SCAPEGOAT ~人の生命力を使って絶大な力を得る怪物、業魔~

アフロマリモ

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第2話 蠢く罪悪

1 罪悪に微睡む

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    夜闇と微睡みに浸っていた私は、今まで体感したことのない衝撃で現へと引き戻された。夫と共に外に出て、衝撃の原因を探す。町の住民のほとんどが、同じように驚き外に出て、同じ方向を見ていた。地平の向こうには山脈と錯覚するほど、巨大な漆黒がうごめいてる。その夜、不安が町を支配し、誰の一人も眠ることを許さなかった。
 夜闇の化け物は、日の出とともに消えていた。まるで長い夢を見ていたのだというように。
 数日後、町には逃れてきた群衆が押し寄せ、町民に助けを求めている。私の家にも、記憶の無い“子ヤギ”が一人転がり込んできた。その小さな背中に抱えきれぬほどの罪を背負って。

 俺は、呆然と土で汚れた手と、墓標を眺めていた。墓標の中から、名も知らぬ肉塊が問いかけてくる。何故俺を殺したのかと。声の出せない俺は、心の中で言い訳を募らせる。必要な犠牲だったと、仕方なかったのだと。肉塊は構わず問いかけを繰り返す。何故俺を殺したのかと。墓標からは憎悪に満ちた血が滲みだし、逃れようにも体は苦悩と罪悪が重くのしかかる。呼吸は乱れ、赦しを乞うかのように涙が溢れる、拭おうとするその手は鮮やかな赤色に染められていた。

 俺は目を覚ます。悪夢に蝕まれた体は、汗でぐしゃぐしゃになってしまっていた。
(またこの夢だ。)
 疲れの取り切れていないからだを、無理やり起こしベッドに腰掛ける。
 あの日以来まともに眠れたためしがない。初めて業魔化したおぞましい日、初めて人を殺めてしまった最悪の日から。あの日から俺の中の何か歪んだ。そしてその歪みが全身を蝕み、その影響が身体や精神に表れ始めていた。一つは悪夢でまともに寝れなくなったこと、もう一つは…
 部屋を見渡すとそれは部屋の隅で膝を抱えていた。白いワンピースを着た少女、しかし顔はヤギの頭蓋骨で覆われ、表情や顔つきは見ることが出来ず、触れることもできない。何度も声をかけたが反応はなく、かわりにどこへ行っても自分の周囲に存在し続けた。
 気味が悪い。この一言に尽きる。まともに会話できないんじゃ、何者かわかるはずもなく。俺の見解では、“こいつは睡眠不足による幻覚”に落ち着いている。
 俺はため息をつきながら、立ち上がり汗で汚れた服たちを取り換えていく。取り換え終え、1階へ向かう。細い階段を下る最中、食欲をくすぐるにおいが下から香ってくる。
 空腹を感じながら、一階へたどり着くと下腹部に二つの衝撃が来る。

「くふっ!」

 不意打ちに、驚きながら二つの衝撃に目をやると、それらは上目づかいで

「「カインお兄ちゃん、おはよう!」」

 と声を張り上げるのだった。無垢な瞳と声に、心のモヤが薄れていく。俺は負けじと答える。

「おはよう!アネッタ、ロイ!久しぶりだな。見ない間に大きくなったんじゃないのか」

 そう言い頭をくしゃくしゃとなでてやると、とても楽しそうにキャッキャと笑う。

「たった一週間やそこらで、大きくなるわけないでしょ~。ほらっ!子供とじゃれてないでカインは手伝って!」

 台所の方から母さんが食事を運びながら声をかけてくる。

「母さん、おはよう。そこまで言うなら仕方ないなぁ。並べるの手伝うよ。」

「あらっ。親孝行できるいい子ねぇ。ご褒美に頭なでてあげようか?」

 他愛もない会話をしながら、体に引っ付いて離れない弟、妹を引きはがし、母から受け取った食事を並べていく。

「それでカイン…仕事はどうだったの?」

「え?」

 突然の質問に心臓が跳ねる。溶けた肉塊が頭をよぎった。

「ほら、一週間前大都市に仕事に行くって言って、すぐ出てっちゃったじゃない!」

「あ…あぁ、そういえばそうだった」

「お兄ちゃん、おみやげは?」

 アネッタが、目をキラキラさせながらこちらを見上げている。ロイも思い出したかのように、おみやげ!おみやげ!と同調し始める。

「ごめんな、二人とも。仕事が忙しすぎてそれどころじゃなかったんだ。」

「「えぇーーー!!」」

 二人は頬を膨らませ、ブーブー言いながら自分たちの席へ向かう。

「それでどんな内容だったの?仕事。」

「ちょっとした肉体労働って感じかな」

 当たり障りのない返しをする。家族に嘘をつくたびに心に暗い影が差す。まともな仕事だったらどんなに心が軽かっただろう。俺は胸を張りながら自分のした仕事について説明したに違いない。
 悟られてはいけない、心の内を…知られたくない、犯した罪を…

「なんで働いてきた本人がはっきり覚えてないのよぉ。これで2回目じゃない、その秘密の仕事。変な仕事じゃないわよね?」

 怪訝そうに俺の目を見る。

「別にそんなんじゃないって、そもそもそんなことできるような人間じゃないって」

 俺は作り笑う。部屋の隅で膝を抱える少女が鼻で笑う。
(あいつ今、笑った?)
 俺は視線をちらりとそちらに向ける。しかしそれを妨げるように、視界に母さんが入り込んでくる。

「カイン…あなた無理してない?本当に大丈夫?」

 母の青い瞳が、俺の黒い瞳を見据える。何もかも見透かされていると感じるほどまっすぐ。
 思わず目を反らしてしまう。正直、全てしゃべってしまいたかった。この犯してしまった罪を、罪悪の苦痛も、全部ぶちまけてしまいたかった。それほどまでに俺の覚悟は揺らぎ始めていた。
 俺は喉まで出かかった懺悔を、飲み込み母と目を合わせなおす。

「そんなことないよ。もしかしたら慣れない肉体労働で疲れがでてるのかもね。」

「そう…」

 母さんはこれ以上追求しなかった。
 食器を4人分、食卓に並び終えた。しかしキッチンには、まだ一人前の朝食が残っている。

「その朝食、父さんの?」

「ええ、そうよ。」

 母さんは思い出したかのように手をたたくと。

「そうだ、カイン持って行ってあげてくれない?父さん、カインと話したがってたのよ。」

 一体どんな話だろうか。疑問や動揺が心に浮かんでくるが、断る理由もない。

「分かった持ってくよ。母さんたちは先食べ始めてていいよ。アネッタもロイも、もう我慢の限界そうだし。」

 二人の方に目をやると、ホカホカの朝食に今にも飛びかからんばかりだった。
 母さんは、そうねと、笑いながら頷き、自分の食事の前に座り、アネッタとロイに、

「はいはい、まずは感謝のお祈りからよ。ほら手をつないで!」

と諭している。その様子をしり目に、俺は朝食を両手に持ち、父さんの寝室へ向かった。
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