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第18話 たぬ吉と望美

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 おいらは狸なんかじゃありません。
 見てくださいよ。

 この長い身体。
 しなやかでしょう?
 そして、この毛並み。
 そんじょそこらの狸にゃあ、ありませんって‼

 しかも、ですよ? あんた!

 百歩譲って、おいらと狸を比較して見やしょう。

 顔の模様――まあ、おいらとは似てましょう。
 尻尾の模様――まあ、似てやせんでしょう?

 顔や、尻尾。
 それ以上にですよ、あんた。

 体のラインが、構造が違うでやんしょう??

「――狸、ね」

 おいらは人形。
 ええ、それぐらいは。
 把握しておりやすよ??

 自分がフェレットだってこともですよ?!

 しかしですよ、あんた。
 しかしですよ、あんた。

「こんなのじゃダメだわ」

 あーた! 

 おいらは歯がゆかったでやんすよ。
 話したかった。
 否定したかった。

「どうせ、お遊びよ」

 しかしですよ、あんた。
 しかしですよ、あんた!

 可愛い少女。
 いえ、おいらを《狸》と勘違いする少女が。
 
 あーた!

「こんなこと」

 おいらを選んだんですよ。
 
 たまたま、おいらを最初にとって。
 たまたま、おいらと目が合って。

 あーた!

 こんなことがありやしょうか??
 あったんですよ‼
 何やら、なんかをスティックにはめ込んで。
 おいらの額に当てたでやんす。

 ぃ、だだっだあだ‼

「あづいでやんす!」

 おいらが悲鳴を漏らすと、少女はきょとんとしたでやんす。
 普通なら、気色悪~~い! て逃げるでしょう??
 なのに、ただ口のへの字に見てたんでやんす。
 だから、おいらもでやんす。
「おいらの額、やけどしてないでやんすか?!」
 聞いてみたでやんす。
「……いいえ。あ」
「あ?! っちょ、ちょっと待つでやんす!?」

 おいらも慌てたでやんすよ、あんた。

「額に、赤い宝石が……できものが浮き上がっているわね」

 宝石に見えるほどにキラキラなんでやんしょうなぁ~~?
 いや、いや‼

 パラパラ――……

「ああ、それはしもべの証なんですってよ」
 少女が取り扱いの紙を読む。
 そして、ポケットに折ってしまって。
「じゃあね。私、急いでいるのよ」

 っかっかっか!

「っく、ぅ゛!」

 おいらは唖然としたでやんすよ、あんた。
 気丈な表情が、苦痛に歪むなんざ。
 ただごとじゃありやせんでしょう!

「だ、大丈夫でやんすか? 大丈夫でやんすか??」

 うろ、うろとすることしか出来ないおいら。
 涙は出ません。

 おいらは人形ですからね。

「五月蠅いわよ、たぬ吉」
「たぬ吉ーー~~ッッ?!」

 ええ、おいらは人形。
 人形に名前なんざ、全部、同じ。

 もし、パンなら全ての人形が《パン》て名前でやんす。

 《たぬ吉》なんかじゃないでやんすが。

「姐さん! おいら、ついて行きやすよ!」
「人形が何を言っているのかしら」
「姐さんの魔法で大きくして下さいでやんす!」

 姐さんが杖を見て、
「お、大きくなーーれ~~」
 苦笑交じりに唱えたら、どうでやんす?? あんた。

「あら、イグアナ以上に大きくなったわね」

 結局のところ、あんた。
 散々といったところ、あんた。

 《フェレット》でも。
 《狸》でも。

 おいらは――幸せになったんでやんす。

 他の人形たちよりも、先においらは。
 ご主人様を見つけ、見つけられたんでやんすから。

 《たぬ吉》も、悪くないでやんす。

 ◆

 タカタカタカ――……

 たぬ吉が歩いていく。
 その背中に、希美が腰を下ろしている。
「このショッピングモールは、少しおかしいのよ」
「何がやんすか? 姐さん」
「怪物が、居るのよ」

 その言葉に。

「姐さん。ロマン主義者なんすね~~♪」

 次いで、可愛いでやんす♡ の言葉に。
 希美が、たぬ吉の頭を杖で小突いた。

「あだ! で、やんす‼」

 希美は頬を膨らませた。
 拗ねた表情になっている。

「本当なのよ!」

 真っ暗でも、たぬ吉の目に映し出される表情それに。
 たぬ吉も、はにかんだ。

「分かりやした、おいらも警戒して――……」
 たぬ吉の言葉が止まった。
「?? たぬ吉、どうかし……」

 真っ暗闇の中。
 赤い光りがあった。
 人工的なものではない。

「下に、降りるんでやんすよね?? 本当にでやんすか???」

 たぬ吉の身体が震えた。
 だが、しかし。

「姐さん! しっかり、おいらに捕まってて下さいでやんすよ!」

 たぬ吉が勢いよく、希美をを乗せたまま。
 駆け出した。
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