー。

 太陽の方を薄目で見ていると、僕は一瞬意識が飛んだ。そして再び意識が戻る頃にはボクは黒猫になっていた。この前、黒猫になったのが優子に会った日だったっけ。今日は何曜日だろう。あ、木曜日だ。ちょうど1週間ぶりか。今日も彼女が公園に来てくれたらいいなと、少しの期待を抱きながらボクは公園に向かって、もふもふの四肢を動かした。うん、やっぱり黒猫になっている時間は、「人間」でいる時間よりもゆったりと流れていて好きだ。穏やかな気温がそんな気持ちをより強くさせた。

 公園に着くと今日はあの2匹が先にくつろいでいた。ボクは一緒にいるその2匹の元へ歩いた。猫に礼儀があるのかは知らないが、ボクはいつものように頭を下げて挨拶をした(つもり)。

 「おはようございます」

目を見て挨拶しても仙猫さんはやっぱり何の反応もせずにボクの目を見つめる。何も言われずにじっと見つめられるものだから、照れくさくなってボクはへへへと笑って視線を逸らした。ちゃんと笑えているかのは今日も分からない。一方の白猫は、「ナー」と一回鳴き声を上げてボクの体にその白い体を突然すりすりと擦り付けてきた。ボクの黒い毛と白猫の白い毛が擦り合ってサラサラと優しい音を立てた。その予想外の行動にボクは滑り台のてっぺんに届きそうな程勢いよく飛び跳ねた。白猫は、そんな顔してどうしたの? とでも言いたげな表情でボクを見ている。ドキッとしてしまったのは今ボクは黒猫だからだと自分に言い聞かせる。

 「へ、へへ」

確実にさっきよりも笑えていないと言いきれる、無駄に顔に力が入っている笑顔を白猫にも向けてからボクはお気に入りのベンチがある方へ逃げるように向かった。あの白猫はボクを受け入れているのだろうか。それにしても今の行動にはビックリした。猫の気持ちを表した本を読んでみてもいいかもしれないとボクはふと思った。ボクはベンチにひょいと登って寝転がり心を落ち着かせた。しばらくそうしていると、日差しがあまりにも気持ち良かったのでボクはそのままうたた寝をしてしまった。今日は寝てばかりだ。

 閉じた目を開こうと徐々に意識を起こしていく。すると、ボクはいつの間にか「人間」の膝の上で寝ていることに気づいた。その膝は柔らかくてほんのりと暖かく、ボクが部屋で使っている枕よりも寝心地が良かった。視線を「人間」の顔の方に向けると、そこにはいつか見た優しい笑顔を向ける優子がいた。

 「フ、フギャア!!」

ボクは慌てて優子の膝から飛び降りた。小さな心臓がボクの口から飛び出しそうな程ドキドキしている。これは当分おさまりそうにない。そんなボクを見た優子は、穏やかに笑っているもののどこか寂しそうにも見えた気がした。そんな優子は視線を自分のトートバッグに移し、そこから紺色のブックカバーがついた文庫本を取り出した。彼女の意識は完全にその本に移ったようだ。そんな彼女の姿をじっと眺めていると、ボクは本を読む彼女のその姿に釘付けになっていた。緑の木々が生い茂る晴れた昼間の公園で美女が本を嗜む。今この瞬間を写真に撮れば美術館に展示してもらえそうな程に彼女は画になっていた。その作品に題名をつけるとしたら。そうだな、

 『マネキンの休日』

どこかで聞いたようなタイトルになってしまった。安直すぎる。ダメだ、最近特に思考回路が師匠に似てきた気がする。もっと頭を柔らかくしないとダメだ。ボクはボクの中でボクを叱った。

 「ん? おいで」

マネキン、いや優子はボクと視線が合うと手招きをしてボクを呼んだ。これが俗に言う招き美女というやつか。いや俗に言わないだろう。安直すぎるって。どうした、今日のボク? 馬鹿なことを考えていながらも、ボクの体は操られるように彼女の方へ向かった。そしてボクはそこが特等席かのように彼女の膝の上に戻った。鼓動は全く戻っていない。けれど、そこはやっぱりとっても居心地が良かった。

 「フフ、キミ。あったかいね」

彼女の手がボクの毛並みをゆっくりと撫でた。やっぱり彼女の手は優しい。そしてやっぱりほんのり暖かい。今頃気づいたけれど、ボクはこの前撫でてくれたあの感触を味わいたくて無意識で彼女の膝の上に乗ったのかもしれないと思うと、僕は余計に恥ずかしくなった。

 「ボ、ボクの体より、君の手の方がよっぽど暖かいよ……!」

チャラい男の人が口説く時に使うような、いかにもクサすぎる言葉を言ったつもりなのに、やっぱり彼女には何も届いていないようだ。

 「キミ、鳴き声も可愛いな」

声自体は聞こえているようだった。だが、今の人語が彼女に届いていたと思うと、それはそれで顔から火が出るぐらい恥ずかしい。それから優子はその優しい手で何度もボクを撫でながら片手で本を開きながらゆっくりと文字を追っていた。優子からの呼ばれ方が「お前」から「キミ」に変わっていた事、ボクは表情や仕草には見せずに喜んだ。

 「私、本を読むのが好きなんだ」

彼女はボクに囁くような小さな声で話し出した。ボクは彼女に背中を向けながらも聞いてるよと耳を動かして反応する。

 「本の中には色んな物語があるんだけど、私はこれまでに自分では経験した事のない「恋愛」がテーマになっている物語が特に好きでさ。ま、猫のキミには「恋愛」っていうのが何かも分からないだろうけどね」

照れくさそうにそう話す彼女の声がボクには妙にくすぐったく感じた。。あぁ、でもキミと白猫ちゃんはちょっとお似合いかもねと彼女は微笑みながら付け足した。彼女の笑う顔が無性に見たくなってボクは振り向いた。彼女はやっぱり優しい笑顔をボクに向けていた。その瞬間、ボクは自分のやりたい事が刹那的に頭の中に浮かんだ。それはまるで、神様がボクに使命を与えた瞬間のように思えた。
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